第18話 脅迫状です!?
その後、ブラッドリーは公爵家によく滞在するようになり、壁ドン、頭ポンポン、「俺だけみてろよ」という台詞を吐き、溺愛展開に持っていこうとした。ますます離婚が遠のいていくが、そんなものはモブキャラには不要だ。
私はそんなブラッドリーから逃げ回り、マムと推し活ばかりしていた。今日も王都の劇場で推しが出演していた。マムと一緒に観劇中だった。
「リリアンナ、お前は俺だけをみてろよ」
推しの台詞に吹き出しそうになり、参った。単なるロマンス劇の台詞なのに、ブラッドリーとオーバーラップしてしまった。
あぁ、こんなイケメン王子様も推しとブラッドリーが似たような台詞を言っているなんて。推しが汚れれた気分だ。げんなりとしてしまった。
とはいえ、ロマンス劇は素晴らしい。数々の試練を乗り越え、ヒロインのリリアンナも幸せになり、大満足だった。ラストシーンは感動もの。思わずマムと一緒に号泣してしまう程だった。
「今日のロン様も素敵だったわね」
「そうね、マム。あぁ、尊いわ……」
劇が終わると、王都のティールームに向かい、推しについて語り合う。淹れたてのお茶よりも熱く盛り上がる。
「あのシーンの目の演技も最高だったよね」
「わかる! マムもそう思ってたんだね。もうきゅんきゅんする。はぁ、尊いわ!」
ティールームのスコーンやマフィン、クッキーやサンドイッチも楽しみながら、推しへの言葉が尽きない。語彙力がないのが恨めしいほどだ。
推しについて語っていると、時間の流れが早い。ブラッドリーについても全部忘れていた。離婚どころか溺愛展開に持ち込まれ、不倫証拠の隠滅や愛人ノートの謎も溶けていなかったが、まあ、いいか。今はともかく推しに夢中で、面倒なことは全部忘れてしまっていたが。
なぜかマムの表情が曇っているではないか。さっきまで推しについて語り、うっとりとしていたのに。そういえば、マムはティールームのお菓子も紅茶もあんまり楽しんでいない。
せっかく個室を借り、ティータイムを楽しんでいたのに、不自然だった。
「どうしたの、マム」
思わず聞いてしまった。何か悩み事があるみたい。悩み事といえば、自分の方も全く解消していないわけだが、推し活ですっかり忘れていた。モブキャラというのもあるが、私は基本的に悩まないし、自己肯定感いっぱいだし、落ち込みにくい性格だったが、マムは違うらしい。嫌われていたマムだったが、案外、繊細な性格なのかもしれない。
「じ、実は、最近眠れない。ちょっと鬱っぽい」
「えー、マム、大丈夫。もっと推し活する? 遠征したら、忘れるんじゃない?」
私の提案に、マムはゆっくりと首を振った。目も伏せ、長いまつ毛が目立っていた。
「やっぱり、懺悔室で神様に罪を許されたけれど、現実的にやった事がチャラになるわけでもないもの。酷い事ばかりしていたなって反省すると、胸が重いというか」
マムは本当に胸に手を当て、苦しそう。一方、私はクッキーをバリバリと噛む。マムの繊細さはよくわからない。
「考えすぎなんじゃない?」
「だけど、最近、誰かにつけられているような気がする」
マムはリスのように震えていた。思わず守ってあげたくなるような。マムがモテる理由も理解したが。
「つけられてる? 気のせいでは?」
「いいえ、しかもこんな手紙も投げ込まれていたの。本当はあなたと推し活する場合じゃないの?」
「えー?」
マムはバックから手紙を取り出す。私にも見せてくれた。
「え、何これ? は?」
手紙の内容を見て変な声が出た。手紙には「殺したいほどお前が憎い。いつか殺しにいく」とあった。しかも筆跡をわざと変えている形跡もある。手書きだが、ホラー風のフォントみたいで、気持ち悪い。
私は前世のWEB小説「毒妻探偵」を読んだから知っている。マムを恨み、本当に殺すような男が一人いる事は。
そんなバッドエンドは回避できたはずだった。マムは懺悔室で悔い改め、できる限りの謝罪もしていたが、まだ終わっていなかったのだろうか。
能天気に推し活をしていた私でさえ、手紙を読んで黙りこくってしまった。これはまるで脅迫状ではないか。
「マム、しばらく教会で暮らした方がいいかも」
「え、どういう事?」
殺される可能性大とは言えないが、イタズラの可能性は低い事やリスクを考えた方がいいと忠告した。
「そ、そうね。万が一って事もあるから」
「たぶん、教会に行ったら安心だと思う。私も一緒に神父さんに事情を話すから」
「フ、フローラ。ありがとう!」
こうして二人で教会へ行き、神父に事情を話した。神父は快く引き受け、シスター達と一緒に教会で暮らすことになった。教会に併設されている小規模な修道院で、ここだったら、犯人どころか、外部との接触も少ない。安全な場所だったが。
教会から公爵家までの帰り道、呑気な私も笑えない。劇場で推しのイラスト本なども購入したが、嬉しくない。
「脅迫状だなんて……。やっぱり犯人のザガリー、まだマムを殺すつもり?」
小さな声で呟くが、その可能性はゼロではない。離婚どころかバッドエンド回避も振り出しに戻った。「毒妻探偵」という名のスゴロク、一体どうすればゴールにつくのだろうか?
そんな事を考えつつ、公爵家に帰った。ブラッドリーの溺愛攻撃もウンザリとしていたが、今夜は仕事で帰ってこないはずだ。今夜は推しのパンフレッドを眺めてゆっくり過ごそう。そう思うと元気が出てきた。
早歩きで公爵家の門をくぐった時だ。フィリスとアンジェラが走ってやって来た。二人とも慌てた様子だった。時にフィリスの顔には汗も滲んでいるぐらい。
「おくさーん!」
いつも声が大きく、騒がしいフィリスだったが、今日はさらにリアクションが大きい。
「どうしたのよ、フィリス」
「奥さん、大変な事が起きましたよ!」
フィリスの大声に耳がキンとしたが、アンジェラは比較的冷静だった。さすがベテランメイドだったが、低い声で教えてくれた。
「奥さん、大変ですよ。うちに脅迫状が投げ込まれました」
「え?」
アンジェラの右手には、確かに手紙があった。いや、それは脅迫状?
「奥さん、どうしよう!」
「ちょっと、フィリス。落ち着いてちょうだい」
一応冷静さを保っていたが、全く笑えない。マムだけでなく、私にも脅迫状!?