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第22話 王宮魔術師エル

 WEB小説「毒妻探偵」は一応異世界が舞台だった。昔は剣と魔法の異世界だったが、科学技術の発展とともに廃れ、王宮魔術師も形骸的な公務員という設定だったはず。この国では魔法の権威はない。目に見えないものは怪しいという空気もあり、そういう意味では日本と似ているだろう。


「奥さん、本当に王宮魔術師が呪いなんてかけられるんですかね」

「どうかしら」


 私とフィリスは、とある男爵家の屋敷に向かっていた。王宮魔術師エルの呪い会に参加する為だ。昨日、マーシアから聞いた通りなら、夜の二十三時から呪い会がスタートする。


 会場には続々と人が集まっていたが、全員、顔はわからない。仮面で顔を隠し、ドレスコードも黒いドレスと決まってる。もちろん、私とフィリスもその格好をしていたが、おかげで会場の雰囲気はどう見てもあやしい。


 それは来場者の服装のせいだけでもない。この会場、長年使っていない男爵家だった為か、埃っぽく、空気も悪い。おそらく掃除は徹底されていないだろう。それに幽霊やゾンビが出現する噂もあった。


 豪華なシャンデリアやフカフカなカーベットなど一流品と思われるが、居心地のいい場所ではなかった。


 その証拠にフィリスはさっきからずっと咳き込んでいた。呪い会の話を聞き、好奇心を隠せずついてきたフィリスだったが、早くも後悔している。


「奥さん、来なきゃ良かったですよ。何この、会合」


 私もそう。会場の大きな窓から夜空が見える。月や星も出ていたが、あまり美しく見えない。


 会場には誰が来ているのかも不明だったが、マムの悪口に興じている者も多い。中には復讐したいと言う者もいた。平和ではない会話だ。聞いているだけでも、フィリスと一緒に咳き込んでしまう。


 そうこうしている内に、前方のステージに魔術師エルが登場した。


「ようこそ、皆さん!」


 魔術師エルはタキシード姿だ。遠目にはマジシャン風も男。王宮魔術師らしいのか不明だが、年齢は四十歳から五十歳ぐらいだろうか。ほうれい線の皺も濃いめだが、目元は幼く、声も高めだ。よく言えばとっちゃん坊や。悪くいえば子供おじさん風の容姿だ。


 そんな王宮魔術師エルは、ステージ上でもマムの恨み言を繰り返す。来場者も賛同していた。推定三十人以上いる来場者の声は、かなり響く。


 確かにマムは恨まれていた。過去に酷い行動もとっていたが、こんな風に言われていいものかわからない。いっそ「マムはチート懺悔室で悔い改めたんです!」と言いたくなってしまったが、今は一応脅迫事件の調査中だ。下手に目立つのは良くない。会場の様子を観察し続けた。


 ここの情報を教えてくれたマーシアは参加してなさそうだ。盲目の女性が一人では入れないだろう。男女比は半々ぐらいだったが、魔術自体に興味があって来場している人もいるようだ。私達の前にいる客二人は王宮魔術師らしい。ずっとエルのスキルについて話していた。その会話を聞く限りエルのスキルは低そう。仕事もできず、帳簿を誤魔化している噂もあるらしい。


 それに肝心の呪いも呪文を繰り返すだけだった。棒読みで何かのセリフを読んでいるだけみたい。会場の空気もしらけていく。


「奥さん、やっぱり、呪いなんて無いですよ。そんな呪文で人を殺せるわけがないです」

「そうよねぇ」


 全くフィリスの言う通りだ。こんなんで人が殺せたら、命がいくらあっても足りないだろう。この呪い会はお遊びやパフォーマンスと表現したい。あるいは王宮魔術師エルの自己満足。


「はぁー。退屈。奥さん、帰りません?」

「そうね。まあ、エルがいまだにマムを恨んでいた事はわかった。それだけで十分ね」


 ということで、もう帰る事にした。これ以上、ここにいても収穫は無さそうだった。


 こっそりと会場の後方部に周り、静かに扉を開けて出た。外に出ると受付も撤収しているらしく、涼しげな夜風が吹いていた。今夜は風が強い。ザワザワとした風の音が響いた時、誰かがフィリスにぶつかった。


「いた! ちょっとあんた、何?」


 さすがフィリスは田舎ものだ。黙ったままじゃない。フィリスがその人物に睨み返した時、驚いた。


 ザガリーがいた。仮面はぶつかった拍子に落としてしまったらしいが、黒い革のパンツやジャケットに身を包んだザガリーは、福祉作業所にいる時と全く違う。福祉作業所では白シャツやジーンズで好青年風だったが、今は売れないロックミュージシャン風。


 前世の知識もある私は、ザガリーの変わりように驚かない。WEB小説「毒妻探偵」の中では殺人事件も起こすような男だ。その姿に違和感はないが、滝汗を流し、焦っていた。


「やべ! バレた! こっちくんな!」


 そう叫ぶと、脱兎のごとく逃げ始めたではないか。


「待って!」


 逃げるのなら、追うしかない。


「奥さん、どういう事!?」


 ザガリーについて何の事情も知らないフィリスだったが、一緒に追う。


 今、ザガリーが逃げているのは、脅迫事件の犯人だからだろうか?


 WEB小説「毒妻探偵」のようにマムを殺そうとしている?


 わからないが、とにかくザガリーを追うしかない!

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