第29話 ギンロシの大陸の仙人③
現れたのは、坊主頭に白い道着という、いかにも「修行に明け暮れています」といった風貌の筋骨隆々とした六人の男たちだった。全員が腰に手を置き、その中心に立つ、一際眉毛の太い男がマイちゃんを指差した。
「ここから先は気聖の地。気聖の地に入るのが許されるのは、気聖を持つ者のみ。子供よ、迷子か? 気聖を持たぬお前ではすぐに体調が壊れ、やがて気を失ってしまうぞ。早急に立ち去るが……ん? 子供か? お前、子供か? なんか拙者にはぬいぐるみのように見えるが、人か? いやいや、すまん。ぬいぐるみの訳があるまいよな……修行のしすぎだな。目が疲れているんだな拙者は……」
まだ樹海に足裏を踏み入れていないミヨクは、まず思った。良かった、急に現れたのが荒くれ者じゃなくて、面白いやつで、と。
「マイちゃんだよ。マイちゃんに人とかぬいぐるみとか、そういう些細な概念は存在しない」
ミヨクは何かそんな事を言いながら、ようやく樹海へと入った。
「なんだ、お前は?」
太眉毛が言った。
「時の魔法使いだ。そして隣にいるのがゼンちゃんだ」
ミヨクに紹介されたゼンちゃんは、「よっ」と片手を上げた。
「……そっちの子供もぬいぐるみに見えるが……いやいや、それよりお前、魔法使いだと? この気聖の地では魔力をもつ者は拒絶される筈だが──」
「そうだっけ? じゃあ俺は時の魔法使いだから、たぶん例外なんだ。でも、いや、そうだっけ? 魔法使いって普通に歩けなかったっけ? そんな事は無かったような気がするんだけど、お前の勘違いじゃないか? いや、俺もうろ覚えだけど、まあ、どっちにしろ俺は特別だ。なにせ普通に歩いていからな。時の魔法使いだからな。凄い魔力を持っているからな」
「……例外など聞いた事がないぞ。それと自分で凄いとか言うな、滑稽だぞ。それにこの子供……いや、ハッ! このぬいぐるみもお前の仕業か? か弱いもので拙者たちの目を欺いて、その隙に拙者たちに攻撃をしようと企てていたのだな! 卑怯者め! 許さんぞ!」
太眉毛は自分の発言に興奮しやすいタイプのようで、故にそのまま臨戦モードに突入すると、大地を強く踏み、両腕を胸の前で交差させた。思い切り息を吸い、吐き出すと共に目を閉じてこう声を発した。
「【剛気】」
途端、太眉毛の雰囲気が変わった。魔法を放つ際に高める魔力のように全身に力が漲っていく──……けれど残念ながら、それがどれほど凄いのかまではミヨクには伝わっていなかった。何故なら太眉毛のそれは、魔道士が初歩魔法を放つのと等しいくらいのものであり、その頂点に存在しているミヨクには、ただ単純に踏ん張っているだけのようにしか感じられなかったのだから。
「ククク。どうだ、これが気聖の剛気。普段は体内に小さく宿している気聖を一気に溢れさせる事で全身を覆う事で肉体を増強させ、運動能力を飛躍的に向上させる。ちなみに剛気の強度は鋼を誇る。さあ、この地に足を踏み入れたんだ。洗礼は味わってもらうぞ!」
太眉毛に随分と解説っぽくそう言われ、ミヨクはそこで初めて凄い事だと気付いた。何故なら普通は踏ん張っていたら声が出し辛くなる筈なのに、太眉毛は至って普通に喋っていたのだから。
「なるほど、剛気か。凄いね。分かった、覚えておくよ。じゃあ、別に急いではないけど、先を急ぐからもう行くね」
そう言ってミヨクがそう言って前進しようとすると、慌てて太眉毛の仲間たちがその行く手を阻んできた。
「いやいや、行けないだろ! 今の話の流れで、お前は何で前に進んだんだ? いやいや、ないだろ! 戦うんだよ。拙者たちを倒さなきゃ前に進めないんだよ! 分かるだろそれくらい! って、倒さなきゃとかって言わせてんじゃねーよ! 倒されるのはお前だ!」
普通に怒られた。太眉毛に太眉毛を吊り上げながら本気で怒られて、ミヨクは少ししょんぼりとした。それを見て、マイちゃんが「えっ?」と眉間に皺を寄せた。
「──ミョクちゃんを叱ったの?」
その視線(絵)は射るような力強さと激しい殺意を秘めていた。
「ヤバいな……知らないぞ、お前ら」
ゼンちゃんはそう言うと、ミヨクのオレンジ色のダウンジャケットの裾を引っ張り、二人で少し後ろに退がっていった。
「なるほど、なるほど。分かったよ。洗礼なんだね。それならオラがやってあげる」
そう言いながら武闘家のように構えをとるマイちゃん。戦闘モード発動。
「って、ふざけんな! 人かぬいぐるみかよく分からない分際で! 生意気な事を言ってんじゃねー! オラ、どけっ!」
太眉毛が怒声を上げながらマイちゃんを蹴ろうとしたその瞬間、何故か彼の方が体勢を崩してその場にドサッと倒れた。
「えっ?」
途端に間抜けな単発音が六つ重なった。そんな白い胴着集団を尻目に、マイちゃんは言った。
「蹴りはもっと速く出さないとダメだよ。遅いと軸足を簡単に狙われちゃうんだよ。今のはあなたも手加減していたから、オラも手加減をして脚を折らないであげたんだよ。次は本気でどうぞ、だよ」
太眉毛を見下ろしながら、溜息混じりに。そして「ほら、立ち上がって」とジェスチャーで命じた。
「ゆ、油断したな……」
太眉毛は立ち上がると、「【倍剛気】」と語勢を強めた。すると更に強力な気聖が全身を覆い包んだ。
「──これで手加減なしだ。後悔するなよ、ぬいぐるみー!!」
また蹴りを繰り出す太眉毛。その速度は先程の倍以上あり、風を切る音も凄まじかったが──ベキッ! と鈍い音が響いた。同時に太眉毛がまた体勢を崩し、その場にドサッと横倒しになった。
「まだぜんぜん遅いよ。そして、軸足の鍛え方もぜんぜん足りないよ! もっともっと鍛えた方がいいよ」
太眉毛は地面で身体をくの字に折り曲げたまま、立ち上がってこなかった。そこに仲間たちが駆け寄ると、太眉毛がか細い声で「うん……折れた……もう動けない……」と言い、仲間たちを途端に哀しい気持ちにさせた。
ただの一撃で脚の骨粉砕と戦意喪失。
だが、
「か、勘違いするな! こいつがウチらの最強じゃねえんだから! こいつはただの特攻隊長なんだからよ! 真の最強はこの俺だ!」
と、唐突にそう言ったのは白道着集団の中で一番の細眉毛で、彼は「【3倍剛気】」と言い放つと、間髪入れずにマイちゃんの頭上に豪快に拳を振り下ろした──が、マイちゃんはそれをパシっと難なく受け止めると、その拳を何故だか細眉毛に一旦返して、また拳を打たせて難なく受け止めるという謎の行動を実に5回繰り返し、それから他の4人の白道着たちには見えない速度で細眉毛を太眉毛の隣に並べた。
……。
「ぜ、前座は終わりだ。よ、よく俺までたどり着いたな、ぬいぐるみよ。ならばリーダーである俺が直々に相手してやる。覚悟しろよ、ぬいぐるみ!」
また唐突にそう言ってきたのは今度は眉無しで、マイちゃんはもう面倒くさくなったのだろう、残りの3人もまとめて目に見えない速度で太眉毛と細眉毛の隣に次々と並べていった。
「修行がぜんぜん足りない! んだよ」
マイちゃんが言い放つのを見て、ミヨクとゼンちゃんが恐る恐る近寄る。
「お疲れさま。マイちゃん。相変わらず強いね」
「オラ、野蛮な事は嫌いだけど、ミョクちゃんの敵は許さないんだよ」
「うん。ありがとう。マイちゃん」
そう言ってミヨクがマイちゃんの頭を撫でると、マイちゃんが嬉しそうに「えへへ」と笑った。
戦闘モード解除。
正直、マイちゃんにはこの表情の方がよく似合っているなと、ミヨクは倒れ伏す眉毛シリーズを背景にしみじみとそう思った。




