番外編短編・WEB小説の死亡エンドしかない愛人キャラに転生してしまった話
私は大和撫子という。やまとなでしこ。冗談みたいな名前だが、本名だ。この名前のおかげで笑われたり、過剰に期待されたり悪い面もあったけれど、今は気に入っている。ヒロインみたいな名前じゃない?
「え、大和先生って本名なんですか? 私の本名は川瀬っていう地味な感じですが」
作家の田辺哀夜が驚く。名刺を渡すと驚かれた。
「ええ。本名です」
事実なんだから、そう言うしかない。
実は今、とある小説の新人賞のパーティーに出席中だった。私はWEB小説作家。悪役令嬢とか、転生とかで書籍化している作家なのだが、なぜか編集部からお誘いがあり、このパーティーに出席中だった。某ホテルが会場だが、緊張する。中身はアラサー独身女。WEBマーケティングの仕事(本業)とWEB小説(副業)の二足の草鞋生活で、多忙だ。おかげで私生活は終わっていたが、大御所先生の田辺の前だ。猫をかぶり、愛想よく振る舞っていた。
「私の本名なんてどうでもいいじゃないですか。ところで先生、締め切り前ですか? おつかれのご様子……」
田辺は五十歳ぐらいの男だ。年齢的に疲労も蓄積されているのだろうが、目の下は真っ暗で頬や首筋がこけている。髪も艶がなく、どこか元気がない。
「実はうちの妻がさあ」
そして、ポツポツと事情を語り始めた。田辺は結婚していたが、その妻は相当クレイジーらしい。最近は田辺の不倫をネタにWEB小説も書いているらしく、「今度不倫したらただじゃすまない!」と毎夜脅されているという。ちなみにその妻、自力で愛人調査を行い、なぜか愛人が巻き込まれた事件まで解決したという強者。
話を聞いている限り、濃いエピソードが頻出し、胸焼けしてきた。
「そ、そうなんですね」
パーティー会場から一旦離れ、ロビーに避難した。人気がなく静かなロビーにいると、リラックスしてきたが、ふと思う。あの田辺のクレイジーな妻が書いた小説ってなんだろう?
私もWEB小説の作家だ。気になってきた。とりあえず、大手小説投稿サイトへ行き、適当なワードで検索。
「げ、この作品が田辺先生の奥さんが作者?」
すぐにそれらしき作品が見つかった。名前も「田辺の本妻」で投稿していたし、作品の内容もそう。
タイトルは「毒妻探偵」という小説だった。サレ妻公爵夫人が、愛人調査に明け暮れていたところ、事件に巻き込まれる推理もの。愛人調査スキルで謎解きするというが。
「WEB小説でこんな推理ものはないわー。異世界転生して溺愛とか逆ハーレムとか追放ざまぁとかにしないと」
ついついプロ目線でツッコミを入れるが、WEB小説「毒妻探偵」を読んでいると、殺人事件や愛人にマウント描写に胸焼けしてきた。しかもこの愛人、作中で殺されるらしいが、作者の私怨が滲み出ている。
「WEB小説で殺人事件つきのミステリ!? やっぱり田辺先生の奥様、どうかしてるわ。変な人だわー」
気分も悪くなってきた。もうパーティーに戻る気分になれず、世話になった編集に挨拶すると、会場を後にした。
駅までの道を歩きながら、げんなりしてきた。
「いや、本当に田辺先生の奥様の小説、ちょっと……」
といっても、妙に気になり、歩きスマホをしながら「毒妻探偵」を読んでいたところ。
「え?」
突然トラックに轢かれ、あっという間にお亡くなりになった。
「いや、あんなWEB小説を読みながら死ぬってアリかー!」
そう叫ぶが意識は消えた。もう本当に死んでしまったのだろうか?
「は?」
しかし、次、目覚めたら、何故か近世ヨーロッパ風の住宅にいた。あまり広くなく、インテリアも安っぽい。おそらく庶民向けのアパートメントの中だと思われたが、窓の外から宮殿や豪華なお屋敷の風景が見えた。
「え!? 何ここ!?」
その上、鏡を見たら驚いた。そこにはアラサー女の大和撫子の姿がない。小柄で可愛らしい女がいた。年齢は二十五ぐらいだろうか。堀が深く、色も白くまつ毛もバサバサ。
同時にこの女の記憶が怒涛のように流れてきた。名前はマムという女。確か職業は婚活カウンセラーだが、性格が極悪で多くの敵を作っていた。
「な、これ『毒妻探偵』の殺される愛人キャラ!?」
前世(?)の記憶も辿ると、そのことにも気づいてゾッとしてきた。
「ああ、困った死亡エンドしかない愛人キャラに異世界転生!?」
頭を抱える。WEB小説では異世界転生など山と書いていたが、まさか愛人キャラに転生!?
しかも殺される予定のキャラとか死亡エンドコースすぎる!
「このまま死ぬわけにはいかないからね! 死ぬ前に運命を変えるわ!」
こうして私、大和撫子の死亡エンド回避ストーリーが始まった。




