第5話 ルアとラグン④
──激闘の終結から10分後。
「これで、とりあえずは終了ね」
仕切り直すようにルアが言った。
「けど、いいのか? これで」
ソクゴが問いを重ねる。「──この永眠には、どうしても拭えない弱点が存在するだろう」
「あなたたち3人のうち、誰か一人の命が尽きれば、魔法の効力が失われる……。そういうことでしょう?」
ソクゴは頷いた。
「そうだ。俺たちは魔力のおかげで普通の人よりは長生きだが、無限では──」
そこまで言いかけて、ソクゴはチラリとミヨクを盗み見た。「……いや、あいつは例外だけどな。紛らわしいな。ただ少なくとも俺は不老じゃねえぞ。長生きはしてやりたいけどな」
「それで十分よ」
ルアの返答は、あまりに淡々としていた。
「──そもそも、考え方が違うのよ。今回の永眠はあくまで苦肉の策。致し方のない妥協の結果。したがって、この魔法はいずれ解けるのが前提条件なのよ」
ルアは真っ平らになった大地を見つめ、静かに言葉を継ぐ。
「──わらは本来、神獣を討つために作られた存在。それなのに、ラグンという存在を殺しきれなかった。これは明確なまでに神の誤算なのよ。この永眠が解けるまでの期間は、神に課せられた執行猶予みたいなものなの。その時までに、神はラグンを殺すことができる新たな生命体を作らなければならないの。だから、わらたちが気に病む必要はないわ。ラグンを倒せなかった、それはすなわちわらを作った神の責任なんだから」
神の責任。神が悪い。
その神をも恐れぬ言葉に戸惑いながらも、ソクゴはその理屈に納得するしかなかった。
「……あの、俺さ」
ミヨクが恐る恐る手を上げた。「──まだ確定じゃないけど……いや、そう思いたいだけかもしれないけど……俺、不死っぽいんだけど……。だから、もしソクゴの寿命が来て封印が解けた後、また俺がラグンと戦わなきゃいけない感じになるのか……?」
「その時の神の判断次第だけど、可能性は大いにあるわね。不死で世界最高レベルの魔力。神からすれば、これほど都合のいい戦力はないもの」
ルアの無慈悲な正論に、ミヨクは顔を歪めた。それを見て、ソクゴがまた腹を抱えて笑い出す。
「クハハハハ! ざまー見ろ! またあの化け物と戦って殺されるのか! ざまー見ろ! クハハハ! あー、腹が痛ぇ!」
「……笑いすぎだソクゴ! そんな無責任な事を言わないで、お前も絶対に長生きしろよ! 俺が死ぬ方法を見つけるまで、せめて1000年くらいはその封印を維持してくれよな」
「クハハハ、1000年か! せめて1000年って難題だな。クハハハ! まあ俺の魔力次第だが、500年以上は生きてやる。それで勘弁しろミヨク!」
軽口を叩き合う二人を、ルアは眩しそうな、どこか遠いものを見るような瞳で見つめていた。ミヨクはその視線に気づき、問いかける。
「ルアも、なるべく長生きしてくれよ」
「わらは無理よ。役目が終わったから」
ルアの声は、透き通るほどに穏やかだった。
「──わらはね、使命を果たすためだけに、14年前にこの姿で出力されたの。それ以外の機能は持たされていない。わらの力は強大すぎるから、役目を終えたあとも世界に居座り続ければ、それだけで理を乱す不純物になるの。だから消えるのが、自然の摂理なのよ」
不純物。願うだけで世界を滅ぼせる強大な力。
「……寂しいこと言うなよ」
ミヨクの言葉に、ルアは小さく首を振った。
「寂しくなんてないわ。わらは神の部品として生まれたけれど、この14年は……なかなか、楽しかったから」
ルアは初めて、その無機質な表情を崩し、年相応の少女のような柔らかな微笑みを浮かべた。
「青い空を見ること。潮風の匂いを嗅ぐこと。ソクゴの馬鹿げた笑い声を聞いて、ミヨクの頼りない背中を見守ること。……神の設計図にはなかったけれど、どれも素敵な経験だったわ。生きるというのを知らないわらの生きた経験。だから、わらは寂しくないわよ。この世界で、あなたたちと出会えて良かったわ」
そう言ったルアは本当に満足そうな笑みを浮かべていた。
「……じゃあ、そろそろ、さようならよ。わらは人ではないから、全てが自然に戻るだけよ」
その翌日。ルアは言葉の通りに忽然と姿を消した。
ルアとは、そういう存在だから。
◇◇◇
──それから800年の月日が流れた。
その間、ラグン・ラグロクトが目を覚ますことはなかった。
あれから800年をソクゴは生きていたからだ。
500年と言ったあの日の約束を大幅に更新し、彼はほぼ執念だけで800年という時間を生きていたのだ
だが、ついに限界は訪れる。
ソクゴの寿命が尽きた、まさにその瞬間。
ラグンの快眠を約束していた封印魔法が、パリンと乾いた音を立てて霧散した。
──世界をラグンという闇から守り続けた光の球体が、消滅した。
そして。
物語は序章を終え、真の幕が開く──。




