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サレ公爵夫人転生〜離婚したいだけなのに、なぜか夫の愛人調査でバッドエンド回避〜  作者: 地野千塩


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第34話 モブキャラ魂に火がつきました

「看護師さーん、痛い、痛いよ!」


 病室にブラッドリーの声が響く。情け無い声だった。子供の泣き声みたいだが、階段で怪我したブラッドリーは全治一カ月と言われ、今はベッドから動けない。


 右足と頭は包帯がぐるぐる巻きにされていたが、来週からは歩行訓練も始まる。つまり、見た目は痛そうだが、たいした怪我ではなかった。それなのに、ブラッドリーはワガママを言い、昨日から個室になり、今はぼやいてる。


「しっかりしてよ、ブラッドリー。クッキーでも食べる?」


 見舞いにきた私は、呆れながらクッキーを渡す。


「あぁ、なんてことだ。脚が動かない。痛い!」

「あなた、男でしょう。こんなたいしたことない骨折で大袈裟……」


 呆れてこれ以上何も言えない。


「でも、どうしてあの時、階段から足を滑らせたのよ。いくら運動不足だからと言って」


 それが謎だった。あの後、黒い影を追いかけたが、結局逃げられた。ブラッドリーがうっかりしていた可能性も大だが、何者かが意図的に突き落とした可能性も考えられる。まずはブラッドリーから事情を聞くことにした。


 これは本当にバッドエンドを回避できているかあやしくなってきた。しかも前世で読んだWEB小説「毒妻探偵」にもない展開だ。これは自分で運命を変えるしか無い。不本意だが、調べるしかない。


「クッキーあげるわ。当時の状況を思い出して」

「おぉ、フローラ。本当に探偵みたいだ!」

「茶化さないで。どういうこと?」


 クッキーの甘い匂いが病室に広がる。その効果か、ブラッドリーは少し目尻を下げていた。もう泣き声も言っていない。落ち着いてきたらしいが、何か思い出したらしい。


「よく覚えていないけど、誰かから押されたような気はする。でも、俺がドジして転んだ可能性もあるというか」

「よーく思い出して」

「うーん」


 ブラッドリーの態度は煮え切らないが、誰かが突き落とした可能性はゼロではなさそう。実際、私は怪しい黒い影を目撃していた。


「これは罰かなぁ。もう不倫なんてするんじゃないって神様がおっしゃている気がする……。だとしたら、俺が全部悪いんだ。この怪我も受け入れるしかない」


 いつもは全く罪悪感を持っていないブラッドリーだが、しゅんとしていた。絞られた雑巾みたいだ。髪の毛も艶がなく、入院してから少し痛んでいるようだ。入院中は野菜のスープか黒パンしか食べられないのも、ブラッドリーにダメージを与えているらしい。


「うまい。フローラのクッキーうまいな」


 そういうと、また不貞を謝罪し、涙までこぼしているから参った。たとえ、誰かが突き落としたとしても、自分が蒔いた種だから、警察には行かないという。その上、今までの愛人に謝罪し、賠償もできる限りしたいらしい。


「どういう風の吹き回し?」


 思わず大きな声が出てしまい、慌てて口元を押さえた。ここは病院だ。大声は出せない。


「フローラ。君のせいだ」

「えー?」

「君は憎いマムを許し、一緒に推し活もしていた。エリサとも仲良くなっていた。そんな妻を見せつけられた俺は、いつまでも呑気に不倫できるか? 無理だ、そんなのは」


 いや、それは中身が佐川響子だからね!


 何度もツッコミを入れたくなったが、何やらブラッドリーは誤解し、私を尊敬の眼差しで見ている。これはまいった。私は単なるモブキャラですよ!?


 もうブラッドリーのこんな視線に耐えられるなくなり、一旦病室を出た。トイレに向かい、手を軽く洗っていると、落ち着く。


「いやいや、本当に私はモブキャラだから……」


 誰もいないから、トイレの鏡に向けて呟いてしまう。離婚を目指し、平和なモブキャラライフを求めていただけなのに、どうしてこうなった?


 確かにマムの殺人事件は回避できていたが、どうも思い通りに行かない。夢の文花おばさんの「第二弾」も気になるし、ブラッドリーは突き落とされた?


 そう考えていた時だった。トイレに看護師数人が入ってきて噂を始めていた。


 この世界の看護師もメンタルが強そうだ。白衣の天使というと優しいイメージだったが、実際は精神と肉体を酷使する仕事だ。優しいだけでは務まらないらしい。しばらく医者の悪口に興じていた。


「あの内科のボンボン医者、本当に鈍臭くて」

「だよねー。本当家柄だけって感じ」

「それに、303号室の患者さんの噂、聞いた!?」


 そんな看護師たち、なんとブラッドリーの噂をし始めた。303号室とはまさにブラッドリーが利用中の部屋じゃないか。


「なんでも浮気の常習犯らしくて」

「マジで?」

「怪我も愛人が突き落としたんじゃないかっていう噂!」

「本当? 修羅場だった!?」


 看護師たちは実に楽しそうに噂をしていた。その面々はうっすいモブ顔だ。私はシンパシーしか持てない。


 うずうずしてきた。あぁ、この噂の輪の中に入りたい。正直、ブラッドリーの不幸もちょっと面白かったりする。今、私のモブキャラ魂、ぼっと火がつきそう。もう我慢はできない。


「看護師さん! その話、もっと詳しく!」


 思わず叫んでしまうと、看護師たちの目は丸くなった。


「私も噂話が大好きなんです」


 にっこりと笑って言う。


 もうモブキャラ魂の火は消せない。むしろ、それは燃え盛っていた。

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