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第5話 疑いが晴れません!

 サレ妻公爵夫人フローラ・アガターに異世界転生し、数日たったが、現状は何も変わらない。


 私はひとり、書斎にこもり、「毒妻探偵」の設定ノートを書いていたが、早めに離婚しないと。本当に殺人事件が起こってしまう。


「ああ、どうしよ」


 頭を抱えるが、被害者はブラッドリーの愛人のマム。極悪女性で、恋愛カウンセリングを仕事にし、さまざまな敵を生んでいた。


 犯人はザガリーという青年だ。マムの元夫に片思いしていた男で、マムに一方的に恨みをつのらせていた。あろうことか障害者のフリをしながら、マム殺害の機会を狙っていたキャラだ。


「なんという話!? 『毒妻探偵』の作者はアホか? このポリコレ時代にこんなネタ扱うのは良くない! っていうか、この倫理観のなさ、やっぱり作者は文花おばさんだ!」


 いかにも文花おばさんが書きそうな話である。元々メンヘラ地雷女と呼ばれていたし、いろいろと終わっている。


「殺人事件の概要を知っているとはいえ、これはさっさと離婚して逃げるべきね」


 とはいえ、このままマムが死ぬのもなんとも微妙。モブキャラとして平穏に暮らしてきた私。サレ妻でもないので、マムもちょっとかわいそう。フローラとしての「感情」では愛人を恨み続けていたが、そんなネガティブなことを考え続けるのは、どう考えてもコスパもタイパも悪いのに。


 かといってフローラの気持ちも全くわからないでもない。


 書斎の本棚には「愛人ノート」が入っていた。これはフローラが独自に愛人調査したものをまとめたもの。探偵レベルに細かく調べあげており、引く。もっと引くのは、時々フローラの心情がメモされている部分だ。愛人に対しての恨み節がいっぱい。中には「死んで欲しい」という言葉もあり、全く笑えない。頬がヒクヒクとしてしまう。


「まあ、とりあえず、今は夫のブラッドリーも帰ってこないし、まずはそこから観察してみるか。相手がわからないうちは、愛人調査とか離婚って話でもないしね」


 ブラッドリーは仕事なのか愛人なのか全く不明だが、公爵家に一回も帰ってこない。フローラの記憶によると、それは通常運転らしいが、狭い書斎にいたら、息が詰まる。確か、フローラも公爵家や貴族社会に息が詰まると考えていたが、それだけは同意だ。


 私は設定ノートを書斎の引き出しに入れ、鍵もかけておいた。これはアンジェラやフィリスに見つかったら、大変よろしくない。フィリスはともかく、アンジェラは「奥さん、人が変わりました?」と疑っているし、ここは慎重にいかないと。


 そして、背伸びをし、公爵家の庭に出てみた。広い。学校の校庭ぐらいあるのは言い過ぎだが、明らかに日本の一般家庭にはない雰囲気だ。薔薇も咲き誇り、いい匂いもするが、すみの方にあるハーブ畑に向かう。


 万年人手不足に陥っている公爵家は、庭仕事もフローラの仕事だった。


 ハーブ畑の雑草を抜き、繁殖しているミントも間引く。水をあげていたら、汗ばむほど。今の時期は初夏だ。日本の夏よりはずっと涼しいが、腐っても公爵夫人が家の仕事をしているのは、自分でもミスマッチすぎて笑えてくるぐらい。


「ちょいと、奥さん!」


 その時だった。誰かに声をかけられた。てっきりアンジェラかフィリスかと思ったが、二人とも買い物中のはずだった。


 誰だっけ?


 存在感は薄くモブキャラっぽい。第一印象は「同類?」だったが、その人物の顔を思い出す。もちろんフローラの記憶を辿ってみた。


 その人物は洗濯婦のエリサだった。公爵家に出入りし、洗濯だけ専門にやってくれるメイドだった。エリサは他にも貴族の家を辺り歩き、何件も仕事を請け負っているらしい。前世でいうと社員やパートというより、業務委託と言えるだろう。正直、万年人手不足の公爵家にとっては大変ありがたい存在だ。


 年齢は七十ほど。老婆といってもいい年齢だが、背筋もピンとし、目の色は黒々としていた。顔立ちは全体的に薄い。漫画の背景顔だ。漫画家でなくアシスタントが描いていそうな顔。他は足腰もしっかりとし、いかにも健康そう。フローラの記憶では「噂大好きの洗濯婦」。


「あら、エリサ。おつかれさまね」

「ええ、奥さん。ちょいと小耳に挟んだが、最近お皿割ったり、メンヘラしていないって本当かい? やっぱり公爵様の浮気は止まったんかい?」


 エリサは実にゲスい目を見せた。人の噂、いや、不幸は楽しくて仕方ない模様。


 背中がぞくっとしてきた。これはまるで前世の自分を見せられているみたい。正直、シンパシーしか感じない。第一印象の「同類?」というのは当たっていた模様。


「さあ、夫はまだ帰ってこないわ」

「そうかい。しかし、やっぱりフローラ奥さん、人が変わったみたいだね。前だったら、夫が帰ってこないって死にたいって顔してたじゃないか」


 いや、本当に中身が別人になったんだけど!


 エリサは私の目を覗き込んできた。鋭い。おそらくこの洗濯婦、噂を収集する上で観察眼も見につけていたのだろう。フローラの中身が別人になった事、察しているかもしれない。


 冷や汗がでる。動悸もしてきた。これはやばい。なんとかいい方法はないか!?


 そうだ、エリサも噂が大好きなんだから、一緒に盛り上がればいいんじゃない?


 私のようなモブキャラと噂大好きエリサは絶対気が合うはず!


 という事で、エリサに一番ホットな噂話を聞いてみた。


「おぉ、奥さん。そんな噂好きだったか?」


 エリサは疑いを持ちつつも、王都の公爵令嬢が婚約破棄寸前だとか、男爵令嬢がアル中疑惑があるとか、隣国の王子がギャンブル狂という噂を教えてくれた。


「なにそれ! とっても面白そうな噂ね!」


 思わずエリサの手を取り、笑顔。


「そうか?」

「ええ、エリサ。詳しく教えて!」


 なぜか二人で噂話で盛り上がり、あっという間に打ち解けてしまった。噂で盛り上がる私たち、まるで親友みたいではないか。


「フローラ奥さん、あんた、そんなに噂が好きだったんか?」

「ええ、もう大好物よ!」

「私も! 我が友よ、これからも一緒に噂を収集しようではないか!」


 それこそ前世から噂大好き!


 とりあえず、エリサの疑いは晴れた。また一緒に噂で盛りあがろうとゲスい約束を交わし、エリサは仕事に戻っていく。


「ふー、なんとか切り抜けられたわ」


 再びハーブ畑のミントを間引きながら、胸を撫で下ろす。前世では噂好きの私、おばさん臭いとよく言われたものだが、何が役に立つかわからないものだ。


「は!? やっぱり何か奥さん、人が変わりましたね!? そんなおばさん臭い人でしたっけ?」


 しかし目の前にアンジェラがいた。買い物から帰ってきたらしい。一部始終を見ていたようで、さらに疑いの目。


「そうですよぉ、奥さん。一体どうしちゃったんですか? メンヘラ拗らせて、ギャーギャーとヒステリックにお皿投げていた人とは別人ですよ?」


 新米メイドのフィリスも疑ってきた。


 思わず私の目が泳ぐ。これは非常にまずい状態だ。私が佐川響子だとバレたら、離婚どころじゃない。前世の記憶があるとか、異世界転生したとか言ったら、間違いなく精神病院に連行されるだろう。


「だ、大丈夫よ! 私は別人ではないわ!」


 とりあえず、そう言って逃げる事にした。今は多分、逃げるしかない。


 この時、やっぱりヒロインは楽じゃないと悟る。こんな脇役キャラに注目され、人が変わったと疑われるのは、ヒロイン補正でもあるのだろうか。


 早く通行人その一になりたい。顔のない取り巻きでもいい。幼稚園の学芸会みたいに背景役でも全然いい。


 そう願っているのに、モブキャラライフはまだまだ遠いらしかった。

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