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第9話 オアの大陸の勇者と魔王③

 

 その灰色の四角い建造物には、拒絶の象徴たるドアは存在していなかった。


 等間隔に並んだ柱の隙間からは、人が通れる程度の空間が口を開けており、勇者一行はそこから呆気なく内部へと足を踏み入れた。


 30メートル×30メートルほどの、がらんとした室内。

 中央に赤、青、黄、白の4つの椅子が背中合わせに置かれているだけで、他には生活感も、魔術的な祭壇も、主であるミヨクの姿もなかった。


 ──いや、現れた。4つの椅子の中心点から、湧き出すように急に姿を現した。


 相変わらずのぼさぼさ髪にパジャマ姿。今まさに欠伸までしたところだ。


「……それが時の魔法ってやつか?」


 勇者は戦慄しながら問うた。2ヶ月前に一瞬で消えたあの不可解な移動、そして今の出現。それこそが時間を操作する術なのかと。


「ん? あ、ああ。いや、違うよ。今のは魔法でもなんでもないよ」


 ミヨクはあっさりと言った。


「──普通に地下から上がってきただけ。地下には俺の寝室があるから、そこからトコトコと普通に上がってきたんだ」


 4つの椅子の真ん中には、ただ地下へと続く階段があるだけだという。


「──そんな事より、何か用? 俺、眠いんだけど。古い知人の所からさっき帰ってきたばかりなんだけど。いちいち起こさないで欲しいんだけど。この建物にはセキュリティの魔法を施しているから、侵入されると強制的に起こされちゃうんだよね」


「この前の話の続きをしにきた。覚えているだろ、俺たちの事を?」


「えっ? 間違いなく覚えてないけど。寧ろ初対面じゃないの俺たち?  えっ? 嘘?  誰?」


「……俺は勇者だ。もう2ヶ月くらいになるけど、前に会っただろ?」


 勇者。それは一度聞けば100人が100人とも記憶に刻むであろう名声。それを踏まえた上で、ミヨクはもう一度、無慈悲に言った。


「知らない」


 勇者は正直、ショックだった。2000メートルの山を越えてきた苦労の半分が、その一言で霧散した。けれど、彼は踏ん張った。長年リーダーとして培ってきた忍耐力が相互尊重という名の防波堤となって彼を支えた。


「──俺の仲間が魔王との戦いで死んだんだ……。お前の魔法で時間を戻して救う事は可能か?」


「えっ、嫌だよ」


 即答だった。2ヶ月前と寸分違わぬ拒絶だった。


 しかし、勇者は気づいていた。それは前回の時もそうだったのだが、時の魔法使いが決して不可能だとは言っていない事を。


「嫌だってなんだ? 俺は勇者だぞ。この世界の絶対的な悪を討ち滅ぼそうとしているんだぞ。不可能じゃないなら、もしも可能なら願いを叶えてくれてもいいんじゃないのか? 俺は勇者だぞ」


 ミヨクは少考し、ついでに欠伸もした。涙が溢れて眠気が少し緩和されると、ようやく話を聞く気になったのか、赤い椅子に座って一行と向き合った。


「先ず、世界じゃない」


 ミヨクは唐突に、説教を始める教師のようなトーンで言った。


「──魔王と、それを倒しに行くお前たち勇者一行。それは世界の話じゃない。大陸。あくまでもこの大陸だけで行われている内戦の事なんだ」


 ──いや、端的に説教だった。


「……えっ?」


 勇者は間抜けな声を漏らした。13歳で村の大岩に突き刺さっていた伝説の剣(あくまで村の)を引き抜いて以来、信じて疑わなかった自らの『世界の命運を背負う旅』という大前提が、音を立てて崩れていった。


「内戦は特別な事じゃないんだ。この世界は残念ながらどこの大陸でも争い事が起きている。ここもただの、その一つに過ぎないんだ。特別じゃないんだ。お前の勘違いなんだ」


 ミヨクの長話が始まった。寝起きの気分の悪さも手伝ってか、彼は世間知らずな勇者に「世界の広さ」という名の鉄槌を喰らわせ続けた。


 勇者が「魔王は世界の支配者じゃないのか?」と腰を折っても、ミヨクはしんみりと一蹴した。


「──違う。魔王はそんなに大それた存在じゃないんだ。あくまでこの大陸内だけの支配者なんだ。世界は関係ないんだ。だからお前たちも世界規模の有名人じゃないんだ。勘違いしないでほしいんだ。世界はもっと大きくて、広くて、複雑なんだ」


「……」


「大陸内の小規模な争いに俺が手を出す事は無いんだ。出せないって言った方が正しいかも知れないけど。そもそも魔王と勇者って統治者と反乱者ってだけで、第三者の俺にはどちらが善でも悪でもないんだ。それから──」


 ──30分後。


 一気に流し込まれた膨大な情報に、勇者の頭は半分も追いつかなかった。ただ、一つだけ理解できたのは、ミヨクの拒絶は、岩のように硬く、覆らないという事だった。


 このままではユナを助けられない。


「──分かってくれたかな? 以上の理由から俺はどちらにも加担をしないんだ。納得したならもう帰ってくれないかな? 俺はまだ眠いんだ。さっき帰ってきたばかりなんだ」


 と、会話が強制終了されようとしたその時、勇者は咄嗟に唐突に完全にテンパった。テンパりすぎて頭の中が真っ白になり、絞り出す言葉を間違え、けれど最も純粋な本音が口を突いて出ていった。


「す、好きなんだよ!!」


 沈黙。


「──俺はユナの事が好きなんだよ!!」


 勢いづいて、二度。


 故に沈黙も再び──いや、


「えっ?」


「えっ?」


「えっ?」


「えっ?」


 と、ミヨク、マードリック、ミナポ、ペルシャ。全員から間の抜けた単音が漏れた。


 だが、決壊した勇者の感情は止まらなかったった。


「──好きなんだよ! 俺はな、ユナとは幼馴染で、その頃からずっと好きで、でもなかなか気持ちを伝えられなくて……それで魔王を退治したら告ろうと思ってて……でも死んじゃって……だからどうしても救いたいんだよ!  好きなんだよ!! だから 助けてくれよ時の魔法使い! 俺の愛を止めないでくれよ!!」


 ……。


 ミヨクは思った。


 ──時の魔法を使わなくても、時間が止まる事があるのだ、と。


「好きなんだよ!」


「……」


 灰色の立方体の中に、あまりに青臭く、あまりに重すぎる愛の告白が空しく響き渡った。


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