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第1話 不死と不老の魔法使い

 

 魔法使いとしての階級が、既存の理を塗り替えて新しい魔法を創造できる【新法大者しんぽうだいじゃ】に達した頃。彼はとある大陸で起きた乱戦の最中に、敵の攻撃を浴びて殺されてしまった。享年68歳であった。その今際の際に、彼は例外なく願った。

 

 ──死にたくない、と。


 そして、そのあまりに純粋な執念が、新しい魔法を作るきっかけとなった。

 

 時の魔法。


 途端に身体が、まるで巨大な洗濯機に放り込まれたかのようにぐるぐるぐるぐると回転した。いや、それは恐らく脳内での出来事なのだが、激しく回転し、段々と緩やかになっていき、やがて頭の中が真っ白な無に染まっていく。


 静寂の中で、一度止まったはずの心臓が一つ脈打って、それから役目を思い出したように連続で激しく鳴り出した。鼻が、自らの意志で空気を深く吸い込んで吐き出した瞬間に、彼は再び目を覚ました。


「……生きている……のか?」


 分厚い雲に覆われた、どこまでも白い空を見上げながら彼は呟いた。

 

 身体に不調はなかった。いや、むしろすぐに上半身を跳ね起き上がらせることができるほどに腰の調子が良く、杖を支えにしなくとも躊躇なく立ち上がれるほど膝も滑らかだった。

 

 ──だが、異変はすぐに起きた。立ち上がった瞬間、視界の先を何かが黒く覆ってきたのだ。もう5年以上も禿頭だった彼は、それを何かのゴミか、あるいは死の間際の幻覚だと振り払おうとした。しかし、指先に触れたのは黒々とした本物の髪の毛であった。その久しぶりの感触に、彼は死んで生き返ったことよりも驚き、そして素直に、かなり嬉しかった。肌をなでれば、髭一つないつるつるの感触が返ってくる。

 

 若返り。

 

 ──しかも赤ん坊ではなく、15歳から18歳と推察される、最も動ける時代の姿での再誕。


 世界はどうなったのか。時間は? 世界の時間も巻き戻ったのか?


 彼はそれを確かめるため、今朝まで滞在していた町に戻った。


 町の雰囲気に変化はなかった。数時間前に朝食を買いに行った際に言葉を交わした果物屋の店主の様子も変わらず、どうやら世界の時間が戻っているわけではないようだった。


 自分の時間だけが、自分に都合よく巻き戻ったのだ。


 彼はすぐ宿屋で宿泊手続きを済ませ、客室の鏡で自分の姿を確認した。やはり、10代後半の若々しい自分の姿がそこにあった。


 では、魔力は?

 

 ──これも、変わっていないようだった。衰えるどころか、最盛期であった68歳の頃と同等の魔力を、この若い肉体でそのまま保持していた。

 

 だとしたら──


「随分と俺だけに都合の良い魔法だ……」


 そう。これではまるで、ただの「不死」ではないか。


 だが、それが良いことなのか、それとも恐ろしいことなのか。深く考えない性格の彼は、それ以上悩むのをやめた。

 

 時の魔法使い。彼の名前は、ミヨク。と言った。


 ◇◇◇


 全くもって、何故そうなったのかは本人にも分からない。


 ただミヨクは、奇跡の復活(巻き戻り)を遂げたその5年後に、世界の時間を止める魔法を作ることに成功していた。


 明確な意志をもってその魔法を作ろうとしたわけではなかった。言うなれば、なんとなく出来てしまったのだ。ほんの洒落で、「時の魔法使いを名乗るなら時間を止めるくらいありじゃね?」という軽いノリだった。勿論、そんな恐ろしい魔法が実現できるわけもないだろう、という冗談半分の気持ちであった。


 しかし、完成してしまった。


 何故なら、残念ながらミヨクは魔法の天才であったからだ。


 なにせ彼は世界の時間を止める前に、すでに不死の魔法を作っていたのだから。


「……どうしよう」


 あらゆる音が無となった不気味な世界で、彼はぼそりと呟いた。雲が動きを止め、さっきまで降っていた無数の雨粒が今は宙に浮いたままで静止して、町の人々からは呼吸も心臓の鼓動も感じられない。まさに一枚の写真のような景色の中で。勿論、その中をミヨクだけは自由に歩ける。呼吸もできる。宙に浮いている無数の雨粒は、まるで暖簾のようにミヨクが通り抜けた後に、再び元の定位置へと戻っていく。


 ──魔法の解除の仕方は分かっていた。けれど、彼が不安そうに「どうしよう」と言ったのは、解除できないからではなく、この魔法が持つあまりに巨大な脅威に、端的に怯えたからであった。


「……これって……世界を滅ぼせるじゃん……」

 

 控えめに言っても、それほどまでに恐ろしい魔法。故ににミヨクは段々と思考が停止していき、「……うん。まあ、俺が気をつければいいだけだよね……」と開き直ることで、なんとか正常を保つようにした。そもそも自分に破滅的な思想があるわけでもないし、と。


 時の魔法使いミヨク。彼は不死であり、世界の時間を止めることができた。



 ◇◇◇



 世界を作ったのは神だ。


 管理をするのも神だ。


 故に、個人の圧倒的な力は認めない。


 ──ということなのだろうか。


 ミヨクが昼食の準備中に、うっかりと卵を落としてしまい、それが床に衝突する前に反射的に世界の時間を止めた、まさにその瞬間にそれはやってきた。


 ザクッ。


 時間を止めたはずの世界から聞こえてきた、これまでの常識を覆す、奇跡のような音。


 それと同時にミヨクの腹に強烈な痛みが走り、視線を落とすと、腹部から刃物の先端が飛び出していた。


 大きな鎌。それが背中から突き刺されている。

 

 誰が? どうやって?


 必死に振り返ろうとするミヨク。けれどその前に鎌が引き抜かれ、背後にいた何者かが、ミヨクの目の前へと回り込んできた。


 左目に黒色、右目に銀色の瞳を持つ、艶やかな黒髪を長く伸ばした女が。


「話すのは嫌いだ。特に男とは。だが初対面でそれではあまりに酷だろうから仕方なく話をしてやる」


 瞬きをしない黒と銀の瞳。唇も、声が出る最小限にしか動かさない。何よりも、世界の時間が止まっている中で、自分と同じように平然と動いているのがミヨクには不思議でならなかった。


「──ファファル。それが(われ)の名だ。お前に制限を課すのが吾の役目。お前が不死なのは知っているが、お前が世界の時間を止める度に必ず殺しに来るぞ。吾はそういう存在だ」


「えっ? あっ、い、いや、ま、待ってくれ! お前はなんで時間が止まっても──」


「愚問だ。吾の魔力がお前と等しいからだ」


 ファファルは相変わらず冷淡な表情でそう告げると、手に持っている大きな鎌を高く振り上げた。そして躊躇なくミヨクを真っ二つに切り裂いた。


 そして──。


 ミヨクの時間が巻き戻る。また、あの10代の姿まで。


 2度目の復活。


 そこでミヨクが改めて理解したことは、痛みはきちんと残るということ。そして死という恐怖もしっかりと味わうというこだった。そしてそれは意識が戻っても震えが止まらないほどに恐ろしいものであり、もう死にたくないと自然と涙が溢れた。



 ◇◇◇



 実は、ファファル自身にもよく分かっていなかった。


 ただ【新法大者】になり、空間の魔法使いとなった時に、たまに自分以外の景色の全ての時間が止まることを、不思議には思っていた。その奇妙な現象の正体が何なのかは分からなかったが、無表情な顔と同じく、性格も淡白な彼女はあまり気にしていなかった。「自分は動けるし、永遠に止まっているわけではないし」と。


 それよりも彼女は、自らが作り出した空間魔法の威力を高めることにしか興味がなかった。


 3年の月日が経過した頃、ファファルはこの世界とは別の空間を作り、それで自身の身体を包むことで、世界の時間を無視した不老の肉体を手に入れた。それにより完璧な若さと美しさを保つことに成功した。そのついでに空間魔法で世界を外側から覆い、どこへでも瞬間移動ができるようにもした。それは彼女にとっては些細な副産物であったが、「これで買い物に行くのが便利になる」と、出不精な彼女なりに喜んでいた。


 その夜、眠りに就くか就かないかという、ちょうど心地のよい時に、脳内に直接響く不思議な声が聞こえてきた。それが、彼女がミヨクの存在を知った瞬間だった。

 

 正直、ファファルにはどうでもいい話だった。


 だが、ミヨクが不死であること、自分と同等の魔力を持っていること、そして今まで謎だった時間停止の理由が彼にあることには、少しだけ興味がわいてはいた。


「ふうん。……吾と同レベルの魔法使い、か」


 ふっと笑みが漏れる。それは天才ゆえの孤独から解放された悦び──などではなかった。


「──よし、殺すか」


 ただの同族嫌悪。自分の聖域に土足で踏み込まれたことへの、冷徹な殺意だった。


 不老のファファルと、不死のミヨク。


 世界に大きな事件が起きたのは、この日より72年後のこと──。


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