第7話 敵キャラ(夫)とご対面
公爵家の食堂は、ずっと無音だった。夫のブラッドリー、フィリス、アンジェラもいるのに、誰一人話さず、重い空気が流れていた。
私はハーブ水で手を洗い、席につくが、隣にいるブラッドリーは終始不機嫌そう。しかも私が隣に座っただけで舌打ちしてきた。
「ッチ!」
フローラの記憶を辿る。ブラッドリーと親しかったのは新婚当初だけ。あとはブラッドリーの不倫が始まり、夫婦仲は冷え切っていた。
さらにフローラの記憶を辿ると、もともとブラッドリーとは政略結婚だった。公爵家同士の様々な思惑により、二人とも結婚したらしい。交際期間もないまま結婚。
前世でいう交際ゼロ日結婚だが、こうしてあっという間に冷え切った様子を鑑みると、「だろうな……」としか言いようがない。交際ゼロ日結婚も、時と場合によってはリスキーなのだろう。前世の芸能人電撃結婚カップルも離婚していたイメージだ。
「フローラ、お前、何を考えてる?」
ブラッドリーは、そんな私の異変に気づいたらしい。
「どうせ料理に毒でも盛ったんだ。お前は貴族連中に毒妻とも呼ばれてる。そんな俺が憎いか?」
やばい、相手は喧嘩腰だ。給仕をしているフィリスもアンジェラも息を飲んでいるのが見える。
チラリとブラッドリーの横顔を見る。確かに相当なイケメンだ。彫刻のように彫りが深く、目の色も青空のよう。金色の髪は光に透け、美しい。今は髪もセットしていないが、派手な薔薇のような雰囲気の男だ。しかも人気恋愛小説家の公爵。これは黙っていても誘惑が多いかもしれない。
政略結婚とはいえ、こんなイケメンと結婚したら、浮気に悩まされる事は火を見るより明らかだろう。フローラもブスと結婚していたら、要らぬ苦労はなかっただろうに。そういえば前世で見たSNSでは浮気されたくなかったらブスと結婚しろと指南しているアカウントもあった。
「フローラ、お前、一体、何を黙ってる?」
一方、ブラッドリーはさらにイライラとしながら腕を組む。私が観察するみたいな目を向けていたせいだろうか。向こうも戦意が削がれた様子だった。不機嫌さは変わらないものの、パンを千切って食べ始めた。
私もパンだけでなく、スープ、肉料理を食べた。ブラック公爵家と言われているが、食材は高級なものを扱っている。前世でいう三つ星レベルだ。肉汁はじゅわっとし、スープも野菜の旨みが濃厚。パンも焼きたてで表面がカリッとしているのがクセになる。どう考えても美味しい。
「あら、美味しいわ。どこのお肉? アンジェラもフィリスもお料理上手ね。今すぐシェフになれるわ」
素直に感想を言っただけだった。それなのに、フィリスとアンジェラは「奥さん、本当に改心しました!」と泣いて喜び、ブラッドリーは口をポカンと開け、アホ面を見せていた。せっかくのイケメンも台無し。一体どういう事だろう。
「おま、フローラ。お、おま、お前は頭でも打ったか? 別人のように素直だ。本当にどうしたんだよ、何があった?」
ブラッドリーは私の目を凝視。これは疑っている。中身が別人になった事は、決して敵キャラ(夫)に悟らせるわけにはいかないのに。
思わず目が泳ぎそうになるが、隙をつかれるわけにいかない。それにしても、フローラ、どれだけメンヘラだったんだ?
少し素直な事を言っただけで、これだけ周囲の反応が違うのは、よっぽど痛い女だったのだろう。もっとも、今はフローラの「感情」も理解できるが、どうつっこんでいいかわからない。
「いえ、私は神様に懺悔したまでですわ。心を入れ替え、悔い改めて生きようと思っただけよ」
背筋を伸ばし、フローラの口調を真似しながら、ブラッドリーに言う。
「そ、そうか。まあ、神様に懺悔したら、人が変わっても不思議ではないが」
よし!
この作戦、悪くないらしい。ブラッドリーも納得し、私の中身が佐川響子だと夢にも思っていない。
私はさらに敵キャラに攻撃を仕掛ける事にした。攻撃といっても、北風と太陽作戦だ。神父が言っていた「敵を愛せ」を実践しよう!
「ごめんなさいね、ブラッドリー。私、今までメンヘラし過ぎた。あなたの愛人を恨んでいたけれど、辞める事にしたわ。私にも悪い所があったわ、ごめんなさい」
しおらしく謝る。フィリスとアンジェラは「奥さんが生まれ変わりました!」と号泣していたが、ブラッドリーの顔は戸惑いが隠せていない。また口をバカみたいに開け、ナイフを床に落としていた。
この作戦、上手くいくかもしれない。このまま、しおらしいフローラを演じていれば、向こうも改心し、勝手に離婚を切り出してくれるかもしれない。これでスムーズに離婚できたら、願ってもやまない展開だ。ここはWEB小説的なノーストレスご都合主義展開でいってもらいたい。
私は余裕の笑みを浮かべ、さらにブラッドリーに言葉を重ねる。
「今までありがとうね、ブラッドリー。あなたと結婚できて幸せだったわ」
ここまで言えば、敵も折れるだろう。そう確信した時だった。
なぜかブラッドリーは笑い始めた。
「フローラ、お前はいい女だな」
低い声で囁くような口調だった。
「お前の髪は美しい。顔も綺麗だよ、フローラ」
どういう事だ?
突然、ブラッドリーは甘い台詞を吐き続け、フィリスは田舎ものらしく、騒ぐ。
「ちょ、公爵さま! 甘いセリフは刺激が強いですって!」
一方、アンジェラはそんなブラッドリーをじっと観察していた。
私も冷静になってきた。不倫をしているような男だ。しかも相手は人気恋愛小説家。甘いセリフも朝飯前だろうし、何か裏があるはずだ。
私もモブキャラで培った観察眼を武器にブラッドリーをみてみた。
甘いセリフを言っている割に、私の目を見ていない。口元もどこか緊張している。腕も組んでいるし、脚も偉そうに組んでいる。何より、青い目が妙に嘘っぽい。これは不倫の罪悪感or急に改心した妻への警戒で甘いセリフを吐いている。そう考えた方が筋が通る。
アンジェラも白けた目だ。田舎もののフィリスはブラッドリーのセリフを信じ、顔を真っ赤にしていたが。
その後、ブラッドリーは甘いセリフを吐きまくり、仕事の為、出かけて行った。今日は公爵家の慈善事業のスケジュールを知らせに来ただけと言ってはいたが、不倫の罪悪感もあり何か探りに来たのかもしれない。
「奥さん、あの様子では今も不倫してますでしょうね」
ブラッドリーが帰った後、アンジェラが目を光らせ、耳打ちしてきた。
「ええ、あの様子では愛人がいるでしょうね」
「えー、奥さん。本当? 全くそんな風には見えなかったよ」
フィリスは抗議していたが、アンジェラにも丸め込まれ、一応納得していた。
「だったら奥さん、サクサクと浮気の証拠押さえて離婚しようよ!」
なぜかフィリスは腕まくりし、唆してきた。
「そうですよ、奥さん。証拠さえあれば、言い逃れはできませんからね」
アンジェラにも押され、もう愛人調査を始めるしかないらしい。
「ええ。さっそく始めましょう」
モブキャラの私。推理とか探偵とか無理だけど、離婚する為には、仕方ない。平穏なモブライフを送る為には、この試練も受けてたとう!
「ではフィリス、お供してくれる?」
「オッケーです! 愛人調査なんてワクワクします!」
正直、モブキャラの私もワクワクしていた。転生先のキャラとはいえ、人の不幸は蜜の味。愛人調査、なんだかんだ言っても楽しみだ。




