第16話 推し活も愛人と一緒です
「きゃー! ロン様!」
「素敵ぃー!」
ここは王都の劇場だった。とあるスター俳優のイベントがあるので参加中だった。会場には女性ファンが押しかけ、黄色い声が響く。うちわも揺れ、ファンがジャンプするたびに地響きも起きる。ものすごい熱気だ。
「きゃー、素敵! イケメン!」
「ね、マムさん、かっこいいよね!」
そんなイベントに私とマムが参加中だった。二人で特性のうちわも作り、きゃーきゃーと声援を送り、音楽に合わせてジャンプした。
あの後、すっかりマムと打ち解けてしまった私。ランチやカフェだけでなく、一緒にイベントまで行くようになってしまった。前世でいう推し活だ。この異世界にも推し活が流行っているらしい。どこの世界にも推しとファンはいるようだ。私もマムからロン様の存在を知り、すっかりハマってしまったというわけ。
こうして推しにきゃーきゃー騒ぐマムだったが、懺悔室から出た後は、真面目に生きていた。
まず、地元のいじめられっ子やお店への謝罪をした。その次は福祉作業所、恋愛カウンセリングの顧客にも誠心誠意、謝罪をしたという。元夫殺害の噂もキッパリと否定し、噂も薄まってきたという。
王宮でもトラブルがあったらしいが、さすが出禁も食らっていて、謝罪するチャンスを失ったそうだが、改心したマムに、教会も仕事を与え、推し活できるぐらいには生活基盤が整ってきたという。もちろん、不倫もやめた。今のところ、ブラッドリーには一度も会っていない。つまり、不倫を辞めた状態だった。
「やっぱり公爵さまみたいなゲス男よりも、ロン様が一番! ロン様、こっち向いて! 指さして!」
推しに黄色い声を上げ、騒ぐマム。呆れてくるものだが、これでいいのかもしれない。今は昔よりは周囲に嫌われていない。福祉作業所でクリス達にも謝ってる。とりあえず、殺人事件というバッドエンドは回避できた模様。
こんな簡単にバッドエンドが回避できて良いものか。客観的にみて疑問ではあるが、私も推し活頑張ろう。ステージの上で輝く推しに、うちわを振り、歓声を送り続けた。
「可愛い子猫ちゃん達! 愛してるよ!」
推しのセリフに、会場の熱気は最高潮だ。隣のマムも溶けかかっている。私もそう。
ああ、幸せ。尊い。推しを見ているだけで心が安らぐ。
しかもこの光景、女性ファン達はみな幸せそうではないか。
一生懸命、推しに声援を送り、眩しい笑顔を見せている。推しと同じぐらい輝いている。
平和だ。何という平和なのだろう。
それに客席という空間は、モブキャラの私にとって非常に心地がいい。しっくりする。この背景に溶け込んでいる感が、快感だ。
前世で推し活は中止していたが、こっちで推しが見つかってよかった。
「今日の推し、最高だったね、マム」
「ええ。フローラ。ロン様の笑顔の為なら、何でもできる! 推しの為にももう悪事はしない!」
イベントの帰り道、マムと腕を組んで、推しの素晴らしさを語る。この時間も最高だった。いつまでも推しについて語っていられるだろう。
そして、途中でマムと別れ、ホクホク顔で公爵家に帰った。
もう夕方だったが、イベントの余韻は消えない。私も口元がにやけ、推しの姿が頭から離れないものだ。
「ああ、尊い……」
公爵家の食堂に座っていても、そんな台詞が出てくるほど。うちわも手放せず、うっとりと目を細めていた。今日の光景を思い出してしまった。
「ちょ、奥さん。何やっているんでしょう?」
そこにハーブティーを持ってフィリスがやってきた。公爵家で採れたミントのハーブティーで、スッキリとした匂いが広がる。
「何って、推し活よ」
「もう、奥さん。何でうっかり愛人と仲良くなっているんです? 妻と愛人が推し活仲間だなんて聞いた事ないですよ」
フィリスのツッコミはもっともだ。清涼感のあるミントティーを飲みながら、少し頭が冷えてきた。
「そうですよ。奥さん、何をやっているんです?」
アンジェラにも突っ込まれ、声も出ない。
「離婚に向けてどうなっているんですか。せっかく探偵にも依頼したのに、何をしているんです?」
「アンジェラの言う通りですよ。離婚するまでは、推し活やめたら?」
メイド二人に突っ込まれ、ぐうの音もでない。
「確かに愛人と推し活はなかったわね。客観的にみたら、だいぶおかしい」
「もう、奥さん。案外、ボケていません?」
フィリスに突っ込まれても、今の中見は佐川響子なのだ。フローラのように、マムを憎んだり、嫉妬もできないのが現状だった。うっかり仲良くなっても違和感がないのだが、さすがにこれはやりすぎたかもしれない。
私は背筋を伸ばして座り直す。
「そうよね。推し活も楽しいけれど、離婚に向けて話を進めなきゃ。って言うか、マムと仲良くなったから、不倫の証拠と証言もゲットできているの」
「はー? そんな証拠のゲットの仕方アリ?」
フィリスはもっと呆れていたが、ブラッドリーがマムに送った手紙、貢ぎものの鞄、アクセサリーといった証拠は押さえていた。また、マムが独自に動いてくれて、ブラッドリーが貢ぐ為に使っていた裏帳簿も得ていた。証拠一式は書斎に保管され、あとはブラッドリーにつきつけ、離婚を迫るだけだった。長期的な裁判になったとしても、マムが愛人として証人に立ってくれる事も約束済みだった。
これにはメイド二人は驚いていた。二人ともポカンと口を開けている。
「お、奥さん。恐ろしい子! よく、愛人まで味方につけようと思いましたねー」
フィリスは若干怖がっていたが、アンジェラはウンウンと深く頷く。
「確かにこれは、探偵使ったり、自分で愛人調査するより楽だわ。チートじゃないか、奥さん」
アンジェラに褒められ、恥ずかしい。偶然、うまく行ったようなものだ。あの懺悔室がなかったら、この作戦はうまくいかなかっただろう。慌ててミントティーを口に含み、冷静さを保った時だった。
突然、食堂にブラッドリーが現れた。帰ってくると聞いていない。
私もメイド二人も困惑していたが、なぜかブラッッドリーの方が戸惑っている。目は泳ぎ、口もワナワナとしている。それに頬もいつもより青い気がする。せっかくのイケメンも台無しの様子だ。
「フ、フローラ! これは何だ!?」
ブラッッドリーは何かを目の前の突き出してきた。
それはマムから貰った不倫の証拠一式だった。書斎に隠しているはずなのに、ブラッドリーに見つかってしまった!
「こ、これは何だ……!?」
その声は震えていた。不倫を繰り返すゲス夫の声と思えないほどだ。とても弱々しかった。