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第15話 探偵より愛人を味方につけます

 翌日、私はまた教会へ向かっていた。


 あの後、福祉作業所ではブラッドリーがなんとか場を納め、寄付金も増額したらしい。ブラッドリーはまた仕事で公爵家に帰ってこなかったが、どうにか福祉作業所の方は平常運転に戻ったそうだ。


「解せない。ねえ、神父さん、この懺悔室は一体、何があるのかしら?」


 また懺悔室へ向かい、ことの経緯を説明していた。狭い懺悔室は鐘の音、聖歌隊の歌声が響き、少し耳につくほどだ。


 仕切りがあるせいで、神父の顔は見えない。雑音も響く場だ。私は神父の声に耳をすます。


「神様の赦しは、人間の意図や思考を超えるものです。別人のように生まれ変わっても、おかしくはないでしょう」

「それにしても」


 昨日のマムの変わりようは信じられない。


 やはり、この懺悔室に何かあるのだろうか。私は懺悔室の壁、床、仕切りなどを確認する。これといって何も出てこない。チート懺悔室だと思うのは、考えすぎか。


「さあ、奥さんも罪を告白しましょう。神様は赦してくださいます」

「いえいえ、私はいいわ」


 チート懺悔室かどうか確認しに来たとは、口が裂けても言えない。


 ただ、ブラッドリーもこの懺悔室に連れてきたら、あの男も反省し、スムーズに離婚まで動くだろうか。


 あるいは殺人犯(予定)のザガリーを連れてきたら、犯行を未然に防ぐ事は可能だろうか。チート懺悔室かどうかは置いといて、可能性はゼロじゃない。


「ええ、私はどんな迷える仔羊も受け入れますよ。あなたの旦那さんでも誰でも連れてきていいです」

「あ、そう。ありがとう」

「神様の豊かな祝福が在らんことを」


 ここで神父と別れを告げ、懺悔室から出る。無宗教の私は、ここから出たからと言っても、人が変わる事はなかったが。


「マムさん!」


 礼拝堂の隅にマムがいるのを発見した。礼拝堂は聖歌隊の讃美歌が響いていたが、人が変わったようなマムにはここも馴染んでいた。


「あら、奥さん」

「隣に座っていいかしら」

「どうぞ」


 側で見るマムの目。すっきりと晴れやかだ。福祉作業所でマウントをとってきた時と全く違う。


「私ね、懺悔室で今までの罪を告白して、悔い改めました。反省しているわ」

「そ、そうなんだ……」


 マムは幼い頃から美人でよく目立っていたらしい。取り巻きにチヤホヤされ、調子に乗っていたら、いつの間にか嫌われてしまった。かといって今更キャラ変も出来ず、いじめっ子となり、極悪女として生きてきた。


 地元ではいじめ、カスハラ三昧。王宮に勤めてもいじめやパワハラ暮らし。福祉作業所を運営しても、似たような結果。ついには恋愛カウンセラーになるが、顧客とのトラブルが多発し、ついには不倫に走る始末。


「亡くなった夫も愛していたわ」


 マムは涙ながらに語る。その言葉に嘘はなさそうだが、確か「毒妻探偵」では、マムが元夫を殺した設定だった。それが犯人がマムを殺した動機だ。犯人は殺された元夫に一方的に片思いしていたから。


「マ、マムさん。元夫は殺したっていう噂もあるんだけど?」


 探りを入れてみた。その答えによってバッドエンド回避の成功が決まる。


「私は殺していないわ。確かに噂に尾鰭がついてそう言う人のいる。けど、事故死よ。ちゃんと証明もされているから」


 つまり、犯人がマムを殺す動機がないってことではないか。


「ええ。懺悔室でも言えるわ。私は夫を殺してはいない。確かに気が動転しちゃって、救急を呼ぶのに時間がかかったけれど……」


 そのマムの横顔。寂しそう。頼りなさそう。私が甘いのかもしれないが、とても嘘をついているように見えない。やはりバッドエンド回避するべきだ。


 今のところ、どうやってバッドエンド回避させるかは思いつかないが、マムはこのまま改心し続けるのが良いだろう。


 再び聖歌隊の讃美歌が響いてきた。さっきまで演奏していた曲とは全く違うものだった。


「私達は神様に赦されています〜♪」


 そんな歌声が響き、マムの大きな目から涙が溢れていた。


「本当は私、悪い事なんてしたくなかったから。でも、自分が嫌いだったから。いじめもパワハラも不倫も抵抗なかったの……」


 鼻水もたらし、泣いているマム。思わずハンカチを差し出すと、マムは躊躇しながらも受け取った。


 前世のSNSで見た事がある。自己肯定感が低いと、犯罪をしやすいんだ。逆にいえば犯罪者は自己肯定感が全員低いという。


 確かにマムが不倫をした件は酷いとは思うが、自己肯定感の低さの結果と思えば、少しは理解できる。


「大丈夫よ。マムさんはこうして懺悔室で罪を告白できた。すごいと思うよ。もうヒロインになれるかもしれない」


 モブキャラの私はヒロインなど絶対お断りだが、マムは号泣。目も顔も真っ赤だったが、今がチャンスかもしれない。離婚に向けて協力を頼もう!


 私はこの隙にマムに頭を下げ、不倫の証言をしてくれるよう頼んだ。また、不倫の証拠になるものがあったら、できるだけ出して欲しいということも。


「え?」


 最初、マムは目を丸くしていた。涙もピタッと止まるぐらいだったが、礼拝堂のステンドグラスを見上げ、頷く。


「わかったわ。私、もう不倫は辞める。その証として、奥さんに協力するわ」

「本当? わー、マムありがとう!」


 思わずマムの手を取り、笑顔で喜ぶ。


「ちょっと、奥さん。手を握らないでよ。神様に赦されたから、そうするだけですからね」

「なんでもいいから、ありがとう! これで不倫の証拠があれば、離婚できるから!」


 無邪気に喜ぶ私に、マムは引いていた。


「奥さん、こんな人だったの? なんか、悪役顔なのにキャラ違くない?」


 マムの戸惑いも当然だろう。そう、今の私はモブキャラだ。それ以上でも以下でもない。


「なんか、今の奥さんは嫌いじゃないね」


 そんなマムとも打ち解けてしまい、この後はランチやお茶会も楽しんだ。その後に、無事に不倫の証拠も得られた。


 妻と愛人が共闘する。客観的に見たらおかしな状況だが、離婚してモブキャラライフを送る為には手段は選べない。


 もっとも殺人事件というバッドエンド回避方は全く思いつかなかったが、とりあえず離婚まで大きく前進だ。

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