第38話 ギンロシの大陸の仙人⑫
その日、天井の山を覆う気聖の濃度が急激に高くなり、山と樹海にいた気聖使いたちの多くが体調を崩した。
ミヨクはその時、世界の時間を止めて山を降り、世界の時間を動かしてから樹海を数メートル歩いたところであった。
「あっ……アイツ (仙人)、なにかしたな。今、俺の目の前が一瞬真っ暗になったぞ」
「ん? そうなのかミヨク? アイツって仙人の事だろ? 何かあったのか? まさかあのすげー強そうな殺気を放ってくる奴に負けちまったのか?」
横を歩くゼンちゃんが心配そうにミヨクを見上げる。2人の前を歩いていたマイちゃんも「えっ?」と振り返った。
「いや。うん、それは大丈夫。アイツが負けるなんて有り得ないから。ただちょっと本気にはなったぽいね。だから早くこの樹海から抜けようか。何か起こるかも知れないし、何も起こらないかも知れないけど、なんか急に嫌な予感がしてきたからさ」
嫌な予感。ミヨクのそれはほんの数秒後に的中をした。
雨。しかも豪雨。
「えっ、うそ……」
更に言ってしまうと、今はこの大陸は冬なので樹海といえど樹木に雨宿りをするような葉は生い茂っていなかった。
「──えっ、いや、絶対に風邪ひくじゃん。しかもコレ氷みたいに冷たいんだけど……」
ミヨクが打ちひしがれたようにそう言い、ゼンちゃんは「そうか……この雨はスゲー冷たいのか」と、自分もそれを感じたいとちょっと残念そうに言った。ちなみにゼンちゃんは防水加工済みなので濡れさえしなかった。
ババババババババババババッッ!!
「ミョクちゃん見て、オラを見て!」
マイちゃんはとても楽しそうだった。
何故ならマイちゃんの身体は撥水加工で、激しい雨がそのまま激しく弾かれているのだから。
ババババババババババババッッ!!
「キャーキャー!! 楽しい、楽しい!!
「……」
ミヨクは思った。風邪をひきそうなら、ひいた時に考えよう、と。
ババババババババババババッッ!!
「キャーキャー!!」
◇◇◇
嫌な予感は一つではなかった。
ミヨクたちが雨の中を小走りに進んでいると、ここは樹海なのでやはり気聖使いと遭遇をした。
しかもたぶん強そうな奴(ミヨクは魔法使いなので気聖使いの正確な強さは分からないけど、長年の経験則でそう悟った)。
だがその男は随分と手負いで、両腕の骨が折れているのかプラーンとした状態で口元には吐血した跡のようなものが残っていた。
「ああ、クソッ! しかも雨かよ! 今日は厄日かよ! なんて日なんだッ!!」
と、その男は天井の山を見上げながら物凄く恨めしそうに叫んだ。
その時、ゼンちゃんがその男に咄嗟にドロップキックをした。
──これはゼンちゃんが凶暴な性格という訳ではなく(マイちゃんに対しては含まれない)、さきほど天井の山に向かう前の樹海で散々気聖使いたちに喧嘩を売られたが故の慣れに慣れた遇らいであった。どうせ闘わなきゃいけないんだろ、だったら。的な。
──が、その男はゼンちゃんの不意打ち的なドロップキックをいとも簡単に躱すと、そのまま踵落としを決めるのだった。
「グエッ!」
「な、なんだよコイツ? いきなり? ってか、今日はまだ何か続くのかよ? 本当、なんて一日だよ」
その男は名前をハムラといった。
◇◇◇
グエッ! とは言ったものの実はゼンちゃんにはダメージは無かった。何故ならそもそも身体構造が綿なので痛いという感覚が無かったからだ。では何故にグエッ! なのか、それは本人もよく分かっておらず、ただ反射的に言ってしまったらしかった。
そんなゼンちゃんに対してミヨクは「……」と思った。
小雨になってきた。
「オイラの攻撃を躱すとはやるなお前」
ゼンちゃんはハムラにそう言った。
ミヨクは空を見上げて、小雨になった所で俺の身体はもうずぶ濡れなんだけど……と憎たらしそうに思っていた。
マイちゃんは、雨を弾く音が パパパパパパパパっと弱くなっていたので少し残念そうな表情を浮かべていた。
ハムラは、今日一日に対してうんざりしていた。しかもなんだよ、この元気な生き物は? ぬいぐるみなのか? 俺にはぬいぐるみにしか見えてないけど、ぬいぐるみなのか? と考えれば考えるほどうんざりの濃度が高くなっていた。
そんなハムラの様子を見てミヨクは、「あれ? もしかして闘わなくてもいい感じの人? だったら俺、風邪とかひきたくないから先を急ぎたいんだけど」と素直な気持ちを述べた。
だけど、
「ミヨク、それは野暮だぜ」
とゼンちゃんが言った。
「──オイラとあいつ (ハムラ)はもう戦闘モードに入っちまってるんだ。そいつを止めるのは流石に野暮だぜミヨク」
そんな台詞を聞きながらミヨクは、そういえばゼンちゃんはさっきアドレナリン(第30話参照)とか言っていたっけ……意外と好戦的なのかな? そんな風になってくれとは少しも思ってないんだけど……と思っていた。
ちなみに、ハムラは言うまでもないが、ゼンちゃんに急に襲われただけである。
「──だからミヨク、オイラも本気で闘うぜ。あいつは強そうだからな」
本気のゼンちゃん。
「闘王モードだね」
いつのまにかミヨクの横にちょこんと立っていたマイちゃんがそう言った。
「……えっ? と、とうおう? とうおうもーど?」
ミヨクには初耳だったらしかった。




