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第41話 間話 空間の魔法使いとちょっと昔話①


──遡ること50年ほど前。


 当時、世界で最速の男がいた。もっとも本人はその大陸から外に出たことがなかったため、己の速さがどれほどの異常事態であるかには無自覚であったのだが、間違いなく世界で最速の剣技を誇る男がその時代に存在していた。


 名は、エルタルロス。


 超人的な身体能力を持つ男で、彼の剣速は人が瞬きに要する時間(0.2秒くらい)よりもさらに速く、一閃の弧を描き終えてなお、戦場に静寂を残すことができた。


 今では大陸で“神速”と呼ばれ恐れられる彼が、その境地に達したのが38歳の正にこの頃であった。当時は大陸全土を巻き込んだ争いの最中であり、現在では、ロイキ大戦争。として歴史に刻まれている過去最大の戦火の渦中にあった。


 発端は、“光”と“闇”と名乗る、それまでの歴史には存在していなかった2つの勢力の争いであった。


 奇しくもロイキの大陸はその2つの勢力に挟まれる形で存在していた。ゆえに否応なしに戦乱に巻き込まれ、やがて必然的に三つ巴の大戦争へと発展を遂げたのである。


 ──その争いの詳細は今回は語らず次の機会へと持ち越すが、この大戦争で頭角を現したのが、光でも闇でもなく、ロイキの大陸側の英雄エルタルロスであった。


 彼は単純に圧倒的に強かった。光の強者も闇の強者も、その神速の前に何が起きたか理解することすら許されず、次々と葬り去られていった。


 そして、それが戦争の終結へと繋がる結果となった。半年にも及んだ大戦争の勝利はロイキの大陸。光と闇はその残存数を、もはや勢力とは呼べぬほどにまで減らしたのだった。


 それが、ファファルの怒りを買った。


 世界三大厄災の1人、ファファルを怒らせた。



 ◇◇◇



 ファファルにとって光と闇とは──端的に言ってしまうと、その者たち個人とは直接の関わりはない。


 しかし、彼らが住まう地は、かつて旧友に頼まれて彼女が空間魔法で作り上げた庭であった。故にそこに住む者たちに情はなくとも、己の創った聖域を侵され住人を根絶やしにされた事実に、ファファルは所有者として激しく憤慨したのである。


 そうなるとファファルの行動は世界の誰よりも速い。瞬間移動でエルタルロスの背後に立つと、即座に自慢の大鎌でその首を獲りにいった。



 ◇◇◇



 その時、エルタルロスは山で焚き火をしていた。何もすることなく、ぼーっと暇を持て余していた。


 だが、たとえ弛緩しているように見えても、彼の集中力は絶えず研ぎ澄まされていた。背後に走ったその悍ましい気配に、彼は即座に気づいた。


 ──が、その時には既に遅かった。


 エルタルロスの首筋には、大鎌の刃先が直撃していた。

これまで幾度となくミヨクの首を紙のように切り落としてきた、ファファルのあの切れ味抜群の大鎌の刃が、だ。


 だが。


 ピタリ。


 今回の相手の場合、刃は文字通りその皮膚に触れただけで止まった。


 ピタリ、と。


 その先に、進まない。まるでそこに絶対的な障害物が存在するかのように、ファファルは大鎌をエルタルロスの首に喰い込ませることも、貫くこともできずにいた。


 世界最速で剣を振るという過酷な負荷に耐え続けるために鍛え上げられた、鋼をも凌ぐ強靭な肉体。それがファファルの鎌を拒絶したのだ。


「魔法使いか?」


 エルタルロスは距離をとってからファファルに向き合ってそう質問をした。


「空間の魔法使いだ。男は嫌いだから顔をこちらに向けるな。汚らしい」


 ファファルはこの頃には既に黒色の仮面を被っていた。他者を、特に男を視界に入れることさえ厭う彼女にとって、仮面は一種の防壁でもあった。


「空間の魔法使い? わっしは魔法使いの事はよく分からんが、新法大者というやつか? だったら悪い事は言わん。強いのは認めるが、今までに何人も斬ってきた。わっしは人殺しをどちらでもいいと思っているタイプでな、だから逃げるなら追わんぞ。おんしの腕力ではわっしを斬れないのは今ので理解できただろ?」


 エルタルロスはそう忠告したが、ファファルはたぶん(仮面のせいでよく分からないが)聞いていなかった。そのくらい無の雰囲気を出しながら立っていた。


 ただ、


「お前、光と闇をたくさん殺したな」


 と、彼女は決して無口なタイプではなかった。一方的に自分の意思だけを伝えるのが主ではあるが、割と喋ったりはするのだった。


「──それは吾にとっても些末な事ではあるのだが、光と闇は吾が作った空間で生まれた者たちでな。それ自体はどうでもいいのだが、お前の強さが端的に生意気だ」


 仮面の奥の唯一の異色である左の銀色の瞳が瞬きをすることなくエルタルロスを捉える。静かな声だが殺意は増長するばかり。故に、エルタルロスは腰に下げていた剣の柄を握った。


 世界最速の剣技を誇る男が、本気でその得物に手をかけた。



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