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二 この星は全宇宙で、ひとり

 ――あれは……夢だったのか?




 高校の図書室の重たい空気の中、早瀬は考えていた。

 昨日のことを。

 わからない。

 夢、それとも現実?

 確かに、自分が絶対的な存在になった気がしたんだ。

 誰も止めることのできない何かに。

 なのに。

 ――隠れないと。

 今は、そんなことは無かった。

 自分をいじめている不良たちに追われている。見つかったら、殴られて、金を取られて、ストレス解消マシーンに早変りだ。

 図書室の隅の本棚の陰に息を潜めていた。本を読んでいるフリをして、あたりを何度も見回す。昼休み。本棚から漏れ入る日差しにさえ注意を払って隠れていると、ポンっと肩をたたかれる。

 終わった。

 振り返ったら、そこには二年三組の八神美織がいた。図書委員をしていて、今日は当番だったのだろう。自分を邪魔そうに無言で見ていた。ふちなしメガネと、その綺麗な顔立ちに見惚れそうになりながらも、助けを求めることのできない自分を呪う。

 たぶん、きっと悪ふざけか、かくれんぼでもしていると思ったのだろう。横に体をよせると、後ろの本棚に無言で返却された本を入れていく。順番通りに整理整頓している姿を見ながら、すこしだけ安堵している自分がいた。

 時計を見ると、あと十分で昼休みが終わろうとしているのが分かった。

 今日は殴られずに済んだ。

 図書室を出ることにした。

 しかし、やはり現実は甘くなかった。

 そこには、獲物を見つけたように笑う二人がいた。いまどき流行らないリーゼントヘヤの矢崎と、いつも金魚の糞のように付いて回る丸刈りの松本だった。その二人は、にやにやと笑いながら握りこぶしを作っている。

 すぐに校舎裏に連れ出された。

 引き倒されて、ボコボコに殴られていた。叫ぶこともできず、両腕で頭を隠して必死に身を守りながら、しかし無抵抗に殴られ続けるだけ。

「レンコクに服属するって話があってなぁ」

 この二人は代犬しろいぬという不良グループに属している。ここ桜丘高校の二十人規模の最大グループだ。しかし、さらにこの地域には、ここ一年で七つの高校をまとめあげた連合国軍という百人規模のグループがあった。それを略して、レンコクという。

「レンコクに上げる金を集めてんだよ」

 搾取には、さらなる上の搾取がある。

 おごってくれと言われて断りきれなくて、こいつらにつけ狙われることになった。もう、いじめないって話で何万もの金を要求された。最後に親の金を取ったら、それがバレて今では家でも白い目で見られている。約束も守られなかった。

 最悪だ。

 矢崎は、人の財布からなけなしの金を抜き取ると、また思い出したようにツバを顔に吐き捨て蹴り始める。背中に与えられる鈍痛と、ときどきお腹に走る激痛が、交互に代わる代わる現実を奪っていく。

 絶望的で、許されていない毎日を受け入れているはずだった。家にも学校にも、居場所なんて無い。無いことが当たり前だ。青空が、校舎裏の向こうに、突き抜けていく。宇宙まで見えてしまいそうだ。その先に、何があるんだろう。完璧な自由がある気がする。そう、完璧な。

 見下ろせば。

 しかし。

 うっすらとした視界があって、校舎裏の彼方に見つけてしまった。今この瞬間、捉えてしまったのである。校舎から体育館へと向かう先生の姿を。その先生は、一瞬、瞳を揺らして、こちらを見つけたと思った直後に、ずらしていた。確かにこちらに気付きながら、まったく素知らぬ顔で平然と歩いていく。

 体育の授業をするために?

 日常を平然と営むために?

 通りすがる、先生の、横顔に。

 確かに、見ることができた、

 この世界の真実を、宇宙の闇を。

 その彼方にあったのは。

 確信。

 これからも自分が孤独であることの、ゆるぎない信念。

 それが確かに、自分に突きつけられているのだ。

 証明された、その事実に、永遠の時間を見出し。

 絶望する。

 もしも、自分よりも、自分と同じ境遇で、自分よりも、苦しんでいる人がいるなら、どんだけ楽な気持ちになるだろうか。まだ、立ち上がることができるところにいるんだと。あるいは、もっと悲惨な人がいるんだと、すこしでも慰めになるんじゃないか。そんな淡い期待なんて、はなっから砕けていたんだ。

 どうして、いまさら!

 こんなにも、みじめで、こんなにも、さびしい気持ちになるんだ!

 いまさらじゃないか。

 はなっから分かりきっていたことじゃないか。

 今の心境を語りつくすことなんて、できない。

 自分は、ひとりだ。

 全世界から隔絶された、孤島で、ひとり、彷徨っているのか。

 いや、違う。

 全世界と繋がることができる世界にいながら、誰とも繋がることができずにいる! それこそが、あまりにも残酷な孤独なんじゃないか。誰か、自分と同じように苦しんでいてくれないだろうか。この孤独を、この苦しみを、このさびしさを、誰か共有していてくれないだろうか。

 一日を無為に過ごす、無残な学校生活!

 こいつらから逃げ惑う、それだけの生活!

 いや、たぶん、きっとこいつらがいなくたって。

 むしろ、そのことのほうが怖いんだと。

 知っているんだ。

 もっと、強く、自覚することになるじゃないか。

 原因は、自分をいじめているやつらなんかじゃなくて、自分が孤独なのは、自分のせいなんだと。それに気付いてしまうじゃないか。こうやって、殴られているだけで、それが紛らわされる!

 こんな苦しみ!

 共有できるわけがなかった。

 それぞれが、それぞれの理由で、まったく違う境遇の中、似たもの同士に取り繕っても、まったく別人格の、まったく別の理由の、まったく別の誰かだったんだ。こんな苦しみ、分かり合えるわけが無かった。

 死にたい。

 無かったことにしたい。

 自分自身の存在を、消滅させたい。

 この世界に、自分なんて必要が無かった。

 誰か代わりがいるという事実が、それを証明してくれている。それがとても穏やかで、それがとても温かく、ちゃんと、あきらめさせてくれているはず。

 なのに、どうして!

 自分はやはり、割り切ることができずにいる。

 顔をくしゃくしゃにして泣いていた。

 ただただ、泣いていた。

 滝のように伝う涙が痛々しかった。

 ちょっとだけ作った握り拳は無力だった。

 聞こえてしまいそうだ。

 思い出しそうなんだ。

 ――なんのために転生したか思い出せ。

 機械音が聞こえる。

 ――殺せ。

 それは人間の声ではなく。

 ――この世界の住民を全員殺せ。

 与えられた使命。

 見上げた先に、強烈な眼差しを向ける。

 矢崎は、ぎょっと表情を変える。

 そのとき。

 八神美織が目の前に立ちはだかっていた。気付かぬ間に、矢崎と自分の間に割り入っているのである。意味の分からない現実に、うろたえながらも、その神々しい後姿に見惚れることしかできない。絶対の線は体の芯を貫き、静けささえも感じさせる体躯に、その華奢な立ち姿からは想像できない力を感じる。分からない。もうろうとする意識の中で、そう見えるだけなのかもしれない。意識がはっきりしないせいで、見失っていただけかもしれない。

 一度も見たことが無い光景なのに。

 何度も見たことがある気がする。

 松本が声を荒げる。

「なんだよ、くそ。てめぇが助ける義理なんてないだろ」

 矢崎は有無を言わず、その場から後ずさりながら立ち去っていく。そのおそろしく早い判断に、理解不能な判断に、驚きながらも松本はバツの悪そうに着いていく。一瞬の出来事だった。

 今、ひとつの疑問を拭えずにいる。

 助ける必要なんて、なかった。

 なんで。

「どうして、助けてくれたの?」

 そう問いかけると、八神美織はゆっくりと振り返って逆光の中、静かに答えにならない答えを話し始める。

「ここにいるのは場違いって思ったことないですか? いる場所を間違えているって言うんですかね。なにかが違う気がして、自分にすべてが合わない感じです。どこにいても私はそう感じてました」

 わかる。

 痛いほどに。

 僕の存在自体がこの世界にとって場違いだから。




 矢崎は無言のまま、早足で校舎内を歩く。

 松本が追いすがるように聞いてくる。

「なんで、矢崎先輩退いたんですか? 八神に気でもあるんですか?」

「お前、何も分からなかったのか?」

「えっ」

「八神のあの目、俺たちを威嚇してるってレベルじゃなかったぜ。舐め回すように、力量を見下してる。はっきりいって、勝ち目なんて無かった……」

「なにいってんすか!? 矢崎先輩の異能を使えば楽勝じゃないですか」

「そんなレベルの問題じゃなかったんだよ……」

 攻撃を加える前に、殺される。

 素手でも。

 なんなんだ、あの女。

 まさか、レッドスネイクの女ヘッド?

 いや、ありえねぇ。こんなところで油売ってると思えないし、赤毛に染めてるって聞いてるから、見た目からして考えられない。朝の騎士団のメンバーか? それも、ないだろ。誰も実際に見たやつなんていねぇんだから。連合国軍の幹部辺りかも知れねぇ。もしも、そうだったら、最悪だ。総長になんていえばいいんだ。服属するって話が立ち消えになったら、一瞬で潰される。どっちにしても、何者か分からない。分からないなりに言えること。

 関わってはいけない。

 生きたければ。

 それだけは確かだといえた。

 しかし、いったい、何者なんだ?

 あの実力、動き出したらどうなる?

 この界隈の能力者が全員で掛かっても倒せないかもしれない。それはさすがに過大評価か。タイマンのようにはならねぇし。まさか、能力者がときどき消えてるっていうのと関係あるのか?

 いや、それは勘ぐりすぎだな。根拠が無い。

 総長に報告しねぇと、だめだ。それだけじゃない。身元、割らないと安心して眠れねぇ。もう、話しかける気はねぇけど。手下に嗅がせるか……いや、雑魚じゃだめだ。そうだ、宗也にでも相談するか。

 丁度いい。

 もしも能力者だと分かれば、集団で襲って食えばいい。それが無理なら、放置。どっちにしても、人間を食って食って食いまくって能力を増強し、最凶を目指す。

 至ってシンプル。

 しかし、抱いた違和感は、それだけじゃなかったような気がする。

 早瀬のあの反抗的な目、何かが変わったのか。

 いつもと態度が違った。

 いや、今日はすこし考えすぎてるだけか。

 八神だって、自分の勘違いかもしれねぇのに。




 深夜の道路脇。

 風見は事件現場を見つめていた。犬のお面をつけ、黒い背広に身を包み、どう考えても不審者という姿で。しかし、誰も通るものはなく、怪しむものはいなかった。

「やたら、ひどい匂いが漂うな」

 月神機関という政府直轄の組織がある。

 能力に目覚め、罪を犯したものを独断で捜索し、その場で処分する。警察が捕まえて、法律で裁くという正規の手続きは不可能だからだ。裁判所で、意味不明な能力を使って人を殺したということを証明できるわけがない。仮に、証明できたとしても、社会に公表できない。それに、死刑になるようなレベルの犯罪が大半なのである。

 政府が考えた最大限の超法規的処置、治安を維持する方法。

 それが能力者の秘密裏の抹殺。

 風見は月神機関から派遣されてきた人間だった。

 特殊な臭覚を持ち、能力者が異能を発露したときに出す独特の匂いを頼りに捜索する。いわば、捜査班的な役割を持つ。元々は研究所で体臭テストやら匂い分けのチェックをしていたが、その特殊かつ極めて高度な嗅覚ゆえに抜擢された。その研究成果と嗅覚を生かして討伐役と相棒を組み、能力者を処分していく。最近、相棒が能力者に殺され、新しい人間がよこされることになっているのだが。

 まだ来ていなかった。

 犬のお面をゆらして、微妙な感情を表現する。

 とりあえず、先に能力者の匂いを探ることにする。道路脇に散らばるアスファルトの乾いた匂いと、つんざくような血痕の匂い。その間にかすかに混じる、甘くほろ苦い、しかしこの世のものとは明らかに違う匂いがある。その匂いは、街中の奥のほうへと向かっているが、途中で消えていた。常に能力を使っているとは限らないし、車が通るたびに匂いが薄れるのは当然のことだった。

 今、感じる匂いは他の能力者とは違って、あまりにも濃厚で力強い。直感的に分かることは、今までとは違うタイプの、しかも極めて凶悪な匂いだった。異世界の様子まで想像できる。

 ――もう、目覚めているな。

 十数名の少年を殺した能力者だけある。

 異能者が出現したのは今に始まったことではなかった。しかし、最近急激に増えている。それらの特徴として挙げられるのは社会に適合できていないということ。とくに、若者が目覚める可能性が高かった。不安定な時期の彼らは、この世界に絶望しやすく、それでいて空想的に異世界を想像する。それが、結果として引き金になる。と、この道の別の第一研究者は言っていた。

 それにしても、風見は思う。

 低い声で呟く。

「にしても、新しい相棒は遅いな」

「ずっと、いますよ」

 一瞬、肝をつかまれたような感覚に陥る。

 風見はお面の中で目を見開き、一瞬で振り返る。路地裏の影の中に映る細い影を見出す。さっきまで、そこにいなかった。いや、いたのに気付かなかった。今まで味わったことのない、うすら寒い感覚を抱く。

 衝撃を受けていた。

「やっと気づきました?」

 どうして気づかなかった。なぜ、悟れなかった。今まで生きてきて背後の気配に気づかなかったことなどない。にもかかわらず、一切気づくことがなかった。呼吸を止めて足音を消して完全に気配を消したとしても、漏れ出る匂いのようなもので気取ることができるはずだというのに。

 ――数分もの間、背後を取っていやがったっていうのか!

 十六歳くらいの小柄な蒼髪の少女が、路地裏から月光で浮かび上がる。妙に細い線が際立つ立ち姿。片腕に丸め込むように、自らの身長に匹敵する太刀を帯びている。真紅の鞘に収まる柳生の大太刀おおたちだ。ふちなしメガネと不釣合いな太刀が少女の冷静な顔立ちをより大人びてみせた。

「八神美織といいます。呼び捨てにしてもらっても構いませんよ」

 聞いたことがあった。

 冷静沈着、秘密主義、完璧主義者、剣術の天才。能力者の憎悪の対象にして、畏怖の念を持たれている存在。一部の能力者の間では「死神さん」として噂される。実質的に、政府からは最高クラスの討伐者として評価されている。それは誇張に過ぎないと思っていた。

 だが、違った。

 細胞の一つ一つが、恐怖している。

 気づかぬ間に、忍び寄り。

 すべてを斬り捨てる。

 空気が乱れないほど微細な歩法でしか不可能。

 はっきりいって反則的。

 敵だったら、何回殺されていたのか。

「よろしくお願いしますね」

「よ、よろしく……頼もしい限りだ」

 風見は冷や汗をかきながら、最強の相棒を得たと確信する。奥歯をがたがたと震わせていたが、それが少女なのだと思い直し、三十代にもなって怯えすぎだと、すこし恥ずかしくなりながら冷静さを取り戻していく。

 風見は前々から聞いている噂を確かめてみる。

「能力者なら、誰でもいいって本当か?」

 八神は、ふっと無表情を崩し、刀を見つめる。そして、何かを思い出してしまったかのように、悲しそうに壁の陰へ目をそらす。おぞましい殺気を帯びながら、刀の柄をぎりぎりと握りこんでいく。

 こいつ。

 罪を犯してない能力者も……

 八神は、冷め切った声で断言する。

「能力者は生きてること自体が罪だから」

 ――そう考えるお前のほうがよっぽど、能力者よりもヤバイと思うがな。

 風見は深く、ため息を吐く。

 月神機関に報告すべきか。だが、彼女ほどの狩人はいない。最高クラスの戦力であることは確かであり、銃器を使わずに、街中を壊さず、他者を巻き込まず、穏便に能力者を抹殺するのに向いていて、桁違いの強さを持つ。

 しかし、この危うさはなんなんだ。

 ありえないほど強烈な殺気の中に込められた心情。

 それを嗅ぎつけてしまいそうだ。




 早瀬はひとり、自分の部屋で震えていた。壁に映る影が、びくびくと振動している。まるで、自分の意思を持っているかのようだ。今にも、法則をつきやぶって、自分の範囲外から漏れ出しそうになっている。

 夢じゃなかった。

 目覚めていたんだ。

 もう、とっくに。

 この意味不明な状態に、奇妙な感覚をおぼえながらも、なんとか影を押さえつけようとする。動くなと。しかし、もう、押さえ切れなかった。その暴走は、自分がこの世界に対して、抱いている衝動によるものだと何となく想像できる。

 影が、はみ出していく。

 前に見た影とは違って、それは弱々しい灰色だった。

 部屋にある小さな植木に、その灰色の影が触れる。

 けれども、木は枯れたりしなかった。

 ――植物には影響を与えないのか?

 いや、違う。前に見たのは、もっと濃厚な黒の影だった。

 今は、灰色の影で、力が発揮されていないんだ。

 なんとなく分かる。

 異世界のことを思えば、その灰色の影が濃厚になることが。

 そして、その濃厚な影は灰色の影と違って人の命を奪う。

 それだけではない。

 灰色の影の先に、今も見ることができる。

 命を奪われた少年たちが顔をゆがめ、もがいている。バイクで自分を取り囲み、リンチしようとした不良たちだ。十数名ぐらいいるだろうか。しかし、それは想念だけの世界であって、もう実際には彼らは死んでいるだろう。そこから伝わってくる意思によって、記憶を共有することができる。

 そして。

 その少年の中のひとりが、特殊な輝きを持っていた。赤く光っているのである。その赤い光に意識を合わせると、こちらに吸い寄せられてくる。自分の体の中に吸収すると、燃えるように体が熱くなった。

 指先を立てると、小さな火が起こる。

 この影。

 ――他者の能力を奪うことができる。

 凶悪すぎる。

 おそらく灰色の影は、せいぜい相手の体を制約したり、あるいは口や耳の中に入れれば、呼吸困難に陥れたり、単なる粘着性の物質として使えるだけだ。丁度、貯蔵庫のような役割を持っているのだろう。

 しかし、漆黒の影は、問答無用で相手を殺す。

 問答無用ですべてを奪う。

 今や、体に一人分のエネルギーというか気というか力みたいなものが追加されたような気分だ。試しに部屋の机を持ち上げようとすると軽々しく持ち上がる。机が想像以上にあっけなく、高く浮き上がる。腕力も一人分、増しているのかもしれない。そう考えると、十八人分を吸収したら、ありえないほどの力になる。

 とはいえ、単に肉体的な筋力が増強されるというよりも、中国的な気のようなものが増強される感じだ。その結果として、体が活性化し、腕力が増している。単に二倍になったというよりも、気の増えた分だけ本来ある力が発揮されやすくなったといったところだろう。

 突然、目の前の視界がぐらっと揺れる。

 急に、吸収した他者の意識が頭の中で暴れる。

 叫んでいる。

 吐き気をもよおして、口元をおさえる。

 すぐに、そのエネルギーの塊を灰色の影の中に吐き出してしまった。

 げぇげぇと。

 長時間、自分の体内に留められるわけではないようだ。一人でこの異様な吐き気、十八人分にもなれば、発狂するほどの拒絶反応になるかもしれない。慣れで解決できるのか、なんにしても強靭な精神力が必要だと思われた。

 これをコントロールできれば、世界を。

 けれど、もう一度、引き出そうとは思わなかった。

 もしも、完全に目覚めたら。

「だめだ……それだけはだめだ」

 抑えきる自信がない。

 かつての自分の望みを知りつつあるから。

 イメージがある。

 黒い風景の中、自分だけが描かれている。この星は全宇宙で、ひとり。自分はこの星を代表して、ひとり。ぬりつぶされた空気は真っ黒。周りには街があって、自室があって、そのベットの上に、自分がいる。けれど、それらも心の中でぬりつぶされているんだ。

 そのぬりつぶされた先にある能力を引き出したら、どうなるか。

 ――この世界の住民を全員殺せ。

 なぜ、転生したのかを思い出してはいけなかった。

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