第12話 モブキャラに溺愛フラグ!?
私はモブキャラ。決してヒロインになれない。いえ、なれなくていい。前世でも人の噂を楽しんでいたが、人の恋も応援できた。友達に彼氏ができた時も嬉しかった。それでいい。モブキャラは決して目立たない故、嫉妬や憎しみとも無縁だ。実に平和だ。そこが何よりも愛おしい。
そう、思っていたはずなのに、今日はブラッドリーと二人で外出中だった。残念ながらデートなどではない。憂鬱な行事だ。公爵家の慈善活動で、夫婦で福祉作業所に行くことに。
福祉作業所は王都でも貧困街に追いやられ、馬車で移動しているところ。
慈善活動の移動で使う馬車だ。あまり豪華な馬車も使えず、時々、石に躓き、停止することがあった。
中も狭く、ブラッドリーが真横に座っていると少々暑い。ブラッドリーの今日の服装は地味な白シャツとズボンだ。慈善活動なので、派手な服装もできない。髪型もラフにまとめていたが、香水の匂いがした。相変わらず顔立ちも整い、まつ毛もバサバサと長い。そばで見るとよくわかる。
「フローラ、慈善活動は大事だ。世の中には差別や貧困で困っている人もいる。我々がこの立場でいるのも、運がいいだけだ。社会的責任をまっとうするべきだと思う」
そんな耳障りの良い事を語るブラッドリー。元々慈善活動には熱心だったらしい。フローラの記憶を辿ると、慈善活動では子供や病人、ホームレスにもよく好かれていたらしい。
しらけてきた。偽善とは言えないが、不倫を繰り返す男の言葉だと思うと、芝居の台詞に聞こえる。
モブキャラの私、こんな風に観察してして冷めているが、フローラにはこのブラッドリーがイケメンに見えるかも。フローラの「感情」はキュンとしている模様で、ため息が出てくる。
「ところで、あなた。最近はどう。お仕事の方は」
少し探りを入れる事にした。フィリスが言うように本当に潔白なのか、見極めたい。
ブラッドリーの目はこちらを見ない。馬車の窓の方を向いていた。
「ああ。締め切りもあって忙しいんだ」
「そう」
怪しい。一切、こちらの目を見ないが、ここでもう一回、北風と太陽作戦に出てみた。
「お仕事お疲れ様です。私はミントの間引きばっかりしていたわ。あんな小さなミントの葉を見ていると、メンヘラなんてしないで、真面目に生きようと思うわ」
軽く微笑み、ブラッドリーの表情を観察する。微かに青い目がかげった。これは何か罪悪感を持っているかもしれない。
しかし、不倫男らしく、浮ついたセリフを連発してきた。
「フローラ、瞳が綺麗だよ」
「フローラの髪の毛が美しい」
「その笑顔は天使のようだ」
「フローラ、愛してる」
甘いセリフに反し、ブラッドリーは一瞬でも私の目を見ない。絶妙に視線をずらし、口元はわずかに緊張している。
フローラの「感情」は、この甘いセリフに大喜びしていた。「溺愛フラグたった!」とテンション高くなっていたが、今は佐川響子の「自我」が勝つ。ブラッドリーの甘いセリフの数々も、不倫の隠蔽工作とみて間違いない。
「そんな微妙な顔するなよ。俺はフローラが一番好きだ」
つまり二番目がいるという事だ。これは、不倫をしている。フィリスみたいに、潔白だとどうしても思えない。
前世で見たSNSでも、彼氏の言葉ではなく、行動を信じろとあった。それを思い出すと、ブラッドリーの言葉を鵜呑みにできないと思った時だった。
馬車がガタガタと揺れ、止まった。どうやら、また石に躓いたようだが、今回は車輪に不備も見つかったらしく、なかなか動かない。
馬車の中はしんと静かだ。外の鳥の鳴き声は聞こえてくるが、この狭い中で沈黙はつらい。一度、咳払いしたが、余計に変な沈黙が流れた。
「フローラ、やっぱりお前が一番好きだよ」
その沈黙を誤魔化すように、ブラッドリーが言う。今度は顔を近づけ、吐息混じりに言ってくるではないか。
さすがにモブキャラの私、これは刺激が強い。フローラの「感情」と同調し、心臓がドキドキと跳ねてくるから、とても困る。
「に、二番目は誰?」
「そんなもんはいない。フローラは唯一絶対の一番さ」
ブラッドリーの目は潤み、さらに香水の匂いが鼻をつく。
フローラの「感情」派手に喜んでいる模様だ。こっちまで伝染してきて非常に困った。
「フローラが一番さ」
しかも私の頭をポンポンと叩く。これは前世の少女漫画でよく見たシチュエーション。フローラの「感情」は「もう、無理……」と壊れた様子。
それは私も同じ。モブキャラの私、ヒロインみたいに溺愛されている様子が全くわからない。人の恋は応援できるのに、自分については訳がわからない。
やはり、ブラッドリーは潔白?
こんなヒロインみたいな溺愛フラグが立っている。冷静に観察しているつもりなのに、ブラッドリーが潔白か不倫しているのか、よくわからなくなってしまった。もし、不倫していてわざとこんな事をしていたら、相手は相当狡猾だ。不倫の証拠を掴み、離婚まで持っていく事は可能だろうか?
そんな事を考えているうちに、馬車が動き始めた。今度は石に躓く事もなく、あっという間に目的地についた。
「という事でフローラ。ここでは、ちゃんと仲良し夫婦を演じろよ。さっきの俺みたいにな」
馬車を降りる時、ブラッドリーが低い声で言う。さっきの溺愛フラグは、演技の見本を見せただけらしい。あるいは単にからかっていただけかもしれない。
「ええ、わかったわ」
なぜか、ホッとしていた。やっぱり、モブキャラには溺愛フラグなんて無理!