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第8話 オアの大陸の勇者と魔王②


2ヶ月後──。


 勇者一行は、標高2000メートルを超える険しい山嶺を越えることに、成功していた。


 期間にして2週間。それは冒険という言葉で片付けるにはあまりに過酷な、泥と血と、そして不毛な言い争いに満ちた地獄の行軍であった。


「はあ……はあ……はあ……やっと、やっと終わったな……」


 戦士マードリックは、己の人生そのものに終止符を打つかのような、深い溜息と共にそう言った。


 ──道中、空飛ぶ魔獣に急襲され、自慢の鎧と盾は粉々に粉砕。今さっき、残った剣までもが「もう無理です」と音を上げるかのように、ぽっきりと根元から折れた。達成感など微塵もない。手元に残った鉄の棒を見つめるその姿は、憔悴を通り越して、もはや悟りの境地にあった。


「はあ……はあ……。魔王の作ったモンスターも厄介だけど、魔獣もまた知性が低くて統制されてない分、やり辛いわよね……ほんと、チクショーね」


 オシャレ魔道士のミナポが、乱れた髪を振り乱して悪態をつく。


 魔力が枯渇したことよりも、代々受け継がれてきた名杖が折れたことよりも、彼女の心を折っていたのは別の事実だった。


 ──先月、清水の舞台から飛び降りる覚悟で買ったばかりの三角帽子と、鮮やかなオレンジ色のハイヒールが、今やボロ布と化したゴミ同然に成り果てていたのだ。


「いや、だから山登りにハイヒールは無理だって、事前に何度も言っただろ?」


「仕方ないじゃない、マードリック! 私は山登りを舐めていたんだから! まさかこんなに道が険しいとは……まさか頂上があんなに寒いとは……思ってもみなかったわよ!」


 その服装は、マントの下にノースリーブニット、そして膝上丈のひらひらしたスカートであった。


「いや、寧ろ凄いよ。よくそんな格好で山を越えたよな。しかも服とスカートはほとんど無傷だし」


「当たり前じゃない。そこは魔法で絶対に死守よ。アンタ達に見せるほど、私の裸は安くないんだから!」


「……ペチャパイだからだろ。ふっ」


 二人の会話に、氷のように冷たく、それでいて猛烈に鼻につく声が割って入った。


 白いローブに身を包んだ男──ペルシャである。最近、遊び人から魔道士へと転職したばかりの彼は、魔道士になった途端、それまでのバカっぽい喋り方を封印した。そして、何故か眉間に深い皺を刻み、如何にも、私は思慮深い、と言わんばかりの知的(と本人は信じている)な口調を使い始め、それが仲間内から猛烈に不評を買っていたのだが、当の本人は気づく気配すらなかった。


「──安すぎるから、見せたくても見せられない。タダより怖いものは無いってやつだ。ふっ」


 口調や表情を取り繕ったところで、ペルシャの根っこは遊び人のバカのままだった。


「……取り敢えず杖が壊れてなければ、今すぐアンタを殴ってるところよね。何が言いたいのか分かるようで分からないから、余計に腹が立つのよ!」


 ミナポが震える拳を握りしめる。それは勇者一行の、勇者以外による簡易的な紹介のような……あるいは生存確認のような団欒であった。


 その終了を告げるように、勇者が重々しく咳払いを一つした。


「ごほん。お前たち、そろそろいい加減にしろ。……それより見ろ。噂通りなら、あそこが時の魔法使いの住処だ」


 一行が、必死の思いで登り、そして下ってきた2000メートルの山を背にすると、眼下には僅かな陸地を囲む広大な湖が横たわっていた。


 その陸地に、灰色の、無機質な真四角い建造物が一つ。

 窓も装飾もなく、まるでそこにあること自体を拒み、気配を消しているかのように静かに佇むその存在。あまりに浮世離れした「異様」な佇まいは、それが強大な魔法によって生み出されたものであることを、見る者を確信させた。


「……そこに有るんだけど、無いような。そんな不安な気持ちにさせられる、嫌な感じね」


「確かに。中に入るのに、少し躊躇しちまうな……」


「知ってるか、マードリック。躊躇ちゅうちょとためらうって、同じ漢字を使うんだぞ。ふっ」


「……」


 ためらいを断ち切り、歩を進める満身創痍の勇者一行。

だがこの時、勇者を除いた三人は、全く同じ後悔を心の底で噛み締めていた。


 ──ああ。コイツ(ペルシャ)は、遊び人のままの方が、まだ扱いやすかったな……と。



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