第25話 犯人(未遂)をチート懺悔室に連れて行きます
「おい、奥さん! 抜いた雑草はどこに置いておけばいいだ?」
公爵家の広い庭にザガリーの大声が響く。
「雑草は隅の方にまとめておいて。あとでまとめて焚き火にするから」
「おお」
指示を出すと、ザガリーはもくもくと草取りをしていた。
あの後、懺悔室に連れて行こうと思ったが、ブラッドリーも同行して欲しいと駄々をこねた。ブラッドリーは快諾したものの、急な仕事が入り、終わるのを待っているところだ。とはいえ、暇しているのも嫌で、ザガリーを労働させていた。人手不足で公爵家もギリギリの運営をしていたため、猫の手も借りたいところだ。例え犯罪者(未遂)の手であったとしても。
ザガリーは意外とよく働き、あっと言う間に庭の草取りも終わった。
「あら、ザガリー。仕事は早いわね」
「地元では何でも屋をやっていたんだよ」
「へえ」
「次はどこだ?」
このさい、犯罪者(未遂)でも使い倒した方はいいだろう。公爵家のキッチンの連れていき、銀食器を磨かせた。普段はあまり使っていない銀食器だが、まとめてザガリーにやってもらおう。
フィリスやアンジェラはキッチンにザガリーが居るのを嫌がったが、私が公爵夫人らしく、命令すると、渋々、教育係となり、仕事を教えていた。
「あら、でもザガリー。あんた、仕事が早いね」
「アンジェラの言う通りだわ。すぐ終わってるじゃん。すごいわ」
メイド二人に褒められ、ザガリーの顔は赤い。
「褒めるなよ。褒められたら、余計に殺人とか出来ねぇじゃねーか!」
しかも泣いてる。赤ちゃん泣きはしていなかったが、涙がポロリと頬をつたう。
「なるほどね」
私は一人呟き、この様子を観察していた。ザガリーもおそらく自己肯定感が低かったのだろう。もしかしたら愛された記憶もなかったのかも。だから殺人犯になろうとしていたのだ。本当に自分が好きだったら、悪い事はできないはずだ。実際、前世でみたSNSでも自己肯定感が低いほど犯罪者になる確率が高いと言われていた。
ザガリーには罰より、自己肯定感アップさせることが大事かもしれない。
「ザガリー、うちの薔薇の手入れもできる? ハーブ園でもいいわ。そんなに仕事が早いなら、庭仕事もしてもらうから」
「え、奥さん、いいのか?」
ザガリーは顔を上げた。気づくと銀食器はピカピカに光っていた。先程まではくすんでいたのに。
「ええ。その代わり、あなたが知っていることは全部吐くのよ」
笑顔で提案すると、ザガリーは操り人形のようにこくこくと頷く。
「奥さん、甘いですよー」
「そうだよ。本来なら地下の牢屋に入れてもおかしくないですよ!」
フィリスとアンジェラは口を尖らせ抗議していたが、まあ、いいか。今は悪役にも改心し、せめて無害なモブキャラにでもなって欲しいと考えていた。
私は正義のヒロインでもヒーローでもない。ザガリーを叩く権利もない。モブキャラ魂をもつ人間だ。どうしてもザガリーを責めたり、断罪する気分になれず、平和的に丸く収めたい。
「おいおい、フローラ。甘くねぇか?」
ちょうど仕事が終わったブラッドリーもキッチンに入ってきた。この様子を察すると、私の甘さに呆れていたが、別に全部許したわけでもない。脅迫状の件も謎だし、確実にマムへの殺意が消えたと断言もできない。とりあえずザガリーには反省させよう。懺悔室へ向かうことにした。
メイドの仕事があるフィリスやアンジェラは公爵家に残ったが、ブラッドリーも同行することに。ガッチリとザガリーの腕を抱き、逃げられないように同行した。
「ちょ、公爵。そんなくっつかないでくれよ。惚れそうじゃないか」
ザガリーは顔を真っ赤にし、目を潤ませていた。声も女性のように高いものを出している。
「そ、そうか……?」
さすがのブラッドリーもこんな様子のザガリーに引いていたが、すぐに教会に着いた。ザガリーは懺悔室へ。私とブラッドリーは礼拝堂で待つことに。
今日は聖歌隊もいない。礼拝堂はしんと静かだ。前方に老女のシスターはいたが、ベールを被り、熱心にお祈りしている。私とブラッドリーが後方にいるのも気づいていない様子だった。
天窓からは太陽の光が降り注ぎ、礼拝堂の雰囲気は明るい。ステンドグラスも鮮やかだ。
「はぁ。思い出すな」
隣にいるブラッドリーは目を細めた後、天窓を見上げていた。ブラッドリーの明るい金髪は陽に透け、キラキラとしていた。
「何を?」
「結婚式だよ。ここで挙げただろ?」
急にフローラの記憶が蘇る。確かにここで結婚式を挙げた。その記憶によると、その日は一番幸せだった。まさか夫に浮気されるとは夢にも思っていなかったらしい。
「神様に君を永遠に幸せにするって誓ったのにな」
「そうね。責任とって?」
この台詞はなぜか勝手に口から出た。自分から言ったのでがない。フローラが言わせている。いつもは佐川響子としての自我が圧倒的に優位だったが、たまにフローラの意識や感情が優位になるらしい。
「なあ、フローラ。やっぱり不貞は悪かった。離婚したくない。やり直そう。今の我々だったら、普通にやり直せると思うぞ」
揺れた。フローラの心なのか、佐川響子の自我かはわからないが、そのブラッドリーの声はあまりにも優しい。妙な溺愛展開をされるより、よっぽど効果があるらしい。
「いいえ。わたしは離婚したいわ。この脅迫状騒ぎが終わったら、その話も進めるから」
モブキャラライフを送るために!
フローラに主導権が取られそうになったが、慌てて佐川響子の自我を取り戻す。やはりさっさと離婚して、モブキャラライフを謳歌したい。推し活だってしたい。
「好きな推し活していいぞ。三食昼寝つきで、思う存分好きなことをしたまえ」
そんな私の思考を読んだかのように、ブラッドリーが誘惑をしてきた。
「な、な……」
それには揺れる。今は殺人事件というバッドエンドも回避しつつある。完全に回避できた後、今のままで推し活三昧!?
しかも三食昼寝つき!?
そんな甘い話があっていいのだろうか。もしかしたら、これは何かの罠かと警戒した時だった。
懺悔室からザガリーが出てきた。急いで二人でザガリーの元に向かうが、驚いた。
ザガリーの目元はスッキリとし、憑き物が取れたような笑顔。
「俺は神様に赦されました! もう二度と悪いことはしない! 真面目に正しく生きます!」
この変わりように、ブラッドリーもポカンと口を開けていた。私も似たような表情をしていたと思うが、とりあえず殺人事件というバッドエンドは回避できたらしい。離婚については全く進展しないどころか逆行していたが、なぜかこっちはセーフだ。マムは殺されずにすみそうだ。
「しかしこの懺悔室って何なの?」
マムも改心させた。殺人を企てていたザガリーも同じように改心させていたが、チートすぎるような?
「俺も懺悔室で不貞の罪を……」
ブラッドリーもこの懺悔室に入ろうとしていたが、今日は定員いっぱいらしく、断念していた。
その方がいいかもしれない。もし、ブラッドリーがこの懺悔室に入り、改心してしまったら、余計に離婚まで遠くなりそう。




