第24話 殺人事件を回避しました?
翌朝、犯罪者を捕まえたことが嘘のように晴れていた。公爵家の窓から見える空は澄み渡り、雲もフワフワで綺麗だ。
私は毎朝のルーティンであるハーブ畑の世話を終えると、ザガリーがいる客間に向かう。フィリスやアンジェラももう起きていて、ザガリーの監視を続けていた。
ハーブ畑でつんだミントをバスケットに入れ、それを片手に客間へ向かっていたが、ザガリーはだいぶ落ち着いてはいた。一応ミントの匂いも嗅がせたが、クールダウンした模様だ。それに一晩寝て牙は抜かれた模様で、ぼーっと窓の外を見ていた。
「っていうか、フィリスとアンジェラは何をやってるの? その格好は何?」
ザガリーはともかく、監視していたメイド二人の服装は妙だった。二人とも真っ黒なサングラスをかけ、真っ黒なワンピースのメイド服だ。おかげでいつものユルいメイドの雰囲気はなく、妙な威圧感もあるぐらい。
「奥さん、凶悪犯と対面しているんですから! 舐められたらいけねぇっぺ!」
「ちょっと、フィリス。それは威嚇のつもり? その田舎の方言ではかえって可愛く見えるわよ」
呆れながら突っ込んだが、アンジェラもノリノリだ。パンとサラダ、スープをザガリーの鼻先につきつけ、「これが欲しかったら、ぜんぶ吐け!」と脅している。と言っても、フィリス同様、メイドらしい雰囲気は相変わらずなので、ちっとも怖くはない。
「さあ、ザガリー! どういうことか吐きな!」
フォリスも仁王立ちし、ザガリーに詰めるが、怖くない。むしろ、こんなメイド二人に余裕を取り戻したらしく、わざとらしく障害者の演技もしていた。
「ぼ、ぼくは知らないよ。なんで、きみたちがおっこってくるのぉ?」
臭い演技だ。この大根役者に呆れてはくるが、どういった作戦で事情を吐かせようか。チート懺悔室に連れていくのが一番いいかもしれないと思った時だった。客間にブラッドリーが入ってきた。
「よぉ、ザガリー!」
ブラッドリーは爽やかな笑顔を見せ、子供向けのボードゲームも広げた。確か施設にも似たようなゲームがあり、ブラッドリーも障害者たちと一緒に遊んでいたが、あの時と全く同じ態度だった。
「ゲームしようぜ。ザガリー、どうだい? 俺、けっこう強いからな!」
まるで旧知の親友のようにブラッドリーの肩を抱くブラッドリー。そこには何の壁もない。ブラッドリーはザガリーが犯罪者であることを忘れてしまったのだろうか。
メイド二人はこのブラッドリーの態度にぎゃーぎゃー抗議をしていたが、私は冷静にみていた。
ザガリーの目元が潤みはじめ、赤くなっているではないか。そして昨夜と同様、赤ちゃんみたいに泣いていた。もう障害者の演技はやめたらしい。
「わかったよ、公爵には事情を話せばいいんだろ!」
そんなザガリーの声も響き、メイド二人だけでなく、私の目も丸くなった。
でも前世のWEB小説「毒妻探偵」を思い返すと、確かザガリーはマムの元夫と親しかった。元夫がマムに殺されたと逆恨みし、マムを撲殺したわけだが、確かザガリーは男色だ。私やメイドよりもブラッドリーの「ゲームしようぜ!」が効果的だったらしい。まさに北風と太陽作戦といえよう。
「公爵、あなたはマムの元夫とも似ていてやりにくいよ。わかったよ、ぜんぶ言えばいいんだろ!」
なるほど、そういう事情もあったのか。ザガリーが素直に事情を話す流れになったのも納得だ。
その後は泣き叫びながらも、ザガリーは事情を話した。
前世で読んだWEB小説「毒妻探偵」と全く同じ事情だった。マムの元夫に一方的に片思いしていたが、彼が殺されたと思い込み、マムへの復讐を誓う。障害者の演技をしながら、マムを殺す機会を伺っていたと告白した。
「呆れた。ものが言えないよ。あんたみたいに演技なんてする輩がいるから、障害者が差別されるんでは?」
「アンジェラの言うとおりですよ! 本当にザガリー、最低ね!」
アンジェラとフィリスは避難していたが、ザガリーはまた激昂し、耳がキンとした。しかしこの茶番劇はいつまで続くのだろう。私もこの男の悪どさにウンザリとしてきた。モブキャラの私は悪役が考えていることなど全く想像もできないが、なぜかブラッドリーは同情的だった。同じ悪役同士でシンパシーは合ってる可能性大で、さらにため息が出てくる。
「そうか、辛いな。ザガリー、今までよく我慢してきたよ」
「あぁあ!」
ブラッドリーのやさしい言葉に、赤ちゃのように泣き、演技から解放されたと叫ぶザガリーは、哀れ。見ていられない。悪役として断罪する気分になれず、私はスープやパンをザガリーに与えた。
「食べたら?」
冷たく言ったつもりだが、またザガリーは泣き「神様に赦されたい!」とポタポタと涙をこぼす。
騒いでいたフィリスやアンジェラも無言になった。未遂とはいえ、ザガリーが罪の意識を持っていたことは確かだ。やはり、これ以上責めても何も出てこない気がする。私もブラッドリーの隣に立ち、ニッコリと笑う。
「私は神様じゃないから、赦すことはできないわ。でも懺悔室へ一緒に行くのはできるわ。行きますか?」
「う、おお……」
ザガリーは涙と鼻水で顔はぐしゃぐしゃだったが、頷いている姿は確認できた。あのチート懺悔室へ連れていけば殺人事件を起こす気は薄れるだろう。マム殺人事件のバッドエンドは回避は成功かもしれない。安堵で肩の力が抜けそう。
その上、ブラッドリーは「大丈夫だよ、ブラッドリー。俺をみろ。俺だって浮気を繰り返す常習犯だぜ」などと斜め上の励まし方をし、一同ため息が出てくるぐらいだ。とりあえずザガリーは少し反省しているようだが、ブラッドリーは不倫の罪悪感は全くなさそうで、呆れて何も言えない。
それでも、わたしには探偵役としてすべきことがある。今はモブキャラの座は一旦忘れ、例の脅迫状をザガリーに突きつけた。
「これはザガリーの仕業かしら?」
悪役顔のフローラらしく、堂々と背筋を伸ばし、わざとキツく睨みつけた。威嚇だ。フィリスやアンジェラのようの失敗している可能性も高いが、なぜか横にいるブラッドリーの方がぷるぷると震えていた。
「は? 何だこれ。俺は脅迫状なんて送らない。そんな頭脳は使わないよ。恨みがある奴は直接殺すか、ぶん殴る!」
「ちょ、ザガリー。何言ってるのよ! あんたやっぱり犯罪者マインドが強すぎる!」
「そうだ、フィリスの言う通り!」
またメイド二人が大騒ぎしていたが、ザガリーが嘘をいっているようには見えない。昨夜も脅迫状の件は否定していた。
「どう思う、フローラ」
「そうね。でも、ザガリーがうちに脅迫状出す理由も特になかったかも?」
「おぉ、探偵。しっかりしろよ。まずは動機からだろ……」
ブラッドリーも呆れ始めていたが、ザガリーはしばらく公爵家で面倒を見ることになった。
脅迫状の疑いも完全には晴れていない。未遂とはいえ犯罪者だ。マムを殺そうとしていたのは事実だ。それに何か脅迫事件の手がかりも知っているかもしれない。このままザガリーを解放するかわけにはいかなかった。