第32話 ギンロシの大陸の仙人⑥
800年と数年前──
ラグン・ラグロクトによって一つの国が僅か1時間で滅んだ。体内に宿した神獣のそのただの咆哮によってであった。
そこで唯一生き残っていたのが、ロシ仙人だった。
──当時の彼はまだオギャーと産声を上げたばかりの正真正銘の生まれたばかりの赤ん坊だった。
ラグン・ラグロクトとの距離が500キロ以上離れていのが幸いだったのかもしれないが、とにかくロシ仙人は後に気聖と呼ばれる強大な力に守られて唯1人だけ生き残った。
その数秒後にミヨクが現れた。恐らく世界の時間を止めてから現れたのだろうが、なにせ急に現れた。ちなみにこの時の彼は年齢は50を超えていて、髪の毛はまだあるが毛量は少なく色は所々が白く、風が吹いただけで髪型が劇的に変わり、腰の曲げ伸ばしはまだまだ平気であったが、膝は歩くだけで少々痛い感じだった。
「凄いね。ラグン・ラグロクトもそうだけど、キミもまた凄い力を持っているね」
ミヨクはそう言葉をかけるのだが、相手は赤ん坊なので「オギャー」としか返答はなかった。
その刹那、今度はファファルが現れた。どこからか瞬間移動をしてきたのだろうが、なにせ急に現れた。
「ファ、ファファル……」
「こっちを向くな時の魔法使い。殺すぞ」
ファファルはこの頃はまだ仮面を付けておらず、その人間が美の究極を求めて作った彫刻のように整った顔は、美しすぎるが故に辛辣な言葉に磨きがかかって聞こえた。
「こ……っ、お、お前、急に現れるなよ! ビクッとしてお前の方を見るに決まっているだろうが! 何回俺を殺したと思ってるんだ! 急に現れるな! いや、そもそも現れるなよお前!」
憤るミヨク、けれどファファルは「なんだこの子供は? お前のか?」と冷淡な口調で赤ん坊にだけ視線を向けて赤ん坊だけを気にした。
「……お、お前、俺の話を聞いているのか? ビクッとするから急に現れるなって言ってんだぞ! 寧ろ現れるなって言ってるんだぞ」
「随分と力を持った子供だな」
ファファルはミヨクの話は聞かなかった。というよりは相手が男である場合はほとんど聞かなかった。理由は興味がまるでないからだ。もしも興味をもつとすれば殺す時だけであった。
──そんな身勝手な空間の魔法使いのファファルは、泣きじゃくる赤ん坊の周囲を空間魔法で覆った。
「……なっ!? お、お前まさか殺す気か? 力を持っているとはいっても赤ん坊だぞ──」
「名前はそうだな。髪も眉も瞳の色も白いから、シロにするか」
ファファルはそう言うと赤ん坊と共にこの場から瞬時にして消えた。
「あっ、待て! ってか俺の話しを聞け、聞けよ!」
……。
回想終了。
◇◇◇
「──それで、後から仙人に聞いたんだけど、仙人はファファルに連れていかれて、そのまま13年間育てられたんだ。だから仙人はファファルの事を母親のように想っていて、今こうやって気聖でファファルの幻想を作っている程にマザコンって事なんだ」
ミヨクはマイちゃんにそう説明をした。
「ふんふん。なるほど、なるほど。仙人はマザコンなんだね。だから皆ファファルなんだね。オラよく分かったよ。ありがとうミョクちゃん。仙人はマザコンなんだね。ただ、オラはマザコンをよく分かっていないよ」
「えっ、そうだっけ? じゃあマイちゃん、マザコンもついでに教えちゃうね──」
とミヨクが言いかけて、仙人がすかさず「いえ、かなり違いますよミヨク」と半ば呆れ顔で告げた。
「──いやはや、なにか適当に覚えていませんか? もしくは800年も前の事だから記憶違いをしていませんか? 違いますよ、ミヨク。儂はファファル様に育てられていませんよ。端的に監禁されていたんですよ」
仙人にそう言われてミヨクは、どちらの記憶が正しいかを考えて、やがて、そういえばあの後はラグン・ラグロクトを倒すのに必死になっていて仙人の件はよく覚えてないや俺……と改めて思い出していた。
適当ミヨク。なので仙人が真実を語り出した。
「──あの時、赤ん坊だった儂はファファル様の空間魔法で攫われて、いや、その時の記憶は流石にないのですが、物心がついた頃には既に監禁状態でして、空間魔法で作られた暗くて無限に広い場所で儂はほぼ1人で過ごしていたんですよ。ファファル様がいらっしゃるのは日に3度で、食事を運んでくる時だけだったんですよ。あとはずっと暗くて無限に広い場所で儂は1人だったんですよ。13年間も本当にずっと。それをミヨクは育てるっていいますか? 言えませんよね。名前だって儂の容姿が白かったからシロって、ペットじゃないんですから!」
仙人が憤り、ミヨクはファファルの恐ろしさを再認識して、ゼンちゃんとマイちゃんは暗くて無限に広い場所を想像して恐怖に震えていた。
「──この山に捨てられたのは13歳の時でして……」
仙人は普通にそう続けたのだが、その時点でミヨクは、ああ……移り住んだんじゃなくて捨てられたんだ……ととても悲しい気持ちになり、マイちゃんは泣き始め、ゼンちゃんもまた湯面に顔を付けて表情を隠していた。
「──捨てられた理由がミヨクには分かりますか? 13歳になったからなんですよ。儂が13歳になった時にファファル様がこうおっしゃったんですよ。『残念だが吾はそろそろ限界だ。吾は元より男が嫌いでな。お前が男なのは知っていたが、赤ん坊から12歳まではまだ清潔で美しかったから男女の区別はあまり感じられず耐えられたんだが、そろそろ限界でな。シロ、お前、最近すね毛が生えてきただろう? だから残念だがシロ、吾はお前を捨てる事にした』って……儂ショックでしてね。おかげであの時の台詞を今も一言一句完璧に覚えていますよ。すね毛が生えたから捨てるってなんですか? マジ儂ペットじゃないんですからね!!」
仙人の憤りにまた山が揺れ、温泉には波が出来たが、マイちゃんとゼンちゃんは少しも楽しそうにはせずにただ波に揺られていた。まるでただのぬいぐるみのようにゆらゆらと。
「──今のロシと言う名前に変えたのは、山に捨てられてすぐの事です」
シロからロシへ。恐らくその改名は反抗心からだったのだろう、とミヨクは予想がついた。
「──ただ快適でしたよ、この山での生活は。なにせ景色がありますからね。朝と昼と晩を感じられましたからね。暗くて無限に広い場所には闇以外に何もなかったですからね。しかも今では温泉さえあるんですよ。儂は強大すぎる気聖のせいで800年間ほぼこの山から出たことはありませんが、なにせ周りに景色があるだけでとても快適ですよ。景色サイコーです」
暗くて無限に広い場所に1人ぼっちでいたが故の贅沢。その言葉にミヨクの遂に耐えきれなくなり瞳からも涙がツーと流れ落ちた。
──が、
「──ただ……ファファル様に会えなくなったのだけが心残りなんですけどね」
と、急に雲行きが怪しくなり始めた。
「──いやいや、マザコンなんかじゃ有りませんよ。儂はファファル様を母親のようだとは思った事がありませんからね。寧ろ憎んでいますからね。ただ、唯一の楽しみだったってだけです。日に3度ファファル様に会えるのが。『ほら、シロ、食事だ、食え』以外の会話をした記憶はありませんが、ファファル様と会える瞬間だけが儂が暗闇から解放される瞬間でしたからね。それはそれは初めて太陽や月を見た時に等しい……いや、それ以上ですね。ファファル様の美しさは見る度に毎回感動させられてましたよ。正に神々しい美しさです」
ミヨクはそこまでの話を聞いて、なにか洗脳の類の話を聞かされているようで怖くなったが、その心の声が筒抜けだったのか仙人にすかさず、「──違いますよ? 洗脳とか儂の頭がおかしくなっていたからではありませよ」とはっきりと言われた。
「──逆です。儂はファファル様に会える楽しみがあったから無限の暗闇の中で13年間も1人ぼっちでしたけど、正気を保っていられたのです。ファファル様に会えるという喜びがあったからです」
「…….でも、その無限に広い暗闇の中に閉じ込めたのがファファルだけどな……」
ミヨクは遂にそう突っ込んだ。
「ミヨク、それも違います。忘れていませんか儂の生まれ持ったこの強大な力を。儂は存在しているだけで周りの人間たちに害を及ぼしてしまうのですよ。ですから、儂がファファル様が空間魔法で作ったあの無限に広い暗闇の中に閉じ込められているのは必然なんです。まあ儂もこの山に捨てられて暫く経ってからファファル様のその計らいに気付いたのですけどね。この山だって元々は儂以外に人間は誰もいませんでしたからね。全てはファファル様の計らいなのです」
仙人にそう言われてミヨクは、ファファルがそんな計らいが出来る性格だったか甚だ疑問であったのだ、が、よく考えると自分は仙人の幼少期には少しも関与しておらず、本当によくよく考えてみるとファファルのやり方に口を出す権利は全くなかった。
「…….」
なので、ここからはマイちゃんが、実はさっきからうずうずしていたマイちゃんがミヨクが黙った瞬間にこうしゃしゃり出てきた。
「仙人、それは恋では?」
と。
恋。それは人が人に惹かれ合うこと。その人の事を想うと胸がときめいてときめいてどうしようもなくなる状態(マイちゃん談)の事
「──仙人、それは恋だよ、恋。絶対に恋だよ。仙人はファファルに恋をしていたんだよ、キャー、キャー」
「……恋、儂が、ファファル様に……」
仙人が物思いにそう言葉を結び、はっ! と心当たりがある表情を作った瞬間にミヨクは頭が呆け、ゼンちゃんはちょっとだけバタ足をして温泉の中を泳ぎ始めた。
「──……恋……ですか? これが……。 なるほど、そう言われてみると儂は会えなくなった今の方がファファル様の事を想い、そして胸が苦しくなっていまし。ほら、今も…….ああ、苦しい……」
ミヨクは、どうかその苦しいは温泉に浸かり過ぎているからであって欲しいと願いながらも、改めて仙人の周りの水着姿の女性たちの顔を見回すと、やはり誰もがファファルの顔であり、うん、恋かも……と思わざる得なかった。
「──恋はね、恋は凄いんだよ! オラは経験した事がないけど、恋って感情の爆発なんだよね。オラは経験した事がないけど、恋ってすっごい、すっごいんだよね! オラは経験した事がないけど、トキメキなんだよ、トキメキ! オラは経験した事がないけど、心臓がキュンキュンと高鳴ってどうしようもなくなるんだよね! キャー」
マイちゃんはもう止まらなくなっていた。
「……まさか、これが、恋……800年以上生きている儂の初恋。ファファル様が……」
800年以上生きている男と1000年以上生きている女の恋。ミヨクは考えただけで具合が悪くなったので暫く目を閉じて雪で頭を冷やす事にした。




