第17話 モブキャラに溺愛展開は不要です
不倫の証拠一式を見つけたブラッドリー。顔は青くなっていたが、私を書斎まで呼び寄せ、どういう事かと問い詰めてきた。
「どういう事だ、フローラ」
確かにフィリスやアンジェラがいる食堂で問い詰めるのはふさわしくない。書斎に移動できてよかったとは思うが、この男、顔が真っ青だ。よっぽど不倫の証拠を見つけられてしまったのが不都合らしい。
「フ、フローラ、どういう事だ? なぜ、マムが持っている手紙を!? 隠し帳簿も見つけたとか!?」
ブラッドリーは自身の髪の毛をグシャリとかきあげていた。すっかり髪はボサボサ。せっかく金色の美しい髪もセットが取れてしまい、全くイケメンに見えない。
「マムから手紙受け取ったわ。あなたの酔いどれポエムが綴られてた。とても面白かったわ」
マムから入手した手紙は、十通もあったが、どれもマムの脚や胸を褒め称えていた。言葉だけみたら美しい。さすが恋愛小説家といえる酔いどれポエムだったが、内容の本質はスケベ親父の戯言。呆れたものだ。マムも冷静になって読み返すと「気持ち悪い」と吐き捨てていた。
もっともモブキャラで人の噂に目がない私。この痛々しい手紙は、ちょっと面白く、何度も読み返していた。
「そ、そんな……」
ブラッドリーは余裕たっぷりの私に、さらに顔を青くしていた。
「マムとは推し活友達にもなったの。すっかり仲良しよ。ふふふ、今日も一緒にロン様のイベントで楽しませて貰ったから。ああ、ロン様。尊い……」
推しのことを思い出すと、またうっとりとしてしまうが、ブラッドリーは、こんな私を怖がっていた。顔を青くし、わなわなと震えてる。
「お、恐ろしい妻だ。一体全体、なぜ憎い愛人と仲良しになっているんだ? フローラ、別人になったか? 頭でもうったな?」
さらにブラッドリーはこんな私を怪しんできた。距離をつめ、目を覗き込んできた。これはまずい。フローラの中身が佐川響子だとバレるかもしれない。
「頭は打っていないわ。ただ、懺悔室で悔い改め、生まれ変わっただけ。愛人という敵も愛すわ。右の頬を打たれたら、左の頬も差し出すから」
適当に宗教っぽいワードを並べて誤魔化そうとしたが、ブラッドリーは目を見開き、クスクスと笑い始めた。
これは開き直ってる!
動かぬ証拠を前にして、深呼吸もし、余裕たっぷりの目を見せてきた。
「フローラ、お前はおもしれー女だ」
その上、さっきより距離を詰め、艶っぽい声を出していた。息遣いが聞こえそうなぐらい近い。
「な、何を開き直っているのかしら? 不倫していたのだから、離婚してください!」
ついに言えた!
これで離婚し、平和なモブキャラライフを送れる!
それを考えただけで私の心臓はドキドキとしてきた。決してブラッドリーが距離を詰め、私を見つめているせいではない。
「いいや、俺は決して離婚しないよ」
「は!?」
その言葉に、今は公爵夫人という事も忘れ、変な声が漏れてしまう。
「不倫をしていたのに、離婚しないとは? どういう事?」
「気が変わった。フローラ、きみはおもしれー女だ。あろう事か愛人と友達となり、不倫の証拠を見つけてくるような女。めちゃくちゃ面白い。俺の好みだ」
ブラッドリーの楽しそうな声を聴きながら、愕然とした。
前世で読んだWEB小説「毒妻探偵」を思い出す。確かブラッドリーは女の趣味が悪く、個性的かつ変な女が好きだった。マムを含め、歴代愛人が極悪だったのも、ブラッドリーの女の趣味が悪かったからだ。実際、殺人事件調査に熱中し、我を忘れたフローラに「面白い女」だとブラッドリーが惚れ直すシーンがあったではないか!
この時、気づいてしまった。自分がやってしまったミスを。こんな愛人と仲良くなり、証拠を集めた私。ブラッドリー好みのおもしれー女だったかもしれない!?
「気に入った、フローラ。お前はおもしれー女だ。やっぱり俺の女になれよ」
顔をスレスレまで近づけて、甘い声を出すブラッドリー。
「い、いえ。不倫だけでなく、その証拠を隠滅するような男は好きじゃないわ。嫌い」
そこまでハッキリと言えば。向こうは引くだろうと思ったが、キョトンとしていた。若干イラつくような表情だ。
「俺は今まで堂々と不倫をしていた」
「開き直るの、やめてもらっていいですか?」
「そんな不倫の証拠を隠すような事はしないぜ」
全く悪びれていないが、違和感が残った。だったら、探偵が調べても不倫の証拠が出てこない事実と、今までの不倫の記録が残っている愛人ノートが消えた理由は?
「愛人ノート? なんだ、それは。そんなものは知らないよ」
さらにブラッドリーはキョトンとしていた。おかしい。嘘をついているように見えない。その表情は若干イライラとさせるが、演技で作れる表情に見えない。
「だから、フローラ。俺だけを見ろよ。もう一度夫婦としてやり直そうじゃないか」
さらにブラッドリーは距離を詰め、私を壁際まで追い込むと、ドンと叩いた。そのはずみで本棚が軽く揺れた。
「おもしれー女だ。俺は、こういう女が大好きなのさ」
耳元でチョコレートみたいな甘い声を出すが、さすがにこの色気には、やられた。モブキャラの私には刺激が強すぎる。
こういう展開はヒロインにやってもらいたい。モブキャラに溺愛展開は不用です!
「いいえ、必ず離婚してもらいますからね!」
そう叫び、ブラッドリーの溺愛展開から逃げた。
書斎を飛び出し、ハーブ畑に向かう。もう夕暮れだったが、ミントの匂いを嗅いでいると、冷静になってきた。
「あー、やっちまった。まさか、ブラッドリーから溺愛展開……。本当に離婚したいのに……」
自分のミスも冷静に判断し、頭を抱える。リスク管理していなかった自分が悪いが、まさか向こうが惚れてしまい、離婚の壁になってしまうとは……。
「それにしても、本当に不倫の証拠隠滅はやってなさそうね。そこまで頭が良いタイプにも見えないし。っていうか愛人ノートは誰が盗んだんだ?」
それも謎だった。
「これは調査するべき?」
気づくと、もう陽が落ちて暗い。空に一番星が光っていた。