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第6話 市民に愛される聖騎士隊長

王都の広場から半刻ほど離れた場所にある、ハイランド港。

潮の香りを含んだ風が吹き抜け、頭上ではカモメたちが騒がしく鳴き交わしている。


私はレオンハルト様と並んで、その活気あふれる港へと足を踏み入れた。


「おう! アリシア隊長じゃないか!」


聞き覚えのある声に振り向くと、そこには二人の水夫が立っていた。

――『猫のあくび亭』の常連客である。


「こほん。あー……諸君ら、お勤めご苦労」


思わず、聖騎士隊長としての堅苦しい口調で返してしまう。


しかし二人は、揃って首をかしげた。

「どうしたんだ? なんか様子がおかしいぞ」

「それに、今日はずいぶん洒落た格好してるじゃねえか」


そりゃあ、『猫のあくび亭』へ行くときよりは、多少はマシな服を選んできたわよ。


……いや、違う。

本当は、もっと可愛らしい服でも着てくれば良かったのかもしれない。

けれど今さら後悔したところで遅いのだ。


「そうだ、給仕のアンナが礼を言ってたぜ。たちの悪い酔っ払いを追い出してくれたってな」


隣のレオンハルト様が、興味深そうに呟いた。

「ほう?」


「せ、聖騎士として、善良な市民を守ることに場所の区別はありませんから!」


私は慌てて胸を張った。


すると水夫の一人が、にやりと笑った

「そうそう。酔っ払いの股間に、見事な蹴りを食らわせて――」


「ああああああ!!! カモメの群れが!!!」


私は全力で海の方を指差した。


「えっ!?」


二人の水夫が反射的に振り向く。

「どこだ!?」

「ほら、あそこです! 大群です!」


「……いや、いつも通りじゃねえか」

「そうだな」


くっ、誤魔化しきれなかった。


肩を落とした私の隣から、小さな笑い声が聞こえる。

「ふふっ」


レオンハルト様だった。

眼鏡の奥の瞳を細め、心底楽しそうに笑っている。

「なるほど。君は普段、そうやって市民を守っているのか」


「違います!」


「股間を蹴るのは護身術の基本だと?」


「違います!!」


私が必死に否定すると、水夫たちは腹を抱えて笑い始めた。

「いやぁ、隊長にはいつも世話になってるんだ」

「港じゃ結構有名だぜ。怪我人が出りゃ真っ先に駆けつけるしな」

「この前なんか、夜通しで荷崩れの片付けを手伝ってくれてよ」


口々に飛び出す身内のような話に、私は居心地が悪くなって視線を逸らす。

「み、皆が勝手に大袈裟に言っているだけです」


するとレオンハルト様は、先ほどまでの笑みを少しだけ和らげて言った。

「いや。私はそうは思わない」


「え……?」


「君が本当に慕われていることくらい、見れば分かるよ」


不意に向けられた真っ直ぐな言葉に、胸の奥がくすぐったくなる。

手放しで褒められることには慣れているはずなのに――なぜだろう。

レオンハルト様に言われると、妙に落ち着かない。


「ところであんたはアリシア隊長の知り合いかい? 随分まっ白な肌してるが、今みたいにもっと出歩いたほうがいいぞ。がははは」


(あわわ、こいつら、なんて無礼なことを……!)


「ああ、母が北方の国の出身だからね」


レオンハルト様は気にした風もなく、さらりと答えた。

「そういや、よく見りゃ瞳が緑かかってるな。フィオルヴェルデの出身か」


さすがは各国の船乗りと接している水夫たちだ。そんなことまで分かるらしい。


(え? 知らなかったわ)


(そういえば、レオンハルト様のお母上のことなんて考えたこともなかった)


(お母様には『もっと社交界の話題に興味を持ちなさい』とよく叱られるけれど、私は貴族の家系図なんてさっぱりなのだ)


(だけど、フィオルヴェルデって国はもう……)


十数年前の戦乱で帝国に併合され、今では地図からも名前が消えてしまった国だ。

その名を聞いた瞬間だけ、レオンハルト様の横顔が、ほんの少しだけ寂しそうに見えた気がした。


(……気のせい、かしら)


いや、今はそれどころじゃない。

これ以上ここで立ち話をしていたら、また私の黒歴史が増えてしまう。


「……さ、さて! 港湾ギルドの調査に向かいましょうか!」


私が強引に歩き出すと、後ろから引き留めるような声が飛んできた。

「アリシア」


「はい?」


「先ほどは地味な格好などと言って悪かった」


「いえ! 実際そうですし!」


私が即答すると、レオンハルト様は少し困ったように笑った。

「私はそうは思わないけれどね」


「え?」


「君には、よく似合っているよ」


「っ……」


まただ。このお方は、こういう破壊力のある言葉をどうしてこうも平然と口にできるのだろう。



ハイランド港は王国最大の港だ。

大小さまざまな港湾ギルドが存在し、それぞれが担当する倉庫や荷役区域を管理している。


「順番に調査してもいいが……おーい、そこの君」


レオンハルト様は、荷下ろしがひと段落して休憩している男に声をかけた。

「最近、妙に羽振りの良いギルドを知っているかい? 人員の募集が急に増えた、とかでもいいのだが」


「へい、それなら『波間の小鳥組合シー・スワロー・ギルド』ですかね。四番倉庫の裏にありますぜ」


「なんだか可愛らしい名前ですね」

物騒な裏社会の調査とは思えないその名前に、私は思わず呟いていた。


「なるほど。犯罪組織ほど、看板だけは綺麗に見せるものだからね。ありがとう」


レオンハルト様は男に銅貨を一枚手渡すと、四番倉庫の方へと迷いのない足取りで歩き出した。


「この裏だな」


目的の場所に到着し、小鳥の看板がある建物を見上げる。さすがにここから先は犯罪組織の巣窟かもしれないのだ。私は聖騎士としての警戒レベルを跳ね上げた。


「レオンハルト様。まさか、このまま中へ突入されるのですか?」


「もちろん」


「もちろんって……!」


あまりにも軽いノリに、私の心臓がまた別の意味で飛び跳ねる。

「安心してくれ。今日は武器を持っていないよ」


彼はそう言って、おどけるように両手を広げて肩をすくめた。


「それに、君もいるだろう?」


「……はい?」


「王国最強の『白銀の聖乙女』が隣にいるんだ。これ以上の護衛はないさ」


至近距離で、にやりと、眼鏡の奥の瞳が悪戯っぽく揺れる。

さっき水夫が言っていた通り、その瞳には深い森を思わせるような緑が混じっていた。


今まで何度も顔を合わせていたはずなのに、そんなことは知らなかった。

いや、知らなかったのではない。


ただ私は、レオンハルト様の顔をこんな近くでまじまじと見る勇気がなかっただけなのだ。


(本当だ……綺麗な色)


そう思った瞬間、私は慌てて視線を逸らした。

何を見惚れているのだ、私は。


そんな私を見ていたレオンハルト様が、ふっと口元を緩めた。

「もっとも――」


「?」


「アリシアには、あの『必殺の蹴り』があるしね」

――と、感動した瞬間にこれである。この男、絶対に楽しんで私をからかっている!


「まだ言うんですか!? あれはただの護身術で、実戦の役には立ちませんから!」


「有事の際は期待しているよ」


「お願いですから期待しないでください!」


「なに、安心したまえ」

レオンハルト様は真顔で言った。


「君が外した場合は私も蹴る」


「何を蹴るつもりなんですか!?」


(というか、やっぱり私、連れ回されて遊ばれてるだけじゃないのーー!?)


迫り来る危機への緊張感か、それとも隣のイケメンへの胸の高鳴りか。どちらか分からない動悸を必死に抑えながら、私はレオンハルト様の背中を追って、扉へと手をかけたのだった。

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