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第46話 試運転

 

 この程度では死なない。


 ラグン・ラグロクトは自らの言葉を体現するように、荒れた海をただの通路として踏破した。距離も時間もこの男の前では意味をなさない。正に気軽な散歩を完遂したかのような気軽さで、彼は大陸へと至った。


 辿り着いたのは、かつてロイキ大陸と呼ばれた広大な島々の集合体。今はロイキ共和連国とその名を変えた、その南端に位置する国(島)の港町ナバナに。


 時刻は夜明け前。港町ナバナは、海鳥の鳴き声と、朝一番の競りに備える漁師たちの野太い声に包まれていた。潮風には常に錆びた鉄と魚の脂の匂いが混じり、石畳の道は打ち寄せる波飛沫で常に湿っている。そんな活気と生活感に満ちた場所の波打ち際に、赤い坊主頭の少年、ラグン・ラグロクトは音もなく這い上がった。


 彼はまず、濡れた砂浜に立ち、重く湿った空気を肺の奥まで吸い込む。呼吸は激しく乱れ、心臓は早鐘を打っている。全身の筋肉は限界を超えて悲鳴を上げ、皮膚は鋭い岩礁に削られて無残に血が滲んでいた。だが、彼はそんな痛みを一顧だにしない。ただ、この軟弱な肉体の耐久力の乏しさに、微かな失望を覚えただけだ。それもまた、数時間の荒海を泳ぎきった当然の代償として、冷酷に割り切っていたが。


 岸壁では、巨大な帆船から男たちが荷を降ろしている。その喧騒を眺め、彼はようやく己が全裸であることに気づいた。裸は移動に不都合だ。無駄に注目を浴びてしまうのは流石に煩わしい。彼は男たちの背中を見つめ、短く息を吐いた。服があるなら貰っておくか、と。


 強奪はいとも簡単に行われた。何故なら彼にとってそれは善悪の判断を伴う事件ではなく、呼吸に等しい自然現象だったからだ。


 ──故に、普段通りの足取りで近づき、汗水を垂らして働く労働者の一人をさも必然的に殴り倒す。そして、気絶した男から寝起きの着替えのような手軽さで青と白のツートンカラーのツナギ服を剥ぎ取ってそのまま着用した。その際、たまたま他の作業員たちの死角になっていた為その悪行が誰の目にも確認される事はなかった。それがどちら側の幸か不幸かなのは置いておいて。


 服を得た彼は、次に空腹を満たすことにした。海を渡るという過酷な運動の代償として、流石に腹が減ったようだ。彼はそのまま、焼いた魚や肉の香ばしい匂いが漂う、港の目抜き通りの食事処へと足を踏み入れた。


 店内は仕事終わりの荒くれ者たちで溢れ、陽気な音楽と下品な笑い声が充満していて、彼はテーブルに座るなりメニューも見ずに「出せるものをすべて持ってこい」と傲慢に命じた。次々と運ばれてくる、血の滴るような大量の獣肉、ライ麦のパン、塩辛い魚介のスープ。彼はそれをただ淡々と、機械的に喉の奥へ放り込んでいった。


 一通り腹を満たすと、彼は至極当たり前の顔をしながら席を立った。店主が慌てて油で汚れた伝票を手に勘定を求めて駆け寄ってきた。


「お、お客さん。代金の方ですが?」


 彼は振り返り、心底面倒そうに店主の顔を見た。この時点でその漆黒の瞳には、目の前の命に対する敬意など微塵も存在していなかった。


 ──故に即座に拳が走る。


「空腹を満たした礼だ。軽くしておいたぞ」


 確かにゆっくりした動作の軽いパンチであった。だが店主の体はそれでも吹っ飛び、自分が磨き上げていたカウンターを突き破り、店の奥の壁に衝突していた。途端に阿鼻叫喚に包まれる店内。それでも彼は悲鳴を上げ、腰を抜かす客たちに視線すら向けずに悠然と店を出ていった。


 それから、彼は町の中央へと歩を進めた。


 そして、さも散歩でもしているかのような平然とした顔をしながら町を破壊していった。石造りの壁を拳で叩き割り、屋根を支える太い柱をへし折り、まるで強度試験でもしてるかのように楽しそうに笑いながら。


 ナバナの町は一瞬て騒然となった。逃げ惑う人々、泣き叫ぶ子供、混乱する露店。彼はそんな中で1人冷静に、自身の強さがただの人間ごときではない事にホッと安堵していた。


 さて、あとは今のオレの限界がどの辺りまでなのか、だが……。


 やがて、当然のように町の力自慢の男たちが彼を取り囲んだ。その中には町で名を馳せる傭兵たちの姿もあった。だからこそ彼はツナギ服の袖を捲りながら、愉快でたまらないといった様子で喉を鳴らすのだった。


「クカカッ! 分かりやすくていいだろ。さあ、やろうテメーら。今の オレ がどの程度なのか……それを知るには、これが一番手っ取り早いからな。クカカッ!」


 彼はそう笑うと、取り囲む群衆を路傍のゴミでも選別するかのように冷たく見渡した。


「──クカカ。皆殺しの始まりだ。……クカカ!」


 潮風に錆びついた港町ナバナ。その中心でラグン・ラグロクトが800年の時を超えて、その牙を遂に剥き出しにした。



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