第6話 懺悔室へ参りましょう
アンジェラやフィリスにも疑われ、逃げた先はなんと教会。
そういえばフローラは修道院にいた記憶もあるし、違和感ない選択だったのかもしれない。
この世界、近世西洋風らしく、教会もステンドグラスや聖人の像が多い。やたらと華やかだ。煉瓦造りの外観も目立つ。ベルの音も響き、ここで結婚式を挙げたい女性は多いかも知れない。
礼拝堂には何人か信徒達が集まり、讃美歌も響いていた。
「わぉ!」
思わず礼拝堂の椅子の裏に隠れる。讃美歌を歌っていたのは、盲目のシンガー・マーシアだった。このマーシア、「毒妻探偵」の中では容疑者キャラだった。犯人ではないが、視力はほとんどないらしく、歩く時などは他の信徒に支えられていた。
見た目も小柄で可愛らしい娘だったが、歌声は美しい。天使みたい。
「主よ〜♪ 神の赦しと癒しを感謝します〜♪」
その歌声にうっとりしそうだったが、驚いた。よく見ると、マーシアの側にザガリーもいた。この男、WEB小説「毒妻探偵」の中の犯人じゃないか。
ブラッドリーの愛人、マムを殺した犯人にはとても見えない。無邪気に笑い、知的障害があるような言葉遣いもしていた。演技中なのだろう。思わず、顔を顰める。
まだ実際に事件が起きていないとはいえ、日常に溶け込む犯罪者に身震いしてきた。
あの二人が礼拝堂からいなくなり、ようやくホッと息をつき、隅の方の椅子に座る。
天井は高く、ステンドグラス越しの光が降り注ぐ。先程までずっとマーシアの歌声を聴いていたせいか、目の前に天使が現れても不思議ではない状況。
それに前方にある聖人像にも目を向けた。WEB小説「毒妻探偵」世界の宗教など、ナンチャッテキリスト教かと思われたが、なぜか胸がチクチクしてきた。
前世の佐川響子ではなく、フローラの「感情」が痛んでいる模様だった。どうやら、夫の愛人を恨み、嫉妬し、死まで願っている事に罪悪感を持っている模様。
モブキャラの私は、客観的に見てもサレ妻側に肩入れしたくなるが、フローラの罪悪感のが勝ってる。だんだん、私の自我でさえ、苦しくなってくるから困ったもの。この気持ちを告白し、神に赦しを得たいとまで思ってるフローラ。
正直、佐川響子としての自我では、そんな神とか宗教とか、全く意味がわからないが、とりあえずここはフローラの気持ちを尊重しよう。
私は礼拝堂から裏手に周り、事務所方面にある懺悔室へ向かった。すぐに順番が回ってきた。
懺悔室は想像以上に狭く、埃ぽい。窓もない。木製の仕切りもあり、向こう側にいる神父の顔も全く見えない。前世でいう取り調べ室に近いのかもしれない。仕切りがあるのは、コロナ渦で慣れているので、案外違和感は無い。
鐘の音が響き、どうにも話しにくいが、フローラの代わりに告白した。夫の愛人を恨み、嫉妬し、死まで願っていた事。罪悪感で苦しんでいることなども。
佐川響子としての「自我」が強い今は、フローラは他人だ。懺悔の言葉も違和感なく出てきてしまった。
「告白をお聞きしました。あなたの罪は神様が全部赦してくださいました」
神父の声がする。とりあえず、フローラの懺悔は届けられたらしい。
「しかし神父さん、私はこれから一体どうしたら良いんですかね」
安堵したのだろう。ぽろっと佐川響子としての本音が溢れてしまった。実際、離婚に向けてどうしたら良いものかわからない。できれば愛人が殺されるのも阻止したいし、ザガリーも反省してこの場所に座ってもらいたいぐらいだが。
「祈りましょう」
神父がしばらく祈ってから、答えをくれた。
「敵を愛しなさい、奥さん。それが神様がお喜びになる事です」
「そうは言っても……」
暫定の敵キャラは、夫のブラッドリーだが、どう愛せというのか。わからないが、前世で不倫ネタSNSを観察した限り、夫がイクメンしたり、家族サービスごっこをしても無駄らしい。結局、不倫を防止するのは、子供や家族そのものではなく、夫婦の絆だ。SNSのベテラン主婦が言っていた。
「まあ、奥さんも頑張って」
腑に落ちないながらも、神父に励まされ、懺悔室を後にした。
不思議と、フローラの罪悪感がスッキリと晴れ、心は軽くなっていた。敵キャラ(ブラッドリー)を愛するとか、よく分からないが、愛人達を恨むのは違う気がする。
そのまま軽やかな足取りで公爵家に帰り、アンジェラやフィリスに迎えられた。食堂でお茶を一緒に楽しみながら、懺悔室へ行ってきたと報告。
「ええ。懺悔してきたから、これからは本当に心を入れ替えて、メンヘラしないわ。愛人もう恨みませんわ」
この世界は、前世と違い、宗教が根づいているらしい。神に懺悔し、心を入れ替えたというだけで、アンジェラやフィリスの疑惑は綺麗に晴れてしまった。
「まあ、奥さん。それなら納得ですよ」
アンジェラは笑顔だ。
「奥さーん! グッジョブです!」
フィリスも田舎ものらしく、騒ぐ。とりあえず、この二人になら、私の離婚計画を話していいだろう。どの道、一人では離婚計画は難しい。同じ屋敷に協力者がいた方が絶対にいいはずだ。
「という事で、離婚を目指したい。そのためにできるだけ、相手の弱点の証拠を揃えてたいのよ。協力してくれるかしら?」
私は頭を下げ、二人に頼みこんだ。
「いいわ、心を入れ替えた奥さんだったら」
「私もです! もうお皿割ったりメンヘラしないって約束してくれるのなら、オッケーです!」
アンジェラもフィリスも快諾。
私はほっとし、ゆっくりと紅茶を啜る。一時は疑われ、どうしようかと思ったが、協力者ができた。しかも二人も。これは順調と言っていいだろう。
それに三人でお茶を飲んでいると、すっかりと打ち解けてしまう。フローラはアンジェラやフィリスと仲良くなるまでだいぶ時間をかけていたが、やはり本人の性格に問題があったのだろう。
改めて、転生先がこんなサレ妻公爵夫人だった事にため息が出そうな時だった。
チャイムがなった。
公爵家とはいえ、滅多に客が来ない公爵家では珍しい事だった。
すぐにアンジェラが玄関の方へ出て行った。フィリスも続いて行ったが、騒がしい声も響いてきた。
「奥さん! 大変ですよ! 公爵様がお帰りになりました!」
フィリスの田舎者らしい騒がしさに、耳がキンとしたが、それどころではない。
敵キャラと初対面!