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第13話 愛人とご対面

 福祉作業所は王都の貧困街にあり、周辺の雰囲気は暗い。ホームレスも歩いてる。ブラッドリーは私を庇うように前を歩いていたが、これもおそらく演技だろう。


 作業所は木造のボロ屋だったが、中は案外綺麗だった。利用者の障害者が手芸品を作り、空気も和やか。


「こんにちは。ここのスタッフのクリスです。いつも寄付金ありがとうございます」


 女性スタッフのクリスに声をかけられて、一通り作業所の中も案内して貰った。クリスはいかにも真面目そうな若い女だった。ブラッドリーはクリスに作業所の運営や資金について熱心に質問していた。


 この男、福祉への興味は演技ではないらしい。不倫を繰り返す男でも、根っからの悪人とは言えないのだろうか。


「おにーちゃん!」

「遊んで!」

「あたしの手芸品、見て! 褒めて!」


 しかも障害者の子供にもモテていた。子供の視線に合わせてしゃがみ、手芸品を褒め、脚が不自由な子供と一緒にトイレも行っていた。話すのが不自由な子には筆談だけでなく、手話もやってあげていた。


 解せない。本当に下衆な不倫男の言動だろうか。それとも、これも演技なのか。単なる偽善か、根はいい人なのかわからなくなってきた。


 一つ私でも言える事は、腐っても貴族なんだろう。不倫男とはいえ、品はいい。言葉遣いや態度は洗練されている故、演技なのかどうかもわからない。


「すごいな、君。本当に手先が器用なんだね」


 笑顔で子供に接するブラッドリーは、不倫の証拠を隠すような男にも見えない。


 揺らぐ。本当に不倫しているのだろうか。フィリスが言うように潔白の可能性もあるのだろうか?


 そんな事を考えていたら、クリスに怪しまれてしまった。私も子供達に声をかけた。と言っても、今の私の容姿は悪役女優顔のフローラだ。子供に泣かれてしまった。


「フローラ、ここは俺に任せろ」


 ブラッドリーは泣いている子供をあやし、フォローして貰っている間、大人の利用者がいる作業台へ逃げる。


「こんにちは。初めまして、公爵夫人」


 盲目のマーシアに声をかけられた。確か「毒妻探偵」の中では容疑者キャラの一人だったが、彼女は潔白だった。


 盲目だが、なぜか瞳はハッキリと大きく、手芸も頑張って取り組んでいた。


「ま、まーしあ! すごい!」


 その隣のザガリーもいた。犯人のくせに、今は障害者の演技を頑張ってしている模様。大根演技にしらけてきたが、ここで何か勘づかれたら困る。


 私も大根役者だろうが、精いっぱい笑顔を見せ、マーシア達と手芸を楽しむ。


「マーシア、手芸って面白いわね」


 しかし、なぜかマーシアは返事をしない。見えないはずなのに、じっと私の方を観察していた。見えない何かを見透かすような。思わず背中がゾクっとしてきた。見た目は天使のように可愛らしいのに、それだけではない?


「奥さん、貴族の中では毒妻とかサレ公爵夫人って噂されているんですよね?」


 マーシアの声は囁くように小さい。シンガーをやっているだけあり、その声も綺麗だった。


「そうみたいね」

「いやね、あの不倫している公爵さま。あれは演技だと思うわ。普通ね、わたし達のような障害者にあったら、引いているもの」


 ドキッとした。自分も完全なフラットに彼らを見ているかと言われたら、自信を持って頷けない。


「あの公爵さまは悪い男だと思う。奥さん、気をつけて。騙されないでね」

「え、ええ」


 マーシアの言葉を鵜呑みにするわけでもないが、ブラッドリーを潔白と断定するのは早い。とにかく今は泳がせ、離婚に至るまでのボロを出すまで待った方がいいかもしれない。


「きゃー!」


 その時だった。作業所の中に悲鳴が響く。


「何事?」


 利用者達が裏庭の方に逃げていて、クリスもいなくなった。あろう事かブラッドリーも逃げた。


 その理由はすぐにわかった。作業所の入り口に愛人・マムが立っていたからだ。


 見た目は清楚な女だ。白いワンピースも似合う。栗色の髪はゆるく巻かれ、一見お嬢様風だ。小柄でもある。ヒロイン顔だ。悪役女優風のフローラとは、月と太陽ほどの差がある。


 しかしその目は邪悪だ。天使のようなマーシアと接した後では、目元が険しく見えるし、口元も歪んでいた。


 確かこのマム、悪徳福祉にも関わり、障害者やスタッフからも嫌われていた。ここにやって来たのも、嫌がらせか。ブラッドリーが慈善活動をしに来たと知り、ノコノコやって来た可能性もある。妻にマウントを取る為に。


「あら、惨めはサレ公爵夫人がいるわ。とっても不幸そう。公爵さまに浮気をされているなんて」


 そのセリフで確定だ。マムはマウントをとりに来たのだ。


 前世でみた修羅場系サレ妻SNSでも、愛人が嫌がらせに来るシーンを何度も見た。この世界でも珍しい事ではないのだろう。


 かえって冷静になって来た。相手の意図がわかれば、対処のしようがある。それに、前世では愛人のSNSもチェックしていた。愛人は愛人でメンタルが病んでいた。不倫男の言葉に縋り、現実ではまったく離婚もしないのに、偽りの愛をダラダラと引き伸ばすから。


 サレ妻もかわいそうだが、愛人だってある意味では、かわいそう。愛人契約で金銭が貰える事情でもなければ、好き好んで不倫しているわけでもないだろう。


 モブキャラの私だ。客観的に見たら、どっちが良いとか悪いとかジャッジできない。それにブラッドリーがここの子供に優しかったように、マムも根っからの悪人なのかはわからない。決めつけられない。


 それに単にマムが現れただけだ。不倫の確固たる証拠とも言えない。ブラッドリーに一方的に片想いされている可能性も捨てきれない。グレーだ。だとしたら、私だって勝手に誰かから不幸と決めつけられる必要もないはず。


「いいえ、私は不幸な女ではないわ」


 マムに近寄り、ハッキリと言う。離婚して気楽なモブキャラライフを送れるのなら、私は絶対不幸なんかじゃない。


「な、サレ妻のくせに。何言ってるのよ、貴族社会でも笑いものにされている自覚ある?」


 マムも言い返してきたが、前世のSNSみたいに全世界に炎上するより、貴族連中に笑われているほうがマシじゃない?


 そう思うと背筋が伸びてきた。


「あなたに同情されなくても大丈夫よ。私は(※モブキャラライフを送れるのなら)十分、幸せだから」


 ニッコリと笑うと、マムは後退りし、今にも泣きそうな目を見せた。目元が潤み、そこだけは子供みたいだった。


「うん?」


 その目を見ていたら、この愛人、根っからのサイコパスでもないのだろうかと思う。もしかしたら、前世のSNSの愛人のように、偽りの愛に縋り、涙で枕を濡らす夜もあるのだろうか。


「マムさん、大丈夫? 具合でも悪い?」


 私はマムの肩に手を置き、軽くゆすった時だった。


「うぅ……」


 マムの目から涙が溢れていた。ポロポロと、綺麗な涙だ。


「そ、そんなサレ公爵夫人が同情とかしてくるな!」


 捨て台詞とともにマムは逃げていくが、今の涙はなんだろう?


 心配だ。前世で見た愛人SNSでは、メンヘラが悪化し、リストカットしているアカウントもあった。このまま放置したら、最悪な選択を取るかもしれない。


 もしマムが自暴自棄になったとしたら、離婚はおろか、私のモブキャラライフも難しいかもしれない。


「マムさん、待って!」


 気づくと足が勝手に動き、マムを追いかけていた。


 なぜ妻が愛人を追っているのだろうか。客観的に見ておかしい。だいぶおかしいが、足が勝手に動くから困る!


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