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第14話 チート懺悔室、発動中

 マムは足が速い。貧困街をあっという間に駆け抜けていくが、私だって負けていられない。


 モブキャラの私だが、前世ではそこそこ運動をしていた。筋トレも好きだったが、フローラはあまり鍛えていない模様。少し走っただけで息が切れてしまうが、なんとか走り続けた。


 気づくと貧困街を抜け、王都の公園までたどり着く。


「待って!」


 そう叫んだ瞬間、マムも体力が限界だったのだろう。


 ゼイゼイと息を切らしながら、ベンチに座った。マムの髪も服もぼろぼろだった。さっきまではヒロインらしい容姿だったのに、ちょっと走っただけでも崩れた模様。


 私はとりあえず、公園の屋台で蜜柑ジュースを買ってきてマムの隣に座った。


「ジュースなんて要らないから!」


 悪態をついてジュースを拒否するマムだったが、今日は雲も少なく、日差しも強い。喉の渇きには勝てなかったらしい。ちびちびとジュースを飲んでいた。


 私も飲む。走った後のジュースは美味しい。今は悪役顔の私だが、ニコニコしながらジュースを飲んだ。


 あぁ、平和だ。公園では子供がはしゃぎ、鳩も集まっている。空は綺麗に晴れ、屋台の客引きの声も賑やか。


 とても事件など起きそうにない光景。私が切に求めているものだ。こんな平和だったら、私のモブキャラライフはどんなに幸せか。


 ちらりと隣にいるマムを見る。ジュースをちびちびと飲んでいる姿は、本当に子供みたい。とても愛人に見えないから困る。マムの世間での悪評も、信じられない。噂に尾鰭がつき、盛られている部分もあるかもしれない。


 私の当初の目的は離婚だ。離婚してモブキャラライフを送りたいだけだったが、バッドエンドを回避してもいいだろうか。殺人事件発生という名のバッドエンドを。


「私ね、本心ではブラッドリーとか不倫とかはどうでもいいの。ただ、こうして平和に暮らしたいだけなの。マムさん、どう思う?」

「え、公爵さまと不倫はどうでもいい? どういう事?」


 マムは目を丸くし、ジュースのカップを落としそうになっていた。


「ええ。正直、貴族暮らしもあっていないし、モブキャラとして平和に暮らしたい」

「モ、モブキャラ? 失礼だけど、あなた悪役顔では?」

「本当に失礼ね。どちらといえば、マムさんの立場の方が悪役では?」


 これにはマムも黙りこくってしまったが、公園の中心部では何かイベントが始まって騒がしい。イベントは役者の即興劇らしく、お姫様役と王子様役がロマンスを演じていた。


 私は劇には興味はないが、マムは食い入るように見ていた。子供の頃からロマンス劇が好きだったらしい。


「私、ずっとお姫様になりたかった。あの劇みたいなヒロインに」


 そのマムの声は掠れていた。口元も引き攣り、せっかくの劇も楽しんではなさそう。


 ヒロインになりたかった女が、今は愛人役をしている。その心境を想像すると、私も何も言えない。それどころか、余計にバッドエンドを回避したいと思うから困る。


「ヒロインになりたかった。公爵さまは、私の事が一番好きって言っていたのに」

「そう」


 あのブラッドリー、マムにも一番好きと言っていたのか。不倫男の口の軽さに呆れてくるが、マムも百パーセント悪人ではないらしい。どちらかとえば、偽りの愛の言葉を吐いたブラッドリーも悪い。メンヘラを拗らせていたフローラも善人ではない。完全な悪役も、完璧な善人もいないのだ。モブキャラの私、客観的に見てもしみじみと実感した。


「ねえ、マムさん。今からでも、ちゃんとヒロインになりたくないですか?」

「え?」


 マムははっと顔を上げた。


「私はモブキャラがいいけれど、あなたはヒロインにならない?」

「でも私、あなたの旦那さんと寝るような女よ」


 心の中でガッツポーズした。マムから不倫の証言は引き出せた。このまま上手くいけば、愛人からの証言だけで離婚できる可能性もある。


「こんな不倫しているような女よ。もうヒロインになるとか、今更無理……」


 マムは小さな声でそう呻くと、両手で顔を覆っていた。


 なるほど、マムは不倫の結果、自己肯定感がかなり低くなっているのか。当たり前だ。不倫している自分が大好きって言える人は少ない。故にマムがかわいそう。元々自己肯定感が低いから、不倫するような男の言葉を信じてしまった可能性もある。卵が先かニワトリが先かは不明だが、同情の余地はある。ほんの少しだけだが。


「大丈夫よ。今からでも悪いことをやめればいい。そうすれば、自分の事が好きになれるよ」

「そんな、今更……」


 またマムの目が潤んだ時だった。鐘の音が響いた。教会の鐘だった。この公園は教会の近くだったらしい。


「とりあえず教会の懺悔室で罪の告白をしてみたら?」


 何の気なしに提案した事だった。私はマムと一緒に教会へ向かう。


 マムは懺悔室、私は礼拝堂の隅に向かう。礼拝堂では子供の聖歌隊が讃美歌の練習をしていた。美しい歌声だ。子守唄としてもぴったりで、リラックスしてくる。


「うーん、いい歌声。むにゃむにゃ……」


 うっかり昼寝しそうだ。頬をつねり、どうにか目を覚ましていると、マムが懺悔室から出てきた。


「うん?」


 そのマムの顔を見て驚く。まるで憑き物が取れたかのようにスッキリしていた。頬もツヤツヤ、目も輝き、口元は笑みが溢れている。


「私、神様に罪を許されました!」

「ああ、へえ。そうなの……?」


 この変わりよう。無宗教の私は、ちょっと引く。


「奥さん、私は悔い改めます。今日から生まれ変わるわ。愛人ではなく、ちゃんとヒロインになります!」


 そう宣言するマム。今までと別人だ。このまま不倫の証言も可能だろう。離婚まで大きな一歩だったが、解せない。この変わりようは何?


「まさかあの懺悔室、何かあるの? どういうチート!?」

「まあ、奥さん、何を言ってますの? 私は神に赦され生まれ変わったのよ」


 全くわからない。マムの変わりようは、人間業では不可能だ。やはりあの懺悔室何かある。チート懺悔室?

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