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第20話 聞き込み調査用にクッキーを焼きます

 翌日、私は早朝に起きていた。公爵家のハーブ畑んl世話はテキパキと済ませ、キッチンに立っていた。


 手を洗い、小麦粉、砂糖、バターを計量中。細かい作業で間違えないように緊張気味だ。


「なんかこの時点でもいい匂いかも?」


 今、私はクッキーを作ろうとしていた。公爵家で食べる為ではない。これを片手に聞き込み調査をするのだ。前世で読んだWEB小説「毒妻探偵」のフローラの聞き込み方の真似だ。悪役女優顔のフローラでも、お菓子のおかげで聞き込みは成功していた。この異世界でも胃袋をつかまされると弱いらしい。


 前世ではお菓子作りは得意ではなかったが、今はフローラ・アガターだ。フローラの記憶を辿りながら、テキパキと腕を動かしていく。フローラは私と違ってお菓子作りが得意だった。


 生地も上手くできた。どうせだったら、型抜きも可愛いものにしよう。クマやハート、うさぎ型にくり抜くと、見た目だけでも華が出てきた。鉄板に並べ、オーブンで焼くだけだ。


 その間、洗い物を片付けながら、考えていた。マムに恨みがある人物を。前世で読んだWEB小説「毒妻探偵」の犯人・ザガリーはもちろんだ。脅迫状の第一容疑者もザガリーに決定だ。


 第二容疑者は誰だろう。再び「毒妻探偵」の記憶を掘り起こし、マムを恨んでいた人物を思い出す。


 一人は福祉作業所のスタッフのクリス。真面目そうな女性だが、悪徳福祉施設を経営していたマムに恨みがあっても不自然ではない。仕事に真面目だからこその恨みだ。


 その理屈で言えば、盲目のシンガー・マーシアも十分怪しい。福祉施設関連でマムに恨みがあっても筋が通る。ただ、マーシアが脅迫状を作成するのは難しい。マーシアが犯人の場合、誰か共犯者が必要だが、可能性としては低そう。


「あと誰だっけ?」


 オーブンの方から甘いバターの匂いが漂い始めたが、もう一人容疑者がいた。王宮魔術師エルだ。WEB小説「毒妻探偵」の中では、マムにプライドをへし折られ、逆恨みしている設定だった。確か王宮魔術師の中でも無能で、世間からも馬鹿にされている人物だったが、作中ではマムの呪いの儀式をし、実際それで殺人事件が起こったかのように見せかけ、調査を混乱させていた。魔術師エルはミスリードキャラといえよう。


 それにマムは魔術師エルに謝罪ができなかったと言っていた。まだエルがマムに恨みを抱いているの可能大だ。


「魔術師エルも怪しいわね。ま、とりあえずクリスから聞き込みを始めようか。ザガリーの様子も気になるわ」


 今後の方針も定まった時、ちょうどクッキーが焼けた。


 何枚か焦げたクッキーはあるものの、概ね成功と言ってもいい。匂いも最高だ。焼きたてのクッキーを一枚試食したが、びっくりするぐらい美味しい。


「お、あつあつでサクサクだ。普通のクッキーよりおいしいじゃん」


 そう叫んでしまった時だった。ブラッドリーがキッチンにいた。


「なんで、ここに?」

「いや、すっごいいい匂いが! あ、我慢できない!」


 ブラッドリーもあつあつのクッキーを一枚摘んだ。サクサクと咀嚼音が響く。束の間、ブラッドリーは無言だった。目元は少しうるうるとし、頬が赤くなっているのは気のせいだろうか?


「な、何? どうしたのよ?」

「うまい! フローラ、天才か? 君はお菓子作りが上手いな。胃袋をつかまされたぜ」


 そのブラッドリーの声は想像以上に大きく、キッチンの中に響いていた。窓の外の小鳥の鳴き声や風の音は完全にかき消されていた。


「このクッキー、うまい!」

「ちょ、食べないで。後で聞き込みに用に使うものよ」

「あー、うまい!」


 ブラッドリーは笑顔でクッキーを食べていた。あっという間に二枚も消えた。このままでは全部消えそう。急いで焦げた失敗作を渡したが、これもサクサクと咀嚼し「うま!」と感動した様子だった。


「フローラ、お前はすごいな」

「は?」

「こんなクッキーも作れるなんて、おもしれー女だ」


 一体、ブラッドリーのツボになぜハマったかは不明だったが、また溺愛モードに入ってしまった。


「おもしれー女だ。俺の為だけにクッキーを作れよ」


 クッキーを片手に甘いセリフを呟く。私に距離をつめ、熱っぽく見つめる程だった。


「クッキー作れる女なんて、いっぱいいると思う」

「いや、それを聞き込み調査に活かそうっていうのがおもしれー。お前、ただの公爵夫人ではないな?」


 ブラッドリーの青い目が私を捉えていた。ギクリとした。確かに今の私も中身は佐川響子。噂好きで女子高生の割におばさんっぽくて、モブキャラを自称する人物だ。


 さらにブラッドリーに熱く見つめられ、心臓がバクバクと騒がしい。まるで全てを見透かすような目だった。何か勘付いているのだろうか? フローラの中身は佐川響子である事実も。


「いや、それにしても、このクッキーは美味いわ。な、家に帰ってきたら、もっと作れよ」


 そう呑気に言い、クッキーをサクサクと食べるブラッドリー。すぐいつも通りに戻った。この様子では、何も勘付いていなさそう。


 その後、ブラッドリーはキッチンから庭に散歩に出た。私は一人残されたが、まだ心臓はバクバクとうるさい。


 フローラの中身がバレそうになったからか。それとも、ブラッドリーの溺愛フラグに心臓が跳ねたのか、わからなくなってしまった。


「わからない。まだ心臓がドキドキしてる……」


 たぶん、ヒロインの覚悟の覚悟が決まったからかもしれない。


 今までのブラッドリーの溺愛攻撃も、他人事といか、モブキャラ視点で観察していたが、今はヒロインの自覚が出てきた。溺愛展開も自分事として受け止めてしまったらしい。だから、いつも以上に心臓が跳ねたのだろう。


 その証拠に、私の中にいるフローラの「感情」は、素直に喜んでいる。今まで以上にフローラに同調しそう。


「困ったな……」


 それに、クッキーを褒めてくれた。こんな事は初めてだ。前世の佐川響子時代、いつも「いたっけ?」と言われるぐらい存在感がなかった。当然、誰かに褒められた事も一回もなかった。たまにテストで良い成績をとっても、学年一位には勝てない。SNSのフォロワーがついたとしても、何百万人もフォロワーがいるインフルエンサーには勝てないと、モブキャラとして弁えていたのに。


 ヒロインに覚悟を決めた途端、ブラッドリーへ好感度が少し上がってしまったから、困る。どんなゲス夫でも、完全な悪人でもないのも知ってたが。


「まあ、考えても仕方ない! 今は脅迫事件の調査だから!」


 腕まくりをし、熱が取れてきたクッキーを袋に包んでいく。不思議と、手を動かしていると、ブラッドリーの事なんて忘れてしまった。


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