第8話 不倫の証拠を探します
翌日、私とフィリスは馬車に揺られていた。もちろん、愛人調査の為だ。遊びに行くわけじゃない。二人とも変装していた。
フィリスはいつもより貧乏臭いワンピースにメガネ。私も似たようなワンピースを着用し、ベレー帽をかぶっていた。正直、こういった庶民らしい格好の方が落ち着く。公爵夫人らしいドレスは毎日着るのが面倒だった。
一応、今はフィリスと姉妹設定だ。もちろん、庶民の設定。この様子だったら、人ごみに紛れても問題ないとアンジェラに太鼓判を押されるぐらいだったが。
「もう愛人調査なんてワクワクしますよ! 一体、公爵さまは今だれと不倫しているんだ!?」
フィリスはゲスい目を見せていた。よっぽど愛人調査が楽しみで仕方ないらしい。気持ちはわかる。所詮、人の不倫などエンタメ。不幸の蜜だ。あれだけ芸能人の不倫が騒がれ、サレ妻のエンタメが多いのは、そういった野次馬根性、いや、モブキャラ魂を刺激してしまうからだろう。エンタメでは主人公=読者として楽しむものも多いが、野次馬視点で読者が楽しむものもある。主人公の不幸を楽しむのも、一種のエンタメなのだ。
実際、私の「自我」もワクワクしていた。緊張感もあったが、ワクワクもある。前世のモブキャラ魂が疼いて仕方ない。早く愛人調査をしたいぐらいだった。
「そうね、愛人調査、楽しみで仕方ないわぁ」
思わず本音が溢れてしまったが、もともと田舎者で鈍感なフィリスは気づいていないようだった。
「うん! 奥さん、愛人調査がんばろ! 証拠を見つけて、離婚して、公爵様にギャフンと言わせるよ!」
「ちょ、フィリス。遊びじゃないのよ」
とは言え、私も胸のときめきが抑えられない。ワクワク、ドキドキしながら、目的地の公爵家の別邸に到着した。
ここは庶民の住宅街に近い。別邸といえども、見た目は木造の一軒屋に変わりないが、ブラッドリー密会場所で使っている家だ。確か前世のWEB小説「毒妻探偵」の記憶でもそうだし、フローラに記憶を辿っても一致している。
庭の手入れはされておらず、森とも近いので、どこかジメジメとしている別邸だったが、密会場所としては悪くないだろう。近隣の家とも離れ、騒音の問題もなさそうだ。
「奥さん、行きますよ!」
「ええ、フィリス」
二人で裏手に回り、まずはキッチンからチェック。
たしかWEB小説「毒妻探偵」の中の愛人調査では、ここで愛人が使った食器類などが出て来たが。
「あれ? 綺麗に片付いていますね。奥さん、何もないよ」
フィリスはメモをとりながら、露骨に眉間に皺を寄せていた。
「そうね、フィリス。おかしいわね」
食器棚を見たが、コップや皿も一人分しかない。カラトリーも同様だった。
「奥さん、キッチンの証拠は公爵さまが処分したかも? 次は洗面所に行きますよ」
フィリスに腕を掴まれ、今度は洗面所へ向かったが、ここにも何もない。WEB小説「毒妻探偵」の中では、愛人の下着類が見つかり、フローラがメンヘラしたシーンも記憶していたが、ブラッドリーの下着もタオルすらない。不自然なほど、ころっと消えている。
「どういう事? 奥さん、次はリビングへ」
フィリスに連れられ、リビングに向かった。こちらも綺麗に片付いていたが、フィリスは床を凝視。
「奥さん、見て。髪の毛ですよ」
「本当?」
「私の父は探偵なんです。確か髪の毛も拾っていました!」
フィリスは大喜びで髪の毛を採取していた。確かに栗色のストレートの髪の毛、愛人のものの可能性が高いが、これは証拠になるだろうか?
この部屋で仕事の打ち合わせをしていたと言いはれば筋が通る。
それに髪の毛など偶然付着する可能性もある。いくらでも言い逃れできるし、前世の知識を思い出しても、髪の毛が証拠になるか不明。画像や音声が一番の動かぬ証拠だろう。
とはいえ、この国ではカメラやマイクの技術はない。おそらく手紙類が一番の証拠になるだろう。髪の毛からDNA判定などもできないだろうが、一応、フィリスに髪を採取するように指示を出しておく。
一方、私はリビングの隣にあるブラッドリーの仕事部屋に向かう。
ここで手紙があれば離婚へ向けて大きな一歩だ。私は机や本棚を漁り、手がかりがないか探したが、出てこない。確かWEB小説「毒妻探偵」ではブラッドリーの愛人への手紙が見つかり、フローラがメンヘラするシーンがあったが、何も出てこなかった。
「おかしいわね?」
まるで意図的に不倫の証拠が隠されているみたいだが、愛人の正体は掴めそうだ。
本棚に恋愛カウンセラー・マムの書物があった。キャバ嬢御用達っぽい下品な恋愛テクニック本だったが、小説ばかりの本棚でこれは不自然だ。WEB小説「毒妻探偵」通り、マムと不倫していると見て良さそうだが、それ以上、何も証拠が出てこない。
机の引き出しも本棚も、ベッドやソファの下もフィリスと一緒にチェックしたが、何も出てこない。
疲れた。骨折り損だった。この後、市場に向かい、マムの人柄を調べる予定だったが、髪の毛と本以外の証拠は見つからず、一旦、公爵家に撤収を決めた。
帰りの馬車の中、フィリスは明らかに不満そうだった。上唇を尖らせ、文句を言う。
「おっかしいな。なんで目立った証拠が出てこないの? 奥さん、どう思う?」
フィリスの問いに答えられない。愛人調査、前世の「毒妻探偵」の知識とフローラの過去の記憶で余裕かと思われたが、梯子を外された状態だ。
もしかしたら、フローラのキャラクターの中身代わり、この世界の物語が書き変わっているのだろうか?
特に私が懺悔室から出た後、「毒妻探偵」のストーリーと変わってきている気がする。もっともモブライフを送る為には、筋書きが変わってくれないと困るわけだが。
「奥さん、これは公爵さまが証拠を隠滅しているんですかね?」
「さあ?」
それもわからない。フローラの記憶を辿る限り、ブラッドリーは堂々と不倫をしていた。全く悪びれていない。貴族社会でも公然の噂になっているぐらいだ。フローラはサレ公爵夫人と笑われている。不倫をしていたとしたら、証拠を隠すだろうか。
「だとしたら、公爵さま、潔白……?」
フィリスがそう呟いた時、馬車は公爵家に着いた。
メイドの仕事があるフィリスはキッチンへ。私は髪の毛と共に、書斎に向かったが。
「あれ?」
設定ノートと愛人ノートを取り出そうとした時だった。設定ノートは鍵付きの引き出しに入れて無事だったが、愛人ノートはどこ?
フローラの愛人調査をまとめた、あのノートだけが忽然と消えていた。
「え、どういう事!?」