第37話 この愛人は手強いです
改心したドロテーアは教会の神父やシスターに任せ、私はクロエのアトリエへ向かっていた。
確か同じ王都にあり、クロエはパトロンを渡り歩いてアトリエを作らせたそうだが、見た目は普通の一軒家だ。王都でも庶民が集まる住宅地にあり、派手ではない。むしろ、すぐにアトリエだとは気付けない雰囲気だ。クロエは王都にいくつかアトリアを持っていたので、ここにいるかは不明だったが、ものは試しだ。このアトリエの扉をノックした。トントンと音が響く。
「クロエいらっしゃる? サレ公爵夫人のフローラ・アガターですわ」
あえて蔑称を口にしてみた。クロエの反応を確かめるためだったが、フローラの「感情」はイライラしている模様。この蔑称、私はなんとも思っていないが、フローラ的にはかなり嫌らしい。おかげでフローラの中でクロエは嫌いな愛人の上位にいたが、さて、どうだろう。ブラッドリーの怪我についてちゃんと告白するだろうか?
「クロエ、いらっしゃる?」
さらにドンドンとノックをした時、ようやくクロエの姿が現れた。
「ヒッ!」
小さい悲鳴もあげ、逃げようとしていたが、ここでスルーするほど、私も大人ではない。クロエの首根っこを掴み、まずはアトリエに連行した。
クロエのアトリエは絵の具の匂いで充満していた。匂いだけでない。床や壁も飛び散った絵の具で汚れ、カラフルに見えるぐらいだ。子供の遊び場のような雰囲気なアトリエだ。
それに絵も多い。ブラッドリーの半裸の絵も置いてあったが、確かに上手い。他にも鳥や花、空や王宮の絵も飾ってあったが、色使いが華やか。女性らしい雰囲気の絵も多く、当初の目的を忘れ、目を奪われてしまう。
「あら、素敵な絵ばかりじゃない。これはAIにも書けないわ」
「は、AI?」
しまった。この世界にはAIなどない。AIで一分たらずでイラストが作れるなんて知ったら、クロエは腰を抜かすだろうが、これも当初の目的ではない。私は咳払いし、言い直した。
「単刀直入にいうわ。ブラッドリーを階段から突き落としたのは、あなたね?」
クロエは下唇をかみ、私を睨みつけていた。ドロテーアのように悪事がバレたような反応は示さない。むしろ、私への憎しみを全く隠していない。特に目は怒りで燃え、絶対に許さないという意思もみなぎっている。
クロエのルックスは黒髪のエキゾチックな美女だ。絵の具で汚れたエプロンもなぜかよく似合う。アーティストらしい独自な魅力があるクリエ。本当にもったいない。ブラッドリーなんかに騙されたことも残念だし、挙句復讐までしてしまったのも「もったいない」の一言に尽きる。
モブキャラ視点で客観的にクロエを見ると、実に残念だ。
前世でも芸能人や文化人など才能ある人に限って不倫や不祥事を起こしていた記憶がある。モブキャラの私はさっぱりわからないが、ヒロインやヒーローのようなキャラにも苦悩はあるのだろう。
「とりあえずクロエ、教会の懺悔室へ一緒にいきませんか」
モブキャラの私はクロエを完全に理解するのも難しいだろう。結局、あの懺悔室に頼ることにした。それにチート懺悔室に行った方が絶対早いだろう。
「いやよ。なぜ懺悔室に私がいく必要があるわけ?」
「え?」
クロエは手強い愛人らしい。開き直ってしまった。仁王立ちし、腕をくみ、つんと顎をあげているぐらいだ。
「ブラッドリーには結婚してくれるって約束したから。サレ公爵夫人ともすぐ別れるって言っていたからね。私は騙されただけよ。悪いのはブラッドリーとあなた、サレ公爵夫人よ」
「うーん、私は悪いのかしら?」
ブラッドリーはともかく、これは八つ当たりではないか。思わず私の声も苦くなってしまったが、クリエはさらに開き直る。
「いえ、あなたが悪い。サレ公爵夫人がいつまでも離婚に応じないから」
「え!? 私は離婚したいぐらいなんだけど!?」
いつから離婚に応じないという設定になっていたのか?
むしろ離婚してハッピーなモブキャラライフを送ろうと企んでいるぐらいだったが、こんな調子の私に、クロエの逆鱗に触れてしまったらしい。
「は? モブキャラって何よ! ふざけないで! 私は真剣に不倫をしている!」
「っていうか不倫に真剣とか真面目ってあったの!?」
「う、うるさい!」
クロエは顔を真っ赤にし、自分のしたことを棚上げすると、絵筆を掴み、バンバン投げてきた。
「クロエ、商売道具を武器に使うのは芸術への冒涜よ!」
「何、ふざけてるんだ! うるさい!」
残念ながら絵筆は軽く、あたっても全く痛くなかったが、ついにクロエは私の右頬を叩いた。
パンと大きな音が響き、痛みは遅れて襲ってきた。
「いたっ!」
これって修羅場?
モブキャラの私、内心不倫ドラマみたいだとワクワクしてしまったが、急に目の前が真っ白になった。
どうやら頬を叩かれた痛みで白昼夢を見ているらしい。
その証拠にふわふわの雲の上にいた。しかも文花おばさんも登場。
「響子ちゃん、久しぶりねぇ」
文花おばさんはと不気味な笑顔を見せていた。いかにも性格が悪そうだ。もしかしたら文花おばさんが、この異世界のラスボス?




