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第45話 序幕 世界の中心で起こったこと

  

 それは、誰かの“今”から 数ヶ月、或いは数年後 の事。


 封印の魔法使いソクゴがその命を賭して永遠の眠りについた神殿は、時が止まったかのような深い静寂に包まれていた。かつての荘厳さは剥げ落ち、壁の彫刻は崩れ、澱のように溜まった冷たい空気が今のこの場所を内側から腐食させている。


 広場の中央には石の床に横たわる扉があった。それはかつて重厚な玉座によって踏みつけられ、その封印を誇示していたはずのものだ。だが今はその重石は見る影もなく横倒しに転がっている。封じ手を失った扉は、その下に広がる暗黒の深淵を覗かせるように口を開けていた。そこから這い出す冷気だけが、死んだ空間を微かに揺らしている。


 静寂を裂いたのは、石と石が擦れる乾いた、それでいて不吉な音だった。


 底知れぬ闇の底から、一本の腕が、天を突くようにまっすぐに突き出された。けれどそれは決して禍々しい異形ではなく、白く、細い、瑞々しさと脆さを残した、あまりに無垢な人間の腕だった。


「……ッ、はぁ……、……カッ、カハッ」


 まるで海底から這い上がるかのような執念で、その少年は現れた。肺を焼くような勢いで空気を求め、燃えるような赤髪を床まで引きずりながら。


 名は──


 ラグン・ラグロクト。


 そう、800年前のあれ。


 ──だが、かつて世界を絶望で塗りつぶしたあの威圧感は今の彼には微塵もなかった。代わりにあるのはどこかに幼さの残した15歳前後くらいのひどく無防備な姿であった。


 ──ただ、その瞳の奥で冷たく揺らめく光は決して子供のような純粋なものではなく、 歪な、あまりにも歪んだ、底知れない狡猾さと傲慢さを孕んでいたのだが。


「ククク……。酷い有り様だな、ここは」


 低く、人を見下したような冷笑が神殿の壁に反響し、幾重にも重なって消えていく。


「──それにしても……なるほどな……こうなるか“今のオレ”は」


 身長は 175 センチ。細身で、その肌の下にある筋肉もどこにでもいる年相応の少年のものに過ぎない。立ち上がると同時に、久しぶりに感じる重力で膝が震える。その様は正に、脆弱の極みであった。だが、彼はその己を理解すると同時に、また笑う。


「──クカカ。脆弱だと理解できるんだなオレは。あの時よりも今のオレが遥かに脆弱だと。クカカ」


 その言葉は彼の中に全ての記憶が鮮明に刻まれている事を意味した。そう、800年前のあの時の全ての記憶を。


 ルア。そして神獣……。


「──あとは、おまけの3匹の魔法使いか。ククク」


 何もかもが昨日の事のようにハッキリと。


 ただ、そんな事よりも、


「──やはり、あれは“あっち側”か。左腕もな……」


 自身の身体には神獣が居なかった。あらゆる全てを無にする左腕のあの呪われた黒さも。


「──……まあ、想定内だがな。なにせオレは苦肉の存在だからな」


 苦肉の故の存在。


「──クカカ。まあ、今はそれはどうでもいい。居ないのであれば、探せばいいだけの事だからな」


 また笑い、ふと彼は、足元に転がっていた石を拾い上げた。角が鋭利になっている石をわざわざ選んで。


「……クカカ。ちょうどいいな」


 そういうと彼は床まで伸びた真っ赤な不精髪を左手で掴み、右手の石の刃で無造作に根元から削ぎ落としていった。躊躇など微塵もない。もう刈り取るところがなくなるまで、過去を切り捨てるように。


 随分と軽くなった頭をぶんぶんと振り、それから彼は神殿の出口へと歩き出した。


 外の景色は月さえ見えない漆黒であった。孤島を包む海は彼の存在を拒むかのように荒れ狂っていた。


「──クカカ。最後の抵抗か? まあ、関係ないけどなこの程度。クカカ」


 嘲笑とともに、躊躇なく海へ身を投じる。今の肉体が脆弱だと分かった上で、死という結末を欠片も信じぬまま、愉快に心を弾ませて。


「──クカカ! 死ぬはずがないだろ、この程度で。そんな結末があり得るなら、最初からオレは蘇ったりしてないだろうからな。クカカ!」


 高笑いが漆黒の海に溶けていく。


 ラグン・ラグロクト。かつて世界を滅ぼしかけた、世界最悪の人間が再び放たれた。


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