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第3話 ルアとラグン②

 

 ルアの魔法は、もはや攻撃という概念すら生ぬるい、絶対的な一撃必殺であった。願うだけで、対象を確実に破壊する。無論そこに例外はなく、彼女が指し示した存在は、宇宙の理から抹消された。


 だが、そこには致命的な矛盾が存在した。ラグン・ラグロクトの、闇を塗り固めたような黒い左腕。それはあらゆる干渉を「無」へと回帰させる絶無の盾だった。


 破壊の例外と、無効化の矛盾。


 ──だが、ルアの魔法は、そもそも相手に触れる必要がなかった。それが、ラグン側にとっての致命的な例外となる。

 

 壊れなさい。


 ルアはラグンに視線を固定したまま、心の中で静かに願った。


 刹那。


 ドオオォォオーーンッッ!!


 鼓膜を焼くような轟音と、天を突く爆炎。コア島全体が砕け散らんばかりの衝撃が走り、海が割れた。


 前触れなき極大の爆発。起爆剤がラグンの身体そのものであるかのように、彼を中心に世界を滅ぼしうるほどのエネルギーが爆発的に解放された。目で見て願うだけで、対象を爆ぜさせる破壊魔法。その一撃は本来、星を塵に変える威力すら持ち、標的を確実に消滅させるよう神の規律で自動化されている。ただし、願わない箇所が霧散することはない。大地を揺らしても、爆発の範囲はラグンの輪郭にまで凝縮された精密な神業であった。


 ──だが、ラグンの身体は、その神の火を浴びてもなお滅びなかった。一撃必殺というルアの理を、その肉体のみで真っ向から無視したのだ。頑丈すぎる身体。今の一撃は世界を滅ぼすのと同等の威力であったにも関わらず、彼はそこに存在し続けている。


 これが神さえも危惧する、ラグンというイレギュラーの正体だった。だがルアはそれを想定内と断じ、間髪を入れずに破壊魔法を2度、3度と連射した。


 ドオオォォオーーンッッ!!

 ドオオォォオーーンッッ!!


 爆炎で衣服は灰となり、全身の毛も一瞬で焼き尽くされた。しかし、ラグンはそこでようやく重々しく歩を刻むのだ。無傷の肉体と共に、少し鬱陶しそうに眉間に皺を寄せながら、何事もなかったかのように歩き始めたのだ。全裸のまま、ルアに向かってゆっくりと前へと。

 

 それでもルアの瞳に揺らぎはなかった。ただ、破壊の標的を内側へと切り替えた。


 死になさい。


 今度は、強固な外装を無視し、心臓を直接破壊することを願った。


 ドオォォォォォーーーーンッッ!!!


 それは、人体から鳴っていい音ではなかった。外壁となる強靭な筋肉に阻まれ、行き場を失った破壊のエネルギーが、ラグンの胸腔内で臨界点を超えて炸裂したのだ。心臓という概念そのものを粉砕し、内側から肺を、肋骨を、強烈な圧力で押し広げる。ラグンの口から肺に残っていた空気と共に、超高圧で噴出された赤黒い血の霧が凄まじい勢いで吹き出し、彼は堪らず膝を突いた。


 ──が、その停止はわずか1秒。彼はすぐに立ち上がると、再び歩き出した。


「……頑丈な身体もそうだけど、これもまた神獣の恩恵だね……。自己治癒能力……それも、脅威的な速度のやつ」


 ミヨクが分析するように言った。


「──それにしても、そんな事があり得るなんてね……心臓が完全に破壊されるより早く治癒が追いつくなんて事が……。でも、だからアイツの存在自体が異常事態なんだよね。だからルアなんだよ……。ほら、さっき燃えた髪も、もう元の長さに戻っている……」


 ルアは無表情のまま、ラグンの心臓を直接5度、6度と爆破し続けた。だが、それは凄まじい吐血と引き換えに彼が膝を突く「1秒」が繰り返されるだけで、前進を止めることさえ叶わなかった。


「まあ、これも想定内だよな。さて──」


 ソクゴが不敵に笑う。クハハハ、と。それを合図にミヨクが身構えた。ルアもまた、阿吽の呼吸で攻撃の焦点を今度は脳へと移した。


 ドゴォオオォォオーーンッッ!!


 脳髄を内側から消し飛ばす破壊音。その余波だけで空間が歪むような威力に、味方であるソクゴの背筋さえも震えた。ラグンは顔中の穴から血を溢れさせ、白目を剥いて真後ろにドサリと倒れ込んだ。


 ──が、これもまたわずか1秒。彼がハッと目を見開き、上体を起こそうとした瞬間に、ルアはさらなる破壊を脳へと叩き込む。


 ドゴォオオォォオーーンッッ!!

 ドゴォオオォォオーーンッッ!!


 魔力の枯渇を知らぬルアは、制限なしに破壊を繰り返しした。それにより破壊と再生がせめぎ合い、ラグンはわずか1秒の気絶と蘇生を無限に繰り返す地獄のループに叩き落とされる。


 ──その、常人には到底踏み込めない“死の1秒の連続”こそが、唯一の勝機であった。ラグンの意識が断絶し、脳の再生に全エネルギーを注ぎ込んでいるその隙を突き、ミヨクが猛然とラグンへと肉薄していた。


 そして、掌を突き出した。あとは至近距離から時の魔法を放てば、勝利は確定するはずだった。


 だが──その危険信号故か、再生の速度がルアの破壊をコンマ数秒、上回った。


 ラグンが刹那のタイミングで目を見開き、その闇の左手でミヨクの手を掴み取ったのだ。


 あらゆる魔法を無とする左手。瞬時に術式を霧散させられたミヨクは、ラグンのもう片方の手に顔面を掴まれ、そのまま抵抗もできずにぐしゃりと握り潰された。


「1秒じゃ短かったか……。強引に行けると思ってたんだが、残念ながら失敗だな。作戦その1は」


 ソクゴが吐き捨てるように言った。ミヨクの死すら、まだ想定内だと。故に即座に、作戦その2へと移行する。


 ラグンが立ち上がろうとした瞬間、目の前にはいつの間にかルアが立っていた。そして彼女は即座にラグンの両足のアキレス腱、心臓、両目、鼻、口、耳、そして脳を同時に粉砕し、再びその意識を強引に刈り取った。


 しかし今度は倒れさせない。ルアはラグンの顔を両手で固定をした。


 そして、


 ──そのまま、ラグンの唇に自身の唇を重ねた。


 接吻。


 ……いや、違う。ルアは口付けを通じ、体内に秘めた全魔力を、ラグンの体内へと直接流し込んだのだ。神に使命与えられて作られた彼女の、惑星さえも超越した強大なエネルギーを丸ごと全て。


 究極の一撃。


 ──刹那。


 ラグンの体内から激しい光が溢れ出した。直後、鼓膜が消失したかのような、絶対的な無音の衝撃が弾けた。

 

 ────────ッッ!!!


 爆発はラグンの内部のみで完結していたが、大地を揺らす衝撃は先ほどの比ではなく、世界全体が激しく揺れ、海が荒ぶり、ソクゴもファファルも、放った側のルアでさえもが尻餅をつかされた。


 ラグンは──。


 それでも、原型を留めていた。大の字になり、天を仰いでいた。呼吸は、残念ながらしている。肺が動き、瞬時に再生されていくのが見て取れる。頑丈すぎる身体に、鬱陶しいまでの自己治癒能力。


 まだ、生きている。


 ──だが、これもまた作戦その2の想定内であった。作戦そな2の目的、時間稼ぎの。


「そのまま5秒は気を失ってろよ!」


 ソクゴは叫ぶと、ファファルが展開した空間魔法に乗り、共にラグンの元へと瞬間移動をした。


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