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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「品川心中【上・下】」

作者: 霧夜シオン
掲載日:2026/01/08


落語声劇「品川心中しながわしんじゅう【上・下】」


台本化:霧夜きりやシオン@吟醸亭喃咄ぎんじょうていなんとつ


所要時間:品川心中・上:約30分

     品川心中・上・下通し:約50分


必要演者数:最低4名

      (0:0:4)

      (4:0:0)

      (3:1:0)【性別準拠人数比率】

      (2:2:0)

      (1:3:0)

      (0:4:0)


※当台本を「下」の部分だけ上演するのはおやめください。

あくまで、「上」のみ、もしくは「上」「下」通しで上演するかのどちら

かで願います。



※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


そめ江戸四宿えどししゅくのひとつ、品川宿しながわしゅくで長年トップである「板頭いたがしら」を

   張ってきたが、年齢とともに客がつかなくなる。それでいてプライ

   ドが高いから周りから笑われるのに耐えられず、手ごろな相手とし

   て金蔵きんぞうを選んで共に心中しんじゅうしようとするが…。


金蔵きんぞう貸本屋かしほんや。おそめには、人間はおっちょこちょいで、

   大飯おおめしらいでスケベで、身寄みよりも無くて一人もんで、人間はボーっ

   としてて無駄だから死んだって誰も困らない、いちばんさわりがない

   などとまあひどい言われようである。


親分おやぶん金蔵きんぞうが日ごろ世話せわになっている親分おやぶん

   遊女ゆうじょのおそめに手ひどい目にあったと聞かされ、仕返しの計画を

   。


若いしゅ品川宿しながわしゅくの従業員。

    どんなに年配ねんぱいであっても、こういう所では若いしゅと呼ばれる。


留公とめこう親方おやかたのところに世話せわになっている男。

   親方おやかたの立てた復讐ふくしゅう筋書すじがきで金蔵きんぞうの弟というれ込みで品川宿しながわしゅくへ。


辰公たつこう親分おやぶんの家に集まって世間様せけんさまに顔向けできないような事…博打ばくちをして

   いた連中の一人。

   金蔵きんぞうの来訪をおかみの手が入ったと勘違いし、親分おやぶんの身体を使って

   はりの上へ一気に逃げのぼった猿みたいな男。ふんどしはきちんと

   めとけ。


熊公くまこう親分おやぶんの家に集まって世間様せけんさまに顔向けできないような事…博打ばくちをして

   いた連中の一人。おかみ(金蔵)の来訪にあわてて、ぬかみそおけに突っ

   込んだ。


源兵衛げんべえ親分おやぶんの家に集まって世間様せけんさまに顔向けできないような事…博打ばくちをして

    いた連中の一人。おかみ(金蔵)の来訪にあわてて、ネズミらずに

    突っ込んだら、鼻先に佃煮つくだにがあったので食べたあげく、親分おやぶん

    茶を要求する図々しい男。


弥太郎やたろうさむらい博打ばくちの場に居合いあわせる。わり臆病者おくびょうもの

    フルネームは本間弥太郎ほんまやたろう


遊女:おそめと同じ品川宿しながわしゅくで客を取っている後輩遊女。


男1:品川宿しながわしゅくに来たお客その1。


男2:品川宿しながわしゅくに来たお客その2。


語り:雰囲気を大事に。



●配役例


お染・遊女1:

金蔵・男1・熊公・弥太郎:

親方・男2・若い衆:

留公・辰公・源兵衛・語り:



※枕は誰かが適宜てきぎねてください。



枕:江戸でくるわと言いますと、これは基本的に吉原よしわらを指します。

  それ以外にも、現代で申します所の風俗的なお店はあちこちにあった

  んですが、それらは岡場所おかばしょと言われておりました。

  その中で特に非公認ながらもこぼしされていた所というのが、

  奥州おうしゅう日光にっこう中山なかやま甲州こうしゅう東海とうかい五街道ごかいどう起点きてんとなる、日本橋から見

  て入口にあたる宿場しゅくばにあった、通称・江戸四宿えどししゅくと呼ばれる千住せんじゅ板橋いたばし

  ・内藤ないとう品川しながわ宿場町しゅくばまちに、飯盛女めしもりおんなという名前で活動する遊女ゆうじょがいまし

  た。


語り:吉原よしわらの一番の遊女・花魁おいらんを指して「おしょく」と言いますが、江戸四宿えどししゅく

   では名前を板に描いてかせぎの良い順に並べて掛けた事から、板頭いたがしら

   と呼びます。

   品川宿しながわしゅく妓楼ぎろう白木屋しらきやの遊女、おそめ

   長年にわたって板頭いたがしらを張ってきた彼女だったが、人間誰しもそうであ

   るように、寄る年波としはには勝てない。

   かせぎが年々減り、ついにはこないだまで新造しんぞだった娘にも抜かれ、

   衣替ころもがえである紋日もんびに着物も用意できない。

   他の娘たちはみんな移りえができているというのに、自分だけいつ

   までも同じ格好かっこうをしていると冷やかしに来たお客にもすぐに分かって

   しまうわけで。


男1:おう見ねえ、ええ?

   板頭いたがしらだのなんだのと言ったって、いまだに移りえが出来できてやしね

   えよ。


男2:ああ、女ってのは年を取るってえと、どうにもしょうがねえなあ。


語り:なんてんで聞こえよがしに言われてしまう。

   おまけに今まで鼻であしらっていた後輩の遊女や若いしゅ、彼らにも

   ひそひそ陰で言われる始末しまつ


遊女:なんだい、事あるごとにあねさんかぜを吹かしてたってのにさ。

   まだ移りえもできてないってのかい?


若い衆:馴染なじみという馴染なじみに手紙出してるみたいだけど、なしのつぶて

    らしいよ。


遊女:はん、気位きぐらいばっかり一丁前いっちょうまえで、あたしらを邪険じゃけんにしたむくいが

   来たのさ。


若い衆:ほんとだな。

    ざまあみやがれってんだね。


お染:【つぶやく】……ッッ…!

   …こんな…こんな口惜くやしい思いをするくらいなら、いっその事…!


語り:ご婦人のしっぺ返しほどキツイものはございません。

   口惜くやしくて口惜くやしくてしょうがないおそめ

   口惜くやしい思いをするくらいなら死んじまおう、だけどただ死んだら

   、あの女は移りえが出来ないから死んだ、なんて言われて馬鹿に

   されるだろうから、体裁ていさいが悪くって耐えられない。

   …死んだら体裁ていさいもへったくれも無いと思うんですが。

   誰かいい相手を見つけて一緒に心中しんじゅうしてもらおう、そう思い立って

   馴染なじちょうを片手に心中しんじゅう相手の選定せんていに入ります。


お染:だれがいいかしらねえ、なかなかいないよね…。

   神田かんだのタケさんは…女房に子供二人もいるんじゃ気の毒だね…。

   徳さんは…跡取あととりの一人息子じゃ親がなげくだろうし…しゃあない

   ね…。誰かいないかしら…本人たちはたいそう無駄なのにさ。

   誰か無駄な人…あ!いた。

   貸本屋かしほんや金造きんぞうきんさん。この人いいね。

   人間はおっちょこちょいで、大飯おおめしらいでスケベで、身寄みよりも無く

   て一人もんで、ボーっとしちゃってる無駄な人間なんだしさ。

   死んだって誰も困らないんだから、いちばんさわりがないよ。

   これに決めた!


語り:決められた奴はいいツラの皮です。

   一身上いっしんじょうの相談があるからぜひ来てもらいたいという手紙を受け取っ

   て、金蔵きんぞうは舞い上がって急いで金を工面くめんし、宙を飛ぶようにして

   すっ飛んできた。


金蔵:へへへ、れた女からの手紙…とくりゃあ、何が何でも来なきゃな

   んねえってもんだ。

   にしても隣はうるせえな…。

   …そこをそうやっちゃ嫌だァ…!?

   ううぅ冗談じゃねえよ、静かにしろィ…!

   !…お、上がってくる音がするよ…来たんだねぇ。

   へへへ…悪く言っちゃあいけねえや。

   嫌な客を無理矢理回されて、それ済まして来たって事だろうしよ。

   おう、待ってた、よ…?


お染:きんさん、来てくれたんだね…。


金蔵:おいおいどうしたんだよ?

   たたみのケバむしって、浮かない顔しちゃってさ。

   相談があるって言うから来たんだよ?

   なのにそうやってあごふところに埋めて、ぼんやりしちゃって口もきかね

   ぇ、そういうのは相談とは言わねえだろ。


お染:そりゃね、あたしだって相談しようと思って金さんに来てもらった

   んだけどね、お前さんの顔を見た途端とたんにあ、この相談はダメだな、

   ってそうあきらめちゃったんだよ…。


金蔵:なんだいそりゃ、え?話もしねえうちにあきらめるなよ。

   言ってみなよ。どんな相談なんだよ?


お染:だってさ……お金がいるんだもの。


金蔵:ぜにならぜにって言ったらいいじゃねえか。

   きんさん、これこれこういうわけでもって百文ひゃくもんいるとか、二百文にひゃくもんとか

   三百文さんびゃくもんいるとか、はっきり言ってみねえな。


お染:四十両しじゅうりょういるんだけどね。


金蔵:ぇ、そらァダメだよ…。

   四十両しじゅうりょうなんてそんな大金、俺ァできねえや。


お染:それごらんなさい。

   だからあたしあきらめちゃったんだよ。

   四十両しじゅうりょうないとあたしね、移りえができないんだよ。

   だったらいっその事、死んじまおうと思ってさ。


金蔵:えっし、死ぬ…!?


お染:【後半から最後らへんは演技泣き】

   なにも死ぬのに人に言うことは無いんだけどもね、けどお前さんと

   ねんが明けたら一緒になろうと、口には出さなかったけれど、あたし

   は勝手かってに腹の中でそう思ってたからね。

   せめてお前さんだけにはこの事を打ち明けて、それで死のうと思っ

   てわざわざ来てもらったんだけどさ…本当に長いこと、お世話せわにな

   りました。

   それでね、あたしがあの世にった後も、あぁあの女も不憫ふびん

   だったなと時々でいいから思い出して、お線香せんこうの一本でもあげて

   ほしいんだよ。

   本当に今までありがとうね…。


金蔵:お、おぉいおいしねえ。

   死ぬなんてこと考えちゃいけねえ。

   死んだってつまんねえじゃねえか。

   いいじゃねえか、移りえなんぞ出来なくたって。


お染:そうはいかないんだよ。

   若いのに鼻で笑われて馬鹿にされてさ、こんな口惜くやしい思いをする

   ならいっその事、本当に死んじまおうと思ってるんだ。

   だからどうしても死ぬんだよ。

   本当に、今までお世話になりました…。


金蔵:いや待てよおい!しなよ、死ぬなんて。


お染:嫌だよ、もうあたし耐えられないんだよ!


金蔵:う、うぅう…弱っちゃったなァ…ええ…しなって…。


   ~~しょうがねえな…どうしても死ぬのかい?


お染:そうだよ、もう生きてる甲斐かいがないんだ。

   だから、お世話せわになりました。


金蔵:だから待てって!~~弱ったね……じゃあこうしよう!

   俺も一緒に死のうじゃねえか。


お染:えっ!?お前さん一緒に死んでくれるのかい?


金蔵:ああ、何の役にも立たねえと思われてる自覚はあるからよ。

   ぜにの事はどうにもならねえから、死ぬんだったら一緒に死んでやる

   よ。


お染:まあお前さん……ほんとかい?


金蔵:ほんとだよ!


お染:嬉しいじゃないか…嘘じゃない?


金蔵:嘘じゃないよ!ほんとにほんとだよ!


お染:それじゃ…今夜死んでくれる?


金蔵:こ、今夜?

   これァまた話は急だね…。

   けど俺だってね、また色々と用が残ってるんだよ。

   あの世行っちゃうと戻って来られないからね。

   だからこうしよう。

   今夜はここに泊まってね、明日早くに家へ帰るんだ。

   で、色々と後始末あとしまつを済ましちゃっておいて晩にここへ来て、それか

   ら死んだって遅くはねえだろ。  


お染:まあお前さん、そんなこと言ってさ…嘘じゃないのかい?


金蔵:嘘じゃないよ!おめえまた嫌にうたぐるね。


お染:まあ、やっぱりあたしの見込んだきんさんだけあるよ。

   この世では寄りえなかったけど、あの世で所帯しょたいを持とうよ。   


金蔵:おおよ、この世なんざしょうがねえもんだ。

   あの世行ったらよ、はすの葉っぱの上で所帯しょたいを持とうじゃねえか。


語り:まるでアマガエルみたいですな。

   さあおそめ、せっかく見つけた心中しんじゅうの相手、後で心変わりされちゃ

   大変だってんで、普段ならそでにしていたこの金蔵きんぞう、それはそれは

   もうお大尽だいじんでもあつかうみたいに優しく、丁寧に、大事に大事にもて

   なしちゃったもんですから、あの世に行く前に極楽浄土に来たよう

   な心持こころもち。

   カラスカアで夜が明けておもてに出ると、お天道てんと様の色が黄色に見える

   。


お染:じゃ、お前さん、今晩待ってるからね。


金蔵:わ、分かってるよ…へへへ…。


   俺ァ、あの女の為なら命はいらねえやァ…。


語り:フラフラになりながら、まるで女郎買じょろうかいの決死隊みたいなのが

   できあがってしまった。うちへ帰ると道具屋を呼んで、所帯道具しょたいどうぐ

   二束三文にそくさんもんで売り飛ばし、わずかばかりのぜにふところに入れますとほうぼ

   うへ暇乞いとまごいいに出かけます。

   安い匕首あいくちと、二人の死に装束しょうぞくってんで白無垢しろむくを用意したのはいいが

   、お染(そめのぶんは用意できたんですが、金蔵きんぞうの分はというとぜにが足り

   なかったもんだから、腰から下がない。

   まあまあこれでもなんとかなるだろうてんで、いちばんしまいにやっ

   て参りましたのは、普段から世話せわになっている土地の親分おやぶんのところ

   。


金蔵:うぅん…親分おやぶんのところに暇乞いとまごいに来たのはいいけど、どうもおもてから

   じゃ入りづれぇ…裏に回るか…。


   【声が裏返る】

   こんちわァ!

   こんちはァ!


親分:誰だァ?カラスみてえな声出しやがって。

   こっちへ入ってこいよ!


   おぉ?なんでェ、金蔵きんぞうじゃねえか。


金蔵:はいぃ金蔵きんぞうでございます!

   あっしは金蔵きんぞうでございますゥ!

   …台所にあるのは雑巾ぞうきんで。


親分:何を言ってやんでェ。

   相変わらず呑気のんきな野郎だよ。こっちへ上がんな。

   来る時はうるせえくらいよく来るけど、来ねえ時はパタッと鼻の頭

   も見せねえんだからよ。

   で、どうしたんだ?


金蔵:へ、へい、実は…あの、暇乞いとまごいに上がったんでござんす。


親分:なに、暇乞いとまごいだァ?

   あんまりいい事じゃねえな、え?

   どっか旅にでも行くのか?


金蔵:へ、へい、そうなんでござんす。


親分:しなよおい。

   何があったか知らねえけどな、旅なんぞに行ったって不自由で

   しょうがねえよ?

   ひともんなんだ。なんかあった時に困るぞ。


金蔵:いえ、どうしても行かなくちゃならないんで。


親分:何があったか知らねえが、俺んとこにいな。

   わけもんならいくらでもいるんだから、なに一つ心配することはねえ

   んだ。しねえ、旅なんぞいくのは。


金蔵:い、いえ、本当に、どうしても行かなくちゃならないんで。


親分:ふーむ…そんなに言うんならしょうがねえが…

   だいいちおめえ、どこへ行くんだ?

   行先いきさきだけでも言っていきな。


金蔵:え、あ、その、なんていうか…なんですかね…あれ…あの、西方さいほう

   んて言いますから、ずっと西のほうなんで…。


親分:西のほう?

   上方かみがたか?


金蔵:いえ、そんな所じゃねえんです。

   もっと、ずっと先で…十万億土じゅうまんおくどというか…。


親分:なに言ってんだおめえは。

   そんな遠くへ行っちゃしょうがねえじゃねえか。

   で、いつごろ帰ってくるんだ?


金蔵:え、あ、その…お盆の十三日には…。


親分:?妙なこと言ってやんな。

   そういやこないだ、ちょいとわきで聞いたんだが、おめえ品川しながわのおそめ

   って女に首ったけだそうじゃねえか。

   しなよ。あれァ大変な女だ。おめえなんて何とも思われてねえん

   だ。もしやその事でなんか大変な間違まちがいでも起こしたんじゃねえの

   か?


金蔵:!い、いぃえ、そうじゃねえんです。

   と、とにかく色々お世話になりまして、どうもありがとうございま

   した。


親分:【↑の語尾に食い気味に】

   おぉいおいちょっと待ちねェ。まだ話はすんでねえから。

   待ちな、待ちなって!

   おい、誰かいねえか!?金蔵きんぞう様子ようすがおかしいから捕まえろ!


留公:親分、水甕みずがめの上にこんなもんがありやした。


親分:なに、こりゃ匕首あいくちじゃねえか。

   さてはあの野郎、ケンカかなんかしやがったな。


留公:どうしやす?追っかけてって渡しましょうか?


親分:あぁいいんだいいんだ、そんなもんうっちゃっちまいな!


語り:いっぽう、捕まっちゃ大変だってんで急いで逃げだした金蔵きんぞう

   あちこち歩いて日が暮れるのを待って、品川しながわへやってきた。


お染:ああきんさん、良かった…お前さんが来なかったらどうしようと思っ

   て、あたし朝から心配してたんだよ。よく来てくれたね。

   さささ、こっちへ入っておくれ。


金蔵:大丈夫だよ、こう見えたって俺ァ男なんだからな。いったんこうと

   決めたら、何が何でも約束を守るんだからな。本当だよ?こう見え

   立って俺ァ男だ。俺は男なんだ。


お染:分かってるよ、もう、何度も言わなくたっていいんだよ。

   でもよかった。本当に来てくれて嬉しいよ。

   ねえお前さん、どうせ今夜はこの世の別れなんだからね、ひとつ

   派手はでにやってもらいたいんだよ。

   お前さんいっつもくるたんびに空豆そらまめんでばかりいるだろ?

   だからたまには一つ、派手はでにやって欲しいんだ。

   なんか取っておくれよ。


金蔵:おうおぅ、いいよ、何でも好きなもの頼みな。

   酒だって何だってかまわねえから、じゃんじゃん頼めばいいんだ。


お染:まぁお前さん、急に頼もしくなっちゃったじゃないか。

   おあしができたのかい?


金蔵:いぃや、ぜになんかできないよ。


お染:じゃあダメじゃないか。


金蔵:いいんだよ。どうせあの世に行っちゃうんだから。

   あの世まで勘定かんじょうを取りに来れやしねえんだ、大丈夫だよ。


お染:それもそうだね、じゃ、そうしようかしら。


語り:なんてんで呑気のんきな連中があるもので、二人は色んなものを次々注文

   、金蔵きんぞうみ納め食いおさめだと思うからんじゃあ食い、んじゃ

   あ食い。

   普段しみったれな男が大台おおだいなんか頼んだりしたもんだから、

   め込み過ぎて動く事が出来ない。人間の了見りょうけん)てのは、

   こういう所で分かるものです。

   しょうがないから金蔵きんぞうをいったん寝かしつけて、おそめは他のお客様

   を何人か回しております。というのは、これは時がつのを待って

   いるというわけでして、大引おおびぎ、今で言うところのちょうど

   午前二時になります。この頃になるとさすがにどこも大戸おおどを閉めて

   明かりを落としてしまいます。さびしくなって人足ひとあし途絶とだえてくる。

   品川しながわだからざーーっと海からの音が聞こえてくるだけになるわけで

   。

   おそめ素足すあしになると自分の座敷ざしきへ戻って参ります。


金蔵:【高いびきをかいて寝こけている】


お染:【ちょっと嫌そうな顔してのぞき込んでいる】

   まあこの人は…鼻から提灯ちょうちん出したり引っ込めたりして、よく寝てる

   じゃないか。あたしなんてゆうべはまんじりともしなかったっての

   に…とても寝られるもんじゃないよ。 

   それに今夜この人のよくんだこと食べたこと…。

   よっぽど人間が呑気のんきにできてんだね。

   馬鹿馬鹿しいけど他にいないから死んでやるんだ。ありがたいと

   思ってほしいもんだよ。

   さ、ぐずぐずしてちゃいけないね。人が来るといけないから早いと

   こ…

   【声を落として】

   ちょっと、ちょっときんさん、起きとくれよ。

   ちょっときんさん、きんさん…!


金蔵:うっ、うぅん、うぅ、も、もう食えねえ…!


お染:まだ食べる気でいるよこの人は。

   食べるんじゃないよ、起きとくれよ。

   もうだいぶ遅くなってるんだから、早くしないといけないよ。

   人が来たら大変なんだから。


金蔵:ぅ、わ、わ、分かってるよ…。

   おめえはいつもそうなんだからな…、

   きんさん、もう遅いよ。お天道てんとさんは真上まうえに来ちゃってるから、

   早く帰らなくちゃダメだよってんで慌てておもてに飛び出すと、

   お空がまだ真っ暗で星が出てるんだ。

   しょうがねえからって家に帰ろうとすると、途中で犬にえられて

   ひどい目にあったりしてんだから、たまにはゆっくり寝かしてくれ

   。それから帰るんだからよ。


お染:帰る…!?

   お前さん何かい?帰るってのかい!?


金蔵:帰る気かいったってしょうがねえじゃねえか。

   ぜにがねえんだから居続いつづけなんぞできやしねえだろ。


お染:~~何を言ってるんだい…!

   帰られてたまるかい!

   お前さん、死ぬんだろ!


金蔵:えぇ!?俺が!?どうして!?


お染:どうしてじゃないよ!

   あたしと一緒に死ぬんだろ!


金蔵:…!あぁ、そうだ!そうだった…!

   そうだったよ…!俺、忘れちまってた…!


お染:忘れちまったらいけないじゃないか!

   ほら、人が来ないうちに早く死ななくちゃダメだよ!


金蔵:っそ、そうだ、死のう!早く死のう!


お染:うん、そうしよう!


金蔵:さあ、早く殺せ!


お染:なに言ってんだよ、お前さん一人で死んだってしょうがないじゃな

   いか!一緒に死ぬんだから、何か死ぬ物を持って来たかい?


金蔵:おう、抜かりはねえよ。

   まずその風呂敷ふろしきから白無垢しろむく出してくれ。


お染:まあお前さん、そんな趣向しゅこうを用意してくれてたんだね。

   嬉しいねえ…って、【噴きだす】

   お前さんのこれ、なんだい?腰から下がないじゃないか。


金蔵:いいんだよ、都合つごうにつきお取り払いてやつだ。

   人間どっから腐るか分かったもんじゃねえ。

   このほうがサバサバしてていいやな。


お染:それで、死ぬ物はどこにあるんだい?


金蔵:?風呂敷ふろしきの中に匕首あいくちが入ってるはずだ。それ出してくれ。


お染:匕首あいくち?…そんなもの入ってないよ。


金蔵:えっない…?うそ言うなよ。


お染:ほんとにないんだよ。


金蔵:おかしいな……?

   !あっ、いけねえ…!

   親分おやぶんのとこに暇乞いとまごいに行った時に、バレちゃいけねえと思って

   水甕みずがめのとこに置いたまんま忘れてきたんだ…!


お染:何やってんだい、しょうがないね。

   まあ、お前さんが持って来るとは言っていたけど、あたしの方でも

   二丁にちょういで用意しておいたから、きんちゃん、これ。


金蔵:え?なんだい?


お染:剃刀かみそりだよ。

   さ、お前さん一丁いっちょう持っとくれ。あたしも一丁いっちょう持って、ひのふのみで

   お互いにスッとのどを斬るんだ。


金蔵:!?ぁ危ない危ないッ!

   しなよしな!ダメだダメだ!

   危ねえよ!


お染:何がダメなんだい?

   死ぬんだからしょうがないじゃないか。


金蔵:俺ァ剃刀かみそり負けするんだ。

   それにの薄いもので切ると、後で医者が治療ちりょうしにくい。


お染:…それじゃあお前さん、ハナっから死ぬ気じゃなかったんだね?

   あたしをだましたんだね!?

   いいよ、あたしが先に死ぬ代わりに、お前さんだって三日とたない

   うちに取り殺してやるんだからね…!


金蔵:っちょっおっあっ危ないっ危ねえじゃねえか!

   ッ!【剃刀を取り上げる】

   冗談じゃねえやな、こんなものを振り回さなくたって、針一本だっ

   てやりようで死ねるんだよ。お部屋行って、もめん針を十本借りて

   来いよ。


お染:針なんか借りてどうするんだい?


金蔵:二人で足をわえといて、みゃくどころを針でちょいちょい突っつくん

   だ。夜が明けるまでにどっちかかたが付く。


お染:バカなこと言ってるんじゃないよ。

   霜焼しもやけの血を取るんじゃないんだからさ。

   いいから剃刀かみそり持ってーー


金蔵:っだ、だからよ、そういうのは怖いよ?

   後で見つかったところで、首から血を出してこんなんなってたらさ

   、さまが良くないよ。死にざまが良くない。

   もっと見た目のいいやつにしようじゃねえか。


お染:っ~~それなら一緒に裏へおいで。


金蔵:裏?いやいやいや、裏ってと木かい?

   首ィくくろうってのかい?

   嫌だよォ、死にざまが良くねえよゥ。

   鼻水二本たらしてだらーんとぶら下がっちゃうんだろ?

   俺ァぶら下がったものが嫌いなんだよ。

   だからおめえ、ひのふのみで息を止めちゃおうじゃねえか。


お染:苦しくなったらどうすんのさ?


金蔵:苦しくなったら少しずつ息したらいい。


お染:【間髪入れずに】

   なに言ってんだい!

   剃刀かみそりもダメ、首くくるのもダメってんなら、海に飛び込むんだよ。


金蔵:海?海ダメなんだよゥ、ここんところ俺ァ風邪気味かぜぎみだからさ。


お染:今から死ぬのに風邪かぜなんか関係ないだろ!

   ほら、早くおいでよ!


語り:こういう場合は女の方が達者たっしゃな場合があるもので、嫌がる金蔵きんぞうの手

   を引っ張り、だまだまし裏庭へ連れ出します。

   空は雨模様あまもようでどんよりと大粒おおつぶの雨が降って来ようという有様ありさま

   裏は海でございますから垣根かきねがそびえ、木戸きど錠前じょうまえがおりている。

   おそめがこれに手ぬぐいを巻いてぐっとじりますと潮風しおかぜの為に腐っ

   ていたものと見え、ぱきっと鍵が取れた。

   ばたーんと木戸きどが開くとばぁーっと潮風しおかぜが吹きこんで参ります。


お染:さ、早く、早く!


金蔵:おぉいおい押すなよ、押すなって!

   真っ暗で何が何だかよく分からねえよ、どうなってんだ、どうなっ

   てんだよ?


お染:大丈夫だから、早く!

   人が来るといけないから早く行きなさいよ!


金蔵:行きなったって押しちゃダメだよわかんねえんだから!


お染:大丈夫だよ!桟橋さんばしは長いんだからさ!


金蔵:さ、桟橋さんばしが長いったって、命はみじけえよ…!


お染:掛け合いしてるんじゃないんだよ!

   早く早く、早く行っておくれ!


金蔵:ちょちょっと、押すなてんだよ!

   …なんだよ、あそこに人魂ひとだまがふわふわ飛んでるじゃねえか…!

   おむかじゃねえのか…!?


お染:どこに…って人魂ひとだまじゃないよあれは。

   おき海老えびをとる船のあかりだよ。


金蔵:な、何がなんだか、どうしていいんだかよくわからねえ

   ーーっておい、水があるよ!


お染:水があるからいいんじゃないか!今から飛び込むんだから!


金蔵:ぉ俺泳げねえんだよ!


お染:なに言ってんだい!

   死ぬのに泳げなくたっていいだろ!


金蔵:だ、だってよ…!


若い衆:ぇーおそめさんーーー!ぇーーおそめさんーーーー!


お染:!!いけない、気づかれたよ!


語り:いつまでもぐずぐずぐずぐず言う金蔵きんぞう度胸どきょうがないもんだから

   つま先で立ってガタガタガタガタ震えてる。

   これは自分から飛び込みそうにないとごうやしたおそめ、ついに

   強硬手段きょうこうしゅだんに及びます。


お染:きんさん、一足先ひとあしさきに行っとくれ!ッッ!!


金蔵:あッーーーー!!


語り:腰をどんっと押されたもんだからたまらない。

   金蔵きんぞうひょろひょろっとよろけると、もんどりをきってだばーんっと

   水に落ちた。


お染:きんさん、今あたしも行くからねーーッ!


若い衆:ッとっとっ!!おっ待ちな!待ちなってんだよ!!

    バカな真似まねしねえ!


お染:あッ!?は、放しとくれ!放しとくれよ!ね、後生ごしょうだから!

   放しとくれよ!ね!?


若い衆:っじょ、冗談じゃねえよ!

    ッ放すもんか!こうなったら放さねえ!


お染:頼むから!ねえ!死ななきゃならないわけがあるんだよ!


若い衆:分かってるよ!死ななきゃならねえわけってのはアレだろ!

    移り替えができねえからってんだろ!?

    だからってな、むやみやたらに死のうとするんじゃねえよ!


お染:するんじゃないよったってさ、これじゃあたしは死にそこなってしま

   うじゃないか…!

   後生ごしょうだから死なしておくれってのに、なぜ止めるんだい?


若い衆:なぜ止めるって、止めなきゃそのまま死んじまうだろうが!

    あれだろ、金ができねえから死のうってんだろ?

    その金ができたんだよ!


お染:!?えっ!?お金ができた!?

   ど、どうして…!?


若い衆:山の御前ごぜんが持ってきてくれたんだよ!

    お前さん、四十両しじゅうりょう無心むしんしたんだろ?

    五十両ごじゅうりょう持ってお見えになって、遅くなってすまない、当人に渡し

    て喜ばしてやろうっておっしゃって、二階でお待ちになってるん

    だよ!

    それで部屋行ったら剃刀かみそりが放り出してあるから、てっきりこんな

    事じゃねえかと思って飛んできたんだ!滅多めったな事するもんじゃね

    え!

    あぁに合って良かった。


お染:そ、そうなのかい…?

   お金ができりゃ、あたしだって死にたくはないんだけどもね。

   もう少し早く来てくれりゃよかったのに…一人やっちゃったんだよ

   …。


若い衆:えっ、やっちゃった…!?…誰だい?


お染:貸本屋かしほんやきんさん。


若い衆:きんさん…ぁ~金蔵きんぞうですか。バカきん

    …金蔵きんぞうなら、ようがす。


お染:けどあたしが突き飛ばして入れちゃったんだからね…長年の馴染なじ

   なんだからうっちゃっとくわけにもいかないよ。


   きんさんあのね、死ななくてもいいようになったから、上がってきて

   ちょうだい。

   …ちょいと、きんちゃん、上がってきておくれよ。

   世話せわ焼かせないでさ。


若い衆:どこにも見えやしないよ。

    やっこさん、もう流れちゃっていやしねえ。さめかなんかに喰われ

    ちまったんだ。


お染:いないかねえ…

   身上しんしょうも軽けりゃ身も軽いって…なんだか、おからか寒天かんてん

   みたいな人だねえ…。


若い衆:金蔵きんぞうの事なら黙っとくから、とりあえず急いでくれるかい。

    御前ごぜんが待ちくたびれちまうよ。 


お染:分かってるよ。

   でもこのままだとちょいと寝ざめが悪いから、手の一つでも合わせ

   てから行くよ。

   心配しなくてももう飛び込んだりしないから。

   だからお前さんすまないけど先に行ってね、いまおそめ支度したくして

   参りますからって、お酒出して御前ごぜんの相手しといてくれるかい。


若い衆:ようがす。


お染:ちょいと、ちょいときんさん、どうしたんだよお前さん。

   やだねえ、いきなり飛び込んじゃうんだもの…あたし驚いちゃった

   よ。

   あのね、あたしね、死ぬつもりだったんだけども、いまお金ができ

   たっていうんだよ。お金ができたってなると、まだまだしなきゃな

   んない事がたくさんあるんだよ。

   だからすまないけれど、一足先にっててくれるかい。

   でも人間生身にんげんなまみだからね、そのうちあたしも必ずくし、あの世で

   いずれお目にかかりますから。

   じゃ、あたしもう行くからね、色々とお世話になりました。

   さよなら失礼。


語り:世の中にこんな失礼な事はありゃしません。

   さて金蔵きんぞうはというと、真っ暗な海に放り出されてしかも泳げないも

   んだから、アップアップガブガブ水をずいぶん飲んでもうだいぶ

   苦しい有様ありさま


金蔵:【溺れかけてる】

   うっがぼがぼっ、ぶくぶくがぼがぼっ、うっくく苦しいっ、

   しっ死ぬっ、がぼぼっ、!な、なんかにさわったぞ、ッッ!


   っぶはぁっ、はあっ、はあっ!

   あ、あれ…?立てた…?


語り:桟橋さんばしくいにさわった金蔵きんぞう、こいつだけは離すまいとしっかりつかまっ

   て足を伸ばすってと、ご案内の通り品川しながわてのは遠浅とおあさですから、

   腰から下までしかない。

   そんな浅いところで横になっておぼれていたわけですからしょうが

   ない。

   立ち上がるってと元結もっといは切れてザンバラがみ、額のところを貝殻かいがら

   切ったのか、そこからしたたった血が白い着物にヘドロと一緒にへばり

   ついてる。ほっぺたがムズムズするからつまんでみるとカニが歩い

   てるし、おまけに鼻の頭には船虫ふなむしっている。

   何のことは無い、お台場だいば石垣いしがきみたいな顔になってる有様ありさま


金蔵:へっくしょい!!

   な、なんだ?鼻からダボハゼが出て来やがったよ。

   っちくしょうちくしょう、こんな事ってあるかい!

   くやしいったらねえや。

   戻って文句もんくの一つでも言いてえけど、あんなに飲み食いしちまって

   ちゃ、いざ勘定かんじょうはと言われたら引っ込みがつかなくなっちまう。

   はじ上塗うわぬりだよ…。

   しょうがねえ、うちに帰…れねえや。所帯しょたいたたんじまったんだった…

   。弱ったなあ…。

   …親分おやぶんとこ行こ。


語り:途方とほうれた金蔵きんぞう、よろよろと親分おやぶんうちへ歩き出します。

   途中で駕籠屋かごやに「お化けだァーーーッ」と驚かれて逃げられたり、

   あっちの野良犬のらいぬこっちの野良犬のらいぬにワンワンワンワン追っかけまわさ

   れて、まるで犬の町内送ちょうないおくりみたいな目にあいながらも、なんとか

   たどり着いた。

   ちょうどうちの中では若い者が7、8人集まって博打ばくち、ガラッポンの

   最中さいちゅう


親分:おう、おぅおぅお前ら、犬が鳴いてるぞ、静かにしろ。

   俺たちゃいま、親孝行してるんじゃねえんだ。人に見られちゃ具合ぐあい

   の悪い事をしてんだ。


金蔵:【ダンダンダンダン戸を叩く】


留公:いけねえ、おかみの手が入ったァ!


親分:【抑えて叫ぶ感じ】

   バカっ静かにしろ!

   ろうそくんづけるな!行燈あんどん蹴倒けたおすんじゃねえ!

   火事でも起こしたらどうするんだ!

   人付き合いが三代さんだいできなくなるぞ!

   静かにーーってえ!何しやがるんだいてえな!

   ひざからかたけ上がって頭ァんづけやがった!

   落ち着けってんだよ!家主いえぬしだ、大家おおやだよ!

   ってあッ、場代ばだいをかっさらってった野郎がいるぞ!達者たっしゃな野郎だな!


   大家おおやさんじゃありませんか!?いま開けますんで!

   静かにしろよ…!


   【戸を開けながら】

   いま開けますんで!へへ、別に悪さしてたわけじゃねえんで。

   今日は少しばかり残りの勘定かんじょうがあったんでーー


金蔵:【↑の語尾に食い気味に】

   こんばんわ、親分おやぶん……。


親分:【幽霊みたいな外見にちょっとビビっている】

   …っお、おいっ、誰かちょっと来いィ!

   っなっなっ、何だてめェは!?

   たおされてえかこんちきしょう!

   な、なにもんだ!


金蔵:き、金蔵きんぞうでござんす…。


親分:なにをゥ!?


金蔵:金蔵きんぞうでござんす…。


親分:金蔵きんぞうォ?ほんとに金蔵きんぞうかァ!?

   ちょっと足を見せろ足を…。

   【生きた金蔵とわかって安心する】

   ッちきしょッこの野郎!おどかすなィ!

   てめぇな、昼間うちに来た時に匕首あいくち忘れてったろ!

   女とでも一緒に死のうなんてしてるんじゃねえかって、心配してた

   んだぞ!


金蔵:へい、はなのうちはそのつもりだったんですが、

   品川しながわ心中しんじゅうしそこないました…。


親分:はぁ~あバカ野郎、

   つまりなにか、女だけ殺しててめえばかり助かったってんだろ?


金蔵:そうじゃねえんです…。

   助かったのは女だけで、こっちは殺されそうになりやした…。


親分:はあ?どういうこった?


金蔵:死にそうになったのはあっしだけで、女はまるっきり飛び込まねえ

   んで。


親方:ったくしょうがねえ野郎だな。

   とにかくそこピタっと閉めて、こっちへへえれ。

   あとを閉めろ。…ったく、静かに叩きゃいいものを、も何も壊れ

   ちまっただろうが。


   おうい、みんな出てきな。


留公:へっ、親分おやぶん、大丈夫なんで?


親分:ああ、別にな、おかみの手が入ったわけじゃねえ。

   金蔵きんぞうの野郎がな、女と馬鹿してけえって来たんだ。


留公:なあんだ、じゃあ別にどってこたァねえですね。


親分:おう、心配はいらねえよ。だからお前ら、出てこい。

   ?出てこいってんだよ。


   しかしこのせめえうちにあれだけいたのが、よくまあどっかへ隠れち

   まうもんだ。

   見ろ金蔵きんぞう、おめえがおどかしたもんだから、みんなどっかいなくなっ

   ちまった…って待ちな待ちな!そんな格好かっこうで上がられてたまるか。

   おぉい留公とめこう、すすぎを持ってこい!


   ?誰だそのネズミらずの中に首つっ込んでんのは。げんさんじ

   ゃねえか。


源兵衛:す、すまない親分おやぶん

    あわてて中に突っ込んじゃったら、鼻先に佃煮つくだにがあったんでいただ

    いてます。あの、のどかわいたんでお茶ください。


親分:お茶あ?張り倒すぞこの野郎。


   …?なんだ?顔に何か当たってるな…ってふんどしか!?

   はりにしがみついてんのは…辰公たつこうじゃねえか。

   しかし汚ねえケツだな。ふんどしを固くめろってんだよ。

   けどどうやってそこまで上がったんだ…って、さてはおめえだな

   ?俺のひざからかたけ上がって頭ァんづけやがったのは!

   ほんとにしょうがねえな。早く降りてこいよ!


辰公:そ、それが、安心したら動けねえんで…。


親分:なに言ってやがる。誰かはしご持ってきてやれ!

   誰だそっちでうなってんのは?

   おいおいおいおい、梅吉うめきちじゃねえか。

   へっついのぐちなかに首突っ込んでやがる。

   誰か出してやれ。


留公:へい。

   そら梅公うめこう、引っ張るぞーー


親分:おぉぃおいダメだダメだ!ただ引っ張ったって出るわけねえだろ!

   そいつの頭のはちはな、肩幅かたはばより広いんだ。物のはずみでスポっと

   入って中でふくらんだんだろ。

   留公とめこう、上のかまどかしてな、上から出してやれ。

   肩の方がせまいんだからな。


留公:っじゃあ、こうですかね…?


親分:っだから引っ張ったらダメだって言ってるじゃねえか!

   へっついが壊れちまうだろうが!

   そいつの頭は壊してもいいけど、へっついは壊すんじゃねえ!

   梅公うめこうの頭でおまんまはけねえだろ!

   【匂いを嗅いで】

   ?なんだ、さっきからやけにくさいぞ。

   っおいおい熊公くまこうじゃねえか。どうしたんだ?


熊公:す、すまねえ親分おやぶん、ぬかみそおけの中に突っ込んじまった。

   それに、落っこった時に「きん」をぶつけて…取れちまった。


親分:なにィ?おいおい大丈夫なのか?


熊公:親分おやぶん、俺ァもう長いことねえ…だからカミさんに俺の急所を形見かたみ

   渡してもらいてえんで…。


親分:バカなこと言ってんじゃねえ。で、その取れちまったのはどこだ。


熊公:こ、これなんで…。


親分:…おめえな、こりゃナスの古漬ふるづけじゃねえか!


熊公:あっ、ナス!?これナスかい!?

   【自分のをまさぐって】

   あぁッ、ははは…ありました!付いてました!


親分:何を言ってやがる!

   ホントにバカだな。

   【匂いを嗅いで】

   なんか他にもくせにおいがするぞ。


留公:親分おやぶん与太郎よたろうの奴がはばかりに落っこったんで!


親分:おいおい、しょうがねえな与太よたの奴は…粗忽そこつにもほどがあるだろ。

   留公とめこう、おめえ引き上げてやれ!

   ったく、どいつもこいつも意気地いくじがねえやな。

   しかし、本間弥太郎ほんまやたろうさんなんざさすがにさむらいだ。

   あすこにピタっと座って動かねえや。さすがに度胸どきょうがあるね!


弥太郎:いや、実は拙者せっしゃ、腰が抜けております。



※【時間がない場合、「上」だけで終わる場合はここで切る】

語り:ご存知ぞんじ品川心中しながわしんじゅうの「じょう」でございました。




語り:ああでもないこうでもないとやっているうちに金蔵きんぞう、どうも心持こころも

   が悪くなってきたというので、その日はそのまま寝かせた。

   翌日になると多少は顔色がマシになりまして、親分おやぶんの前へ出てきま

   す。


親分:おう金蔵きんぞう具合ぐあいはどうだ。


金蔵:はい、その、どうも親分おやぶん、いろいろとありがとうございました。


親分:いや、ありがてえのはいいけどよ、起きて大丈夫なのか?


金蔵:へい、さっき、おかゆいていただきまして、そいつを食ってなん

   とか、少しは力が付きました。もう大丈夫でござんす。


親分:そうか。

   いや、昨日はおめえは寝ちまうし、わけも聞かなかったんだが、

   一体どうしたんだ?


金蔵:へい、実は品川宿しながわしゅくのおそめ心中しんじゅうを持ち掛けられて、あっしもその気

   になってあと一歩のとこまでいったんです。


親分:はぁ~んなこったろうと思ったぜ。

   だから俺があんなに意見をしてやったんだ。

   間抜まぬけな奴だよ。

   で、そのおそめは飛び込んだのか?


金蔵:それが飛び込まねえんで。

   何しろ親分おやぶん桟橋さんばしに出た時なんてのはあたりは真っくら、向こうに

   人魂ひとだまみてえなものがふわふわふわふわしてる。

   それ見てなんだか心細こころぼそくなりましてね、あれは人魂ひとだまかって聞いたら

   、そうじゃない、おきの方で海老えびあかりだって言うんです。

   その時あっしはふと思ったんです。


親分:何を考えたんだ?


金蔵:…あの船でれた海老えびを天ぷらでげて食ったらうめえだろうな…

   って。


親分:今から死のうとしてたってのに食い意地いじの張った野郎だなこいつは

   。


金蔵:そのうちにおそめがだしぬけに、腰をばーんっと後ろから突き飛ばし

   やがった。

   あっ、と思ったらもう海の中へ落ちてしまって、もうガバガバガバ

   ガバ苦しいのなんのって。

   もうたまらなくなって何とか立ったら…あすこは深さが腰から下ま

   でしかねえんです。

   

親分:そりゃ品川しながわ遠浅とおあさだからな。


金蔵:そのうちにおそめのやつ、金ができたとかなんとかなって、

   色々とお世話せわになりました、さよなら失礼て言ってさっさと上がっ

   てっちまいやがったんです。

   あっしはもうくやしいやら腹が立つやらでね、飛び上がっておそめ

   引っぱたいてやろうかと思ったんです。


親分:そうすりゃよかったじゃねえか。


金蔵:でもね、そんなこと言ったって、こっちはよいに遊んだ勘定かんじょうが払えな

   いんで。くやしいけど我慢して親分おやぶんのとこへ来たんです。


親分:そうか。

   しかしまぁ女郎じょろうてものは、昔から客をだますのが商売だとは言うが、

   そいつは少しあくど過ぎるな。

   おめぇくやしいか。


金蔵:へい、くやしくってしょうがねえんで。


親分:そういやおめぇ、おそめ起請きしょうをもらったとか言ってなかったか?


金蔵:えぇもうね、あっしァ肌身離はだみはなさずね、これだけはもう命から二番目

   だと思って大事に持ってたんで。


親分:けっ、命から二番目ったっておめぇ、そんな事になったんなら

   しょうがねえじゃねえか。


金蔵:へえ、今じゃ百文ひゃくもん値打ねうちもありゃしねえんで。

   【起請文を眺めて】

   ちぇっ、バカにしやがって…こんなものいらねえや。

   …親分おやぶんにあげますよ。


親分:バカ野郎、俺がもらったってしょうがねえじゃねえか。

   ふーむ……【何か思いつく】

   そうだ、おい、その起請文きしょうもんこっちへよこしな。

   俺が預かっといてやる。

   それでおめえ、くやしいだろうから俺が仕返しかえししてやろう。


金蔵:えっ、親分おやぶん仕返しかえしして下さるんで?

   こりゃあありがてえ。

   親分おやぶんがいりゃ百人力ひゃくにんりきだよ。

   さっそく品川しながわにーー


親分:おぉいおい、ちょいと待ちな!

   俺に考えがあるんだ。

   そうだな、大引おおびけちょっと前あたりがいいだろう。

   おめえ、まだ色が青ざめて何となく影が薄いから、そのまんまで

   行ってな、おそめはいるかいと聞くんだ。

   いつもみてえにはしゃいだりなんかしちゃいけねえ。

   なるべくこう、陰気いんきに持ちかけるんだ。

   

金蔵:なるほど、陰気いんきに。


親分:で、いるって言うに違いないから、さっさと二階へ上がっちまうん

   だ。もしおそめが出てきたら、必ずわけを聞かれるだろうから、

   「実は俺はいっぺん死んだんだが、また生き返った。おめえの事が

   心配でしょうがねえからたずねてきたんだが、おめえは変わりなかっ

   たか?」となるべくじょうがあるように言うんだ。


金蔵:毒づいたりとかしたらいけねえんで?


親分:そりゃまだあとの話だ。

   おそめもきまりが悪いだろうから、今夜はゆっくり遊んでおいでとか

   言って酒とか出されるかもしれねえ。けどそいつをんで陽気ようきになっちまっ

   ちゃいけねえぞ。

   「どうも心持こころもちが悪いから、寝かしてくれ。」てな、おけになっ

   たら…そうだな、俺一人じゃいけねえな。

   おぅい留公とめこう!ちょいと来な!


留公:へい、なんでござんすか親分おやぶん


親分:おう、そこに座りな。

   おめえも今までの話は聞いてたろ。

   それでな、おめえは金蔵きんぞうの弟ってことにして向こうへ行くんだ。


留公:あっしが金公きんこうの弟ってことにするんですか。

   わかりやした。


親分:ああ、あまり口数くちかずをきいちゃいけねえぞ。

   いいか、「兄貴に死なれてまことに物悲ものがなしい。」とふさぎ込んでり

   ゃいいんだ。

   で、「実はおらァ昨日、夜網よあみに行って、網を打ったら引っかかった

   ものがある。たぐり寄せてみると土左衛門どざえもんだったから、上げてみる

   と兄貴の金蔵きんぞうだからびっくりした。他のものは何にもねえが、

   起請文きしょうもんだけがへそのところにぴったりくっついていた。

   よほどおめえに気を残して死んだにちげえねえ。」とこう言え。


留公:ふんふん、なるほど。


親分:で、今夜はお通夜つやだ。他のどんな者の回向えこうよりもおめえが来て、

   線香の一本も上げてやりゃ、当人がどんなに喜ぶか知れねえ。

   だからたとえ一時いっときでもいいからひまをもらって、金蔵きんぞうのお通夜つや

   ちょいと顔出しをしてもらいてえ、と俺が言う。

   向こうは笑うだろうよ。そんなこと言ったってきんさんは今、うちに

   遊びに来てる、とな。

   そこで俺たちは、そんなことはねえ、俺たち二人はお通夜つやの途中で

   抜け出してここに来てるんだと返してやる。

   そこでおそめ金蔵きんぞう、おめえの寝てるとこに案内しようとするだろう

   から、うまく姿を消すんだ。


金蔵:うまく、ってどこに隠れりゃいいんで?


親分:戸棚とだなの中でも衝立ついたての影でもいいから、とにかく見つからねえように

   しとくんだ。

   それでおそめ布団ふとんをまくろうとするだろうから、その前に留公とめこう

   おめえに俺がさっきの位牌いはいを出せと言うから、おめえがふところに手を

   入れて、「おかしい、確かにここに持っていたんだが、位牌いはいが無く

   なった」と言うんだ。

   金蔵きんぞう位牌いはいはおめえに渡しとくから、隠れる前に布団ふとんの中に残して

   おかなくちゃダメだぞ、いいな?


金蔵:わ、わかった、親分おやぶん


親分:で、いざ布団ふとんをまくったら中に、無くなったはずの位牌いはいがあるって

   寸法すんぽうだ。おそめきもをつぶすだろうから、今度は留公とめこう、おめえが

   「無くなったはずの位牌いはいがここにあるって事は、兄貴が先に会いに

   来たにちげえねえ。いったいどういうわけで死んだのか、そのわけを

   話してくれ」と言うんだ。


留公:わかりやした。けどおそめ素直すなおに話しますかね?


親分:さすがにこのに及んで嘘は言わねえだろうよ。

   それ聞いたら俺が、そりゃいけねえ、そんな事しておめえだけのめのめ

   めここで商売してるんじゃ、金蔵きんぞううらむのも無理むりはねえ、

   おめえは遠からず取り殺されるにちげえねえ、とでも言ってやりゃあ

   さすがに怖くなって、どうしたら勘弁かんべんして浮かんでくれるか聞いて

   くるはずだ。

   そこで、おめえの緑の黒髪くろかみ根元ねもとからぶつりと切って、いくらでも

   いいから回向料えこうりょう出して、お坊さんにありがたいおきょうでも上げてもら

   ったら、ことによると浮かばれるかもしれねえと言ってやる。 

   そうすりゃ必ずいう通りにするだろうから、受け取ったら俺が金蔵きんぞう

   、おめえを呼ぶからあとは三人で散々お染にどくづいてから引き上げ

   てこようってわけだ。

   

金蔵:はぁぁこりゃなるほど!ようがすねえ!

   あっしはよっぽど殴ってやりてえと思ったんだが、そんな事するよ

   りよほど身にみてこたえるってもんだ。

   じゃあ親分おやぶん、ひとつよろしくお願いします!


親分:おう、だけどな、あんまりそう威勢いせいが良くなっちまっちゃいけねえ

   ぞ。顔色の青い、今のまんまの方がいいんだ。

   なるたけしょんぼりして行けよ。


語り:三人はすっかり手はずを整えてその晩、金蔵きんぞう大引おおびけ前にやってき

   ました。店の若いしゅはもうじきにおけだってんで、生あくびを

   かみ殺して眠気をこらえている。


若い衆:ふあぁ~~っ、なにしろ夜がけてくるてえと…う、うわッ!?

    び、びっくりした…えッ!?金蔵きんぞうさんじゃねえかい?


金蔵:…おおそめは、いるかい…?


若い衆:えっ?ええ…いますよ、おそめさん。


金蔵:…じゃ、上がるよ…。


若い衆:…な、なんだかふわふわふわふわして二階へ行っちまった…。

    え、あれ、本当に金蔵きんぞうだよな…?

    っとにかく、おそめさん呼ばねえと…。


    ぇおそめさーん!ぇおそめさん-ーん!


お染:はーい、ここだよ。


若い衆:あ、おそめさん!あの、ちょっと……来ました。


お染:え?


若い衆:来たんですよ!金蔵きんぞうが…。


お染:!!えッ!?

   やだよもう、おどかすんじゃないよ。


若い衆:おどかしゃしませんよ。本当にいま来たんです。


お染:え、き、来たって…どんな感じだい?


若い衆:どんなったって…なんだか青い顔でね、

    どことなくせがれた感じで、「おそめはいるかい」って言うから

    、いるって言ったら上がるよって、二階へスーッと。


お染:ぇ……嫌だね…足はあった?


若い衆:ぁ~…そいつはよく見ませんでした。


お染:ぃ、嫌だねもう…気味きみが悪いよ。


若い衆:そんなこと言ったって向こうにいるんですから、

    行って下さいよ。


お染:行って下さいったって、私一人じゃ心持こころもちが悪いよ…。

   お前さん一緒に来ておくれ。…どこなんだい?


若い衆:っと…あ、ここですここ。


    ぇ~ごめん下さいまし!

    開けますよ。


お染:…!!ぁらっ、きんさん!?


金蔵:……おそめかい…?

   …こっちへお入り…。


お染:【声を落として】

   きんさん、無事だったのかい…!?

   まぁ~よかったねえ…私はどんなに気をもんでいたかしれないんだ

   よ?

   お前さん、助かったんだねえ…。


金蔵:…俺ァいっぺん死んだんだ。

   けど真っ暗な道をとぼとぼとぼとぼ歩いていくと、向こうから来た

   お坊さんが、おめえはこっちへ来るんじゃねえ、あとへ帰れ、あと

   へ帰れ、って言うんだ。

   どっかで見たような顔だなあと思ってじっと見ると、お地蔵様らし

   いんだ。

   言われた通りにあとへけえってくると、耳のそばでガーガーガーガー

   言われるんで、ひょいと目を開いたら…俺ァ生き返ったんだ。

   しかしおめえがどうなったかと思って、俺は気になってしょうがな

   かった…。

   おめえ…無事だったのかい…?


お染:【きまり悪そうに】

   …無事だったのかと言われるとさ…いえね、私だってすぐ後に

   続いて飛び込もうとしたんだけど、若いしゅに止められたんだよ。

   死ぬにも死ねなかったんだ。

   確かにお金はなんとかできたんだけどもね、お前さんには本当に

   申しわけが無いと思っていたんだよ。

   とにかくこうしてお前さんも助かって縁起えんぎがいいから、今夜は

   芸者でもあげて一つ、陽気にさわごうじゃないか。

   あ、今夜の勘定かんじょうは心配しなくていいよ、私が出すからさ。


金蔵:…俺ァ、陽気にさわぐのは嫌なんだよ…。


お染:だってお前さん、いつも騒ぐのが好きじゃないか。

   じゃあお酒を先に飲むかい?


金蔵:酒は…まない。


お染:えっ、お酒もまないのかい?


金蔵:それより、水が飲みたい…こう、きよい水がいい。


お染:水なんか飲んだってしょうがないじゃないか。

   それじゃ、何か食べたいものはないのかい?


金蔵:…団子だんごなら食いたい。


お染:変なものを食べたがるんだね…じゃお団子だんごを取ってあげるけども、

   みつがいいかい?それとも焼いたの?あんかい?


金蔵:…白いお団子だんごがいいな。


お染:白いお団子だんごなんて食べたって美味おいしくないじゃないか。

   他に食べたいのはないかい?何でも好きなのを取ってあげるよ。


金蔵:いや…もういいよ…。

   俺ァなんか心持こころもちが悪くてしょうがねえから、寝かしてくれねえか

   ?


お染:そうかい?疲れてるんだね。

   それじゃ今すぐおけを入れさせるから。

   ちょいと待ってておくれ。


若い衆:ぇおそめさんー、ぇおそめさんーー。


お染:はーい、何?


若い衆:いま、お二人連れの方があなたに急いでお目にかかりたい、

    お話があるてんで、あちらでお待ちになっております。


お染:あらそう。

   じゃきんさん、ちょいと待ってておくれ。

   すぐに帰って来るから。


   それで、どこに?


若い衆:へい、こちらで。


お染:あら、いらっしゃいまし。


親分:おそめさんてのはお前さんかい?

   まま、こっちへ入ってくれ。


   貸本屋かしほんや金蔵きんぞうてのが、お前さんの馴染なじみだね?


お染:ええ、そうですけど。


親分:それについて話があるんだ。

   こっちは金蔵きんぞうの弟の留公とめこうてんだ。


留公:ゆうべ俺ァ、品川しながわ夜網よあみに来たんだ。

   ところがどうしたものか、いくあみを打っても雑魚ざこ一匹かからねえ。

   忌々しいな、もう帰ろうか、いや、それじゃこっちも業腹ごうはらだから、

   もう一網ひとあみだけ打とうと思ってサッと打つと、今度はずっしり手応てごた

   があった。

   しめたと思って引き上げてみたら、土左衛門どざえもんが掛かった。

   縁起えんぎでもねえ、こんなものが掛かりやがってと、竿さおで向こうへ押し

   やった。

   それで二、三町さんちょう河岸かしを変えてあみを打ったらまた引っかかったものが

   ある。引き上げるとさっきの仏だ。一度ならず二度までも俺のあみ

   掛かるんだ、これァ何かの因縁いんねんのある仏に違いねえ。

   とむらってやろうと思って船へ上げて、ひょいと顔を見てびっくりした

   。それが兄貴の金蔵きんぞうだったんだ。


お染:えっ…。


親分:こいつもがっかりしやがってな。

   それで、俺のとこにも話が来て急いで通夜つやとなったんだが…、

   俺ァはじめ、金蔵きんぞうのなりを見た時にゾッとした。

   一糸いっしまとわねえ姿だったんだが、へそのあたりに紙のようなものが

   くっついてたんだ。

   …これなんだが…おそめさん、こりゃああんたが金蔵きんぞうにやった起請文きしょうもん

   じゃねえのかい?


お染:!!ったしかに、私の書いたものだね…。


親分:お前さんの事をよほど思いめて死んだにちげえねえ。

   他の者が何べんもおきょうをあげるよりも、お前さんが線香せんこうの一本でも

   上げてやりゃ、どんなに仏が喜ぶか知れねえ。

   だから親方おやかたに話をして、一刻いっときでも二刻ふたときでもひまをもらってな、

   ちょいと通夜つやに顔出しをしてもらいてぇんだ。

   実はその事を頼みにこうして来たんだ。


お染:…ぷっ、くすくす…っそ、そうですか…。


親分:ッなんでェ、そうですかっておめえ、笑う事はねえじゃねえか。


お染:っだっ、だって…あんまりおかしくて…。

   そんな事を言っておどかしたってダメですよ。

   だってきんさんここに来ていますもの。


親分:えっ!?金公きんこうが来ている!?

   そんなわけはねえだろう。

   だって俺たちは通夜つやを抜けて来てるんだぞ。


お染:そんなこと言ったって、来ているものはしょうがないですよ。

   いま向こうで寝てますよ。


親分:おかしいな。

   じゃあおい留公とめこう、さっきのアレを見せてやれ。


留公:へ、へい。

   ……あれ?

   確かにふところの中に入れたんだが…?


親分:どうした?


留公:いや、ふところに入れたはずの位牌いはいがねえんです。


親分:なに、無い?

   落としたのか?


お染:ダメですよ、そんなこと言って人をおどかそうったって。

   ちゃんと向こうにいるんですから。うそでも何でもありませんよ。

   なんでしたら一緒に来て下さいな。


留公:おう、それじゃ会わしてもらおうじゃねえか。


お染:ちょいときんさん、起きとくれよ。

   きんさーーあ、あれ?どこへ行ったんだい?

   …はばかりかしら…?おかしいわね。


親分:おいおい、こりゃあどういう事だい。

   誰もいねえじゃねえか。


お染:そんな事はありませんよ。

   確かにここに寝ていたんですもの――あッ!?


親分:!?ど、どうしたんだ?


お染:な、何だか変なものが布団ふとんの中に…!


親分:変なもの…?おい、こりゃ位牌いはいじゃねえか!

   留公とめこう、おめえふところに入れてて無くなったてなぁ、これじゃねえか!?


留公:え…あぁっ!こ、これだ!これですよ親分おやぶん

   「大食院好色信士たいしょくいんこうしょくしんし」、確かにこの戒名かいみょうは…兄貴の位牌いはいで…!

   【すすり泣く演技】

   それじゃああっしのふところから飛び出して、位牌いはいだけ先に会いに来たん

   ですね…!


親分:はぁ~こいつァどうも恐ろしいこったな。

   おそめさん、これァ一体いったいどうしたことでぇ?

   こういう事が起きるってこたァ、ただの死に方じゃああるめえ。

   なんかわけがあるんだろ?隠さずに言ってくんねぇ。


お染:じ、実は…移り替えができなくて後輩に馬鹿にされるのが耐えられ

   なくて、心中しんじゅう相手を探してたんです。

   それできんさんがいいなって事になって、それで一緒に死のうとした

   んだけど、きんさんを突き落としてすぐ後に飛び込もうとしたら、

   若いしゅに移り替えの費用を用立ようだててくれる人が来たから、死ぬのは

   思いとどまれって止められて…。


親分:なるほどな、事の次第しだいは分かったが…おそめさんよ、それァいけねえ

   な。

   金蔵きんぞうだけ海に突き落としといて、おめえはこうしてのめのめ商売

   なんぞしていたんじゃ、そりゃあ恨まれてもしょうがねえよ。

   無理もねえ話だ。

   悪くするとこのままじゃ…おめえ、近いうちに取り殺されるぞ。


お染:えっ、ちょっ、ちょっと…おどかしちゃいけませんよ…。


親分:おどかしじゃねえよ、げんにこういうことが起きてるんだ。

   間違まちがいなくそうなるだろうよ。


お染:そ、そんな…困ったわね…。

   あの…どうしたらきんさんが浮かんで…堪忍かんにんしてくれるでしょうかね

   …?


親分:どうしたら浮かぶったって、そんなこと聞かれても俺も困るが…、

   じゃあこうしたらどうだ?

   おめえの命の次に大事にしてるもの…その緑の黒髪がいいな。

   そいつを根元からぶっつり切ってな、たとえいくらでもいいから

   回向料えこうりょうを付けて、ありがたいお坊さんにおきょうをあげてもらったら、

   ことによると浮かぶかもしれねえ。


留公:さもなきゃおそめさん、おめえさんの命が危ねえ。

   さ、どうする?


お染:そ、そうだね、それじゃ、いま切りますから…。


語り:さすがのおそめも、こうまで上手うまく話を持ってこられてはよほど怖か

   ったと見え、すぐにハサミでもって髪の毛を根元からバッサリ切り

   落とします。


お染:あの、これ、お金はたいしてありませんけど五両ごりょうだけ…

   これでお坊さんにおきょうをあげていただくようにお願いします。


親分:おう、確かにあずかった。

   これだけありゃ、きっと俺が浮かばしてやるからよ。


お染:浮かんで、くれますかね…?


親分:あぁ、心配しなくてもいい。すぐ浮かぶからよ。

   おう金公きんこう!どこにいるんだ?早く出てこい!


金蔵:へへへ!

   ちゃちゃ~らちゃちゃちゃ~♪


お染:あ、あらッ!?お、踊りながら出てきた…!?嫌だよまぁ!


金蔵:なにが嫌だよちきしょうめ!

   へっ、人のこと海に突き落としやがって、「色々とお世話になりま

   した。さよなら失礼。」なんてしゃあしゃあしてやがってよ!

   てめえの頭の毛ぇ切っちまいやがって、当分商売もできやしねえだ

   ろ!

   ザマぁ見やがれってんだバカ!


お染:まあこの人は…!そういや変だと思ったよ。

   いくら何でもスケベな幽霊だとは思ったけど…、

   かみの毛まで切らしてしまうなんてひどすぎるじゃないか!


親分:ハハハ…おそめさんよ、そんなに怒るもんじゃねえやな。


   お前さんがあんまり客をるから、「魚籠びくに(比丘尼びくに)」されたん

   だ。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


三遊亭圓生(六代目)

古今亭志ん朝(三代目)



※用語解説


四十両しじゅうりょう

今の金額にしておよそ320万円。

一両が現代換算で約八万円の為。


十万億土じゅうまんおくど

仏教用語でこの世から西方極楽浄土までの、果てしなく遠い無数の仏国土

(仏様の世界)を指し、阿弥陀仏のいる極楽浄土の広大さや到達の困難さ

を表す言葉。


・すすぎ

足とかを洗う、桶に入れて持ってくる水。


・へっつい

飯とかを炊くかまどの事。


所帯道具しょたいどうぐ

家財道具、家具のこと。


匕首あいくち

鍔の無い短刀。ドス。


白無垢しろむく

おめでたい方なら、花嫁衣裳、出産に、おめでたくない方なら

葬礼、経帷子、その他に武士が切腹する際に着た。

今回は後者。


元結もっとい

日本髪のまげの根元を結い束ねるのに使う、丈夫な紙製の紐。

相撲力士の大銀杏おおいちょうや、歌舞伎、舞妓、時代劇などで使用され、

紙製でありながら切れにくく、強度としなやかさが特徴で、

公文書の綴り紐や茶口ちゃぐちの紐など、多用途に使われてきた。


・ダボハゼ

マハゼ以外の小型ハゼ類(チチブ、ドロメ、アゴハゼなど)の総称で、

特に関東や東海地方でチチブを指す俗称。貪欲に餌に飛びつく様子や、

釣れやすく価値が低い雑魚を指す言葉としても使われる。


・おかみの手が入る

今風に言うなら、警察の強制捜査、ガサ入れが入った、という所。


・はばかり

トイレ。


心持こころも

心の状態や気分、感じ方、または心の準備や心構えを指し、古くからある

言葉で「気持ち」に近い意味で使われる。


起請文きしょうもん

神仏に誓約し、もし誓いを破れば神罰を受けると記した文書で、

平安時代後期から中世・戦国時代に契約や忠誠の証として武将などが広く

用いた。


回向えこう

仏教で、自分が積んだ善行(読経や念仏など)の功徳(ご利益)を、

自分のためだけでなく、故人の冥福や他の人々、すべての生きとし

生けるものの幸せのために振り向けること。


業腹ごうはら

すごく腹が立つこと。しゃくにさわること。


土左衛門どざえもん

水死体のこと。


三町さんちょう

面積(約9,917平方メートル、約1ヘクタール)と長さ(約109

メートル)の両方の単位として使われ、面積では10反、長さで

は60けんに相当する。


・「魚籠びくに(比丘尼びくに)」される

魚籠とは、釣りなどで捕獲した魚を入れておくための、竹や網などで

編まれた携帯用のかごのこと

比丘は男性の坊主のこと。



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