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第21話 オアの大陸の勇者と魔王⑭


 ぐしゃり。


 それは、膨らませすぎた紙風船の上から、無造作に拳を叩きつけたような、あっけない音だった。


 魔王が力尽き、前のめりに倒れた直後のことだ。大陸を滅ぼしかねない魔力を持った見開きモンスター・デビルキング(デビキン)は、その強大な頭部から無残に潰れ、瓦礫の中に沈んでいた。


 魔王が霞む視界を無理やりこじ開けて見上げると、そこには場違いなほど愛らしいぬいぐるみの姿があった。マイちゃんだ。彼女の足下では、ぺったんこになったデビキンが今まさに黒い霧となって消滅しつつある。


 その後ろから、悠然とした足取りで時の魔法使いミヨクがやってきた。


「違うの」


 マイちゃんは開口一番、必死の形相で訴え始めた。


「──違うの、違うの。オラは凶暴じゃないんだよ!  今のは時間が止まってたから出来た芸当なの。本当だよ。ほら、時間が止まってると、みんな脆弱になっちゃってるから、踏んづけると潰れちゃうんだよ。オラは特に魔力の塊みたいなものだから、簡単にぺちゃんと。だからオラが凶暴なわけじゃないんだよ! ミョクちゃんの魔法のせいなの。オラをあの大きなモンスターの頭上まで放り投げたミョクちゃんのせいなの!」


「……でも、俺はマイちゃんを放る前にはちゃんと許可とったよ」


 ミヨクが淡々と、けれどどこか楽しげに反論する。


「ミョクちゃん! それはいいの、いいの。魔王を助けてあげるのはいい事だからいいの。ただ、オラは凶暴とは思われなくないだけなの!」


「そっか。そうだよね。マイちゃんは可愛いものね」


「や、やめてよミョクちゃん。可愛いだなんて。もっかい、もっかい言って!」


「マイちゃんは可愛いよ」


「キャー! キャー!」


 一転して賑やかな一人と一体がやって来た事に、魔王は少々困惑していた。


 ──それでもなんとか上半身を起こして地べたに座ると、魔王は長い髪を掻き上げてからこう言った。


「久しいな時の魔法使いミヨク。マイちゃんも」


「うん。魔王レグトナル。半年ぶりかな?」


「そうだな、年に2回くらいは会ってるからそのくらい振りだな。ただ、お前はいつも急に現れるから驚かされるがな」


「時の魔法使いだからね。世界の時間を止められるからね

。それは仕方がないね」


「……まあ、そうだよな。分かっているんだが、慣れないな……それよりマイちゃん、いつものヤツを出してあげるよ」


 魔王は魔法を唱え、魔法書から子猫型の可愛らしいモンスターを出現させた。魔力が極小となった今でも使えるそれは撫でられると物凄く喜ぶ特技を持っており、マイちゃんの大のお気に入りだった。


「キャー! 可愛い!  何回見ても可愛い。早く、早く抱かせて! 撫でたい、撫でたい、キャー、キャー!!」


 マイちゃんはご満悦になり、子猫と戯れ始めた。


「ところでミヨク、偶然か? ここに来たのは。それとも俺が作成魔法で危険なモンスターを作ったから咎めに来たのか?」


「いや、えっ、いや、ただの偶然だよ。そこまでは把握してないよ。ただ、危なかったね。お前の今のモンスターはこの大陸を滅ぼしてしまう程に強力だったよ。今のって魔法書に載る?」


「いや、俺が倒したわけじゃないから載らないな。安心してくれ、もう呼べないから。次からは気をつけるよ」


「そう。なら良かった。実はここに来たのは偶然なんだけど、お前に詫びなきゃいけない事があってね」


「詫び? 時の魔法使いが俺に?」


「そう。実はさっきまで勇者一行と会っていて、その時に勇者に自分たちの実力がどれくらいかを聞かれて、ついうっかり(ゼンちゃんが)と魔王はその100倍くらいは強いって本当の事を言ってしまったんだ。だから、ごめん。中立でありながら情報を与えしまった事を謝るよ」


 ミヨクの依怙贔屓はしないが故の謝罪。けれど未来を変えてしまった事については述べなかった。それは端的に必要がないと判断したからであった。何故ならそれは彼の権限であったから。時の魔法使いとしての。未だに神に咎められる事なく存在している彼の世界に許されている権限であったから。私見で他者の過去や未来を変える事は。


 ──ただ、その威力の恐ろしさは充分に理解しているから滅多には使用しないのだが。今回の場合はあくまでも空間の魔法使いファファルというイレギュラーが存在していたから使用したに過ぎなかった。勇者たちには、嫌い。の一言で済ませていたが、それだけファファルの今回の行動は目に余るほどの愚行であったから。故にミヨクは均衡を保つように自分が関与する事でユナの死を無としたのであった。禁忌ともいえる自爆魔法を否定する為に。それに、それも踏まえた上で今の未来の方が勇者と魔王には良い状態だとミヨクは判断もしていた。


 何故なら、


「なんだ、そんな事か。ミヨク、お前も知っているだろ? 俺の目的が勇者に倒される事だって。寧ろ好都合だ。実は3ヶ月くらい前に初めて直接戦っていてな、その時に実力の差がありすぎるのを感じて……どう殺さないかを考えるのも大変だったんだ。冗談みたいな殺され方をしそうになったが、それは流石に嫌だったしな。だからお前の助言で勇者たちが成長してくれるのは、俺にとっても喜ばしい事だ」


 と、魔王にとっても勇者たちの全員が無事である今の未来の方が望ましかったのだから。


「けど、あと5年以上はかかるんじゃないかな、勇者たちが魔王と戦えるようになるまで。でも今の勇者は相当な力を秘めていそうだから、それが覚醒されればもしかしたら……ただどれくらい強いのかは俺は魔法使いだから確かな事は分からないけど……そもそも魔王、お前強くなり過ぎだ」


「それは仕方ないさ。俺だって生きているんだから、強くもなるさ。手加減して負けてやるのはそれこそ違うだろ。……なあミヨク、お前は他人の寿命も分かるのか?」


「ううん、分からない。魔力を持ってる人間の事は尚更ね。ただ、俺と……ファファル以外で1000年以上生きる人間はいないんじゃないかなとは思ってる」


「お前は……今、幾つなんだ?」


「もう1100年くらい経っているんだったかな? 今の姿は23歳だけど……もう何回くらい時間を巻き戻したんだったかな」


 おさらいなのだが、ミヨクは死なない。正確な事は本人も未だによく分かっていないのだが、寿命を全うする瞬間に、自身の時間が強制的に巻き戻るのだ。15歳から18歳くらいの、一人で生きるのに支障がない姿から再スタートする。


「──いや、そう思い込んでるだけで本当は死ぬのかも知れないんだけどね。死ぬ寸前に時間が巻き戻るから、結局は死なないんだけど。もう1000年以上は生きているわけだし。……でも魔王、お前は長生きするかもよ。お前の魔力はかなり強い方だし、今は94歳だっけ? その割には若々しい肉体だし。300年くらいは生きるんじゃないか?」


 魔王は30代の男性モデルのようにスタイルが良く、肌もつるつるのイケメンだった。


「これも魔力の賜物か。老いると大変か?」


「うん。歳をとると信じられないくらい身体のあちこちが痛くなるね。55歳くらいまでは健康なんだけどね」


 そんな世間話の末に、ミヨクは本当の本題を切り出した。


「──……ソクゴが、封印の魔法使いが死んだよ」


 その瞬間、魔王レグトナルの表情が凍りついた。封印の魔法使いソクゴ。それはミヨクから「現代における世界の重石」として教えられていた男であったから。


「……あの封印の魔法使いが……。奴が死んだということは──」


「そう。ラグン・ラグロクトをこの世界から切り離していた封印が消えたって事」


「……ラグン・ラグロクト。何度かお前から聞かされた、神に近い存在ですらも仕留めきれなかったというあの究極の生物のことだろ? 封印の魔法使いと空間の魔法使いとそしてミヨクの3人がかりで、ようやく封印したっていう……それが蘇るのか?」


「そうだね、そうなるね」


「いつだ?」


「それは分からない。何故なら封印の地はファファルが空間魔法で作った場所で、そもそもその中がどうなっているか分からないし、更には俺が苦肉の策として時の魔法で中の時間の流れをいじっているからね。それらがどう影響しているのかが全く分からないんだ……」


「それなら死んでいる可能性もあるんじゃないのか?」


「そうだね。ないとは言い切れないね。けど、ラグンと対峙した事がある身からするとね、その程度であいつがくたばるとは到底思えないんだ」


 800年前にルアとの戦いでも示した、頑丈すぎる肉体に、脅威的な速度を誇る自己治癒能力。


「俺はどうすればいい?」


「とりあえず知っておいてくれればいいよ。今はまだ不確定要素が多すぎるから。ただ、お前は死んだソクゴと同レベルの魔法使いだから、知っておいては欲しいんだ。お前は臨機応変に動くのも得意そうだし」


「……ミヨク、お前はどうするつもりだ? まさか、そんな大厄災が出現するのが分かっていてもまだ世界の争いに関与しないつもりか?」


「ラグン・ラグロクトは別だよ。俺がしないのは今の時代を生きている人たちの邪魔だけ。ラグン・ラグロクトは今の世界には居てはいけない800年前の異物だし、何よりもそもそも俺が関与していた存在だからね……。だから俺は──会いに行くつもりだよ」


「ん? 会いに……行く?」


「そう。実は俺にはラグン・ラグロクトがいつ出てくるか知るツテがあってね、その情報が入り次第、封印の地から出てきた直後のラグン・ラグロクトに会うつもりだよ」


「……会ってどうするんだ? 戦うつもりなら……いや、そもそもそんな正確な情報が入ってくるなら、その前に大勢で周りを囲んで──」 


「会話してくるつもりだよ」


「か、会話? ミヨク、お前は今そう言ったのか?」


「言った。会話って言った」


「会話って、お前……ラグン・ラグロクトってのはそんなのに応じる奴なのか?」


「それが、実は分からないんだ」


「分からないって、お前は800年前にラグン・ラグロクトと直接やり合ったんだろ?」


「そう、だからこそ、間近で見ているからこそ、ある違和感が残っているんだ。俺は……いや、憶測といえば憶測なんだけど……あの時のラグン・ラグロクトが正常ではなかったんじゃないかって思っているんだ。人間としての正常な心を持っていた状態ではなかったんじゃないかって。つまりは、800年前にルアと戦ったラグンは、人間ではなく身体に宿した神獣に心を支配されたただの狂獣だったんじゃないかと思っているんだ」


 神獣に精神を乗っ取られた人間ではない狂獣。


「──だから、ワンチャンあるかなって」


「……ワンチャン? それは復活したラグン・ラグロクトが800年前の姿ではなく、神獣に精神が乗っ取られていない、人間であった時の精神を色濃く残した状態って事か……? そんな事があり得るのか?」


「分からない。だからワンチャン。ただ、800年前にラグン・ラグロクトを眠らせた時に思っていたんだ。えっ、眠るの? って。神獣が人間と同じように眠るのって? だから俺は今思い返せば、あの時のラグン・ラグロクトはもしかして既に人間だったんじゃないかって考えているんだ。ルアの攻撃により、神獣は死んでいたんじゃないかなって推測しているんだ」


 その身に神獣を宿していないラグン・ラグロクト。


「──さっきも言ったけど憶測だけどね。でも、封印の地から800年出てこなかったのも、そう考えると納得が出来るんだよね」


 圧倒的に強大な力をもった神獣ではなく、ただの人間であったから封印の地でそのまま眠り続けていた。


「──だからワンチャン。今、封印の地から出てくるラグン・ラグロクトが人間であるのなら、俺は会話してみたい。そしてお願いしたい『世界を滅ぼすのは、ちょっと勘弁してくれない?』ってね」


「……お願いって本気か? いや、お前の場合は本気か……」


「うん、本気。っていていうか、さっきも言ったけどそれしか方法はないんだ。800年前も世界の強者たちでラグン・ラグロクトを倒そうって挑んだけど、結果は『世界の大敗北』だったからね……。だから、俺はあまり戦うって選択をしたくないんだ。だから本気。超本気だよ」


「…‥『世界の大敗北か』……それを実際に目で見たお前がそう言うなら、方法はそれしかないのかもな」


「だからワンチャン。奇跡のような可能性に賭ける。いや、賭けたい。だからレグトナルはこの事実を知っておいてくれればそれでいいよ。後はどうなるか次第で臨機応変に動いて」


 ミヨクはそう告げると、ふと何かを思い出したように首を巡らせた。


「──ところで魔王、相談があるんだけど」


「なんだ?」


「実は俺、あと2時間くらい世界の時間を止める魔法が使えないんだ。だから、その間お前の立派な城で一晩休ませてもらおうと思っていたんだ」


 魔王レグトナルは無言で背後を指差した。


 そこには、先ほど自爆同然に瓦礫の山と化した魔王城の残骸が、虚しく潮風にさらされていた。


「……ああ。ついさっき崩壊したな」


「…………」


 ザザー、ザザー。


 静止が解けた波の音だけが、気まずい沈黙を埋めていく。


「作成魔法で再建するのは簡単だが、今の俺は魔力が枯渇していてな……最短でも3日はかかるぞ」


「……。……。仕方ないな。俺の時の魔法で、城だけの時間を戻すよ」


「いいのか? 俺の城を……魔王城をお前が修復するって事は、勇者たちにとって依怙贔屓になるんじゃないのか? お前は中立の──」


「魔王……別に俺はお前個人に力を貸すわけじゃないんだ。そこに城があった方が、俺がすぐに休息をとれるだけなんだ。ただそれだけの話なんだ……俺は基本、徒歩移動だから、疲れているんだ」


 1000年以上を生きる最強の魔法使いの、それはあまりに自分勝手で切実な理由であった。


 そして魔王もまた、「やれやれ」と肩をすくめると、その身勝手な魔法の恩恵に預かる事にするのだった、


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