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第10話 探偵を味方につけます

 前世で探偵というと怪しいキャラのイメージだ。トレンチコートや虫眼鏡といったステレオタイプなイメージも強く、思わず身構えたが。


「これはすんごい豪華な公爵家だな」


 客間にいるテレンス探偵は、田舎者っぽかった。


 年齢は五十歳ぐらいだが、イントネーションは訛り、顔も真っ赤。髪もボサボサで、土だらけのジャガイモみたいな雰囲気だ。服装も一応、スーツを着用していたが、埃や土がつき、この王都ではかなり目立ちそう。


「お父ちゃん、そんなじろじろと家の様子みんといて」

「だがな、フィリス。こんな家、田舎では絶対ないぞ」


 探偵はフィリスの父親でもある。二人の会話はほのぼのとしている。全く緊張感もない。果たしてテレンス探偵を味方にしていいか不明だったが、一応、事情を話す。


「そっかぁ。不倫か、つれーな」

「そうだよ、お父ちゃん。フローラ奥さん、ずっと我慢してきたんだ」


 なぜかテレンス探偵は涙目で同情し、フィリアも同調していた。解せない。客間の空気はすっかり湿っぽくなってきた。本当にこの探偵に依頼しても良いものだろうか。


「まあ、正直、愛人調査は奥さんがやった方がいいね」


 テレンス探偵、私の思考を読んだのだろうか。頭をボリボリかきながら、さらに不安になるような事を言う。


「探偵は、女の方が向くんだよ。特に聞き込みはそう。女には油断する人が多いからね。俺より、女の方がペラペラ話してくれるだろう」


 探偵が言っていいセリフだろうか。私は頼りないテレンス探偵に咳払いした。


「聞き込みの時は、気さくなおばさんキャラを演じるといい。美女とかはダメだ。あと、お菓子あげたり、一緒に容疑者と食事するのもいいだろう。食べている時は人って無防備になるから」

「お父ちゃん、なぜ、そんな事を? 私たち、プロの探偵にお願いしたいって言ってなかった?」


 フィリスのツッコミはもっともだったが、なぜかテレンス探偵は、私に愛人調査しろとせっつく。探偵業マニュアルまで見せてくるが、困ったものだ。


 確かにWEB小説「毒妻探偵」でフローラは謎を解くが、モブキャラの私は無理だ。いくら前世の記憶があって犯人がわかっていても無理だ。そんな主人公とかヒロインみたいな事はお断りです!


 そんな事は口が裂けても言えないが、テレンス探偵に頼み込み、ようやく仕事を引き受けてくれた。


「わかりましたよ。ではもっと詳しくお話を伺いましょう」

「お父ちゃん、ちゃんと奥さんの話聞くんだよ」

「わかってるって」


 この後、フィリスは客間から出て行き、私は細かく現状を伝え、テレンス探偵はメモを取っていた。


「ほう。不倫の証拠やその愛人ノートというのも消えているのかい?」

「ええ、おそらく向こうは証拠隠滅をはかっています」

「うーん、これはかなり狡猾だな」


 探偵にまで狡猾と言わせるブラッドリー。さすがに呆れてくるが、テレンス探偵はこの家にブラッドリーの部屋もみたいという。


 私もブラッドリーの部屋には入った事はない。それはさすがにマナー違反な気がしていたが、もう別邸へ調査まで行ってる。今更、前世のようにプライバシーとかコンプライアンスとかを気にするのは無駄だろう。


 それに離婚し、モブキャラライフを送るためには手段を選んでいられない。


 という事でテレンス探偵と二人でブラッドリーの部屋へ。


 書斎の向かいにある部屋だったが、日当たりもよく掃除も完璧だった。もうフィリスたちが掃除で出入りしていると思うと、勝手に入っても罪悪感が持ちにくい。


 作家をしているだけあり、本棚には小説がたくさん詰め込まれていた。他にも絵画やツボなどセンスのいいインテリアも光っていたが、テレンス探偵は手袋をつけ、さっそく引き出しの中身を確認していた。


「どう、何かある?」

「うーん、小説の構想メモばかりだ。あとは編集部やファンからの手紙しかない」


 テレンス探偵の眉間に皺が寄っていた。


「本当? よく見た?」

「見たよ。ないものはないね」


 そう言ったテレンス探偵は、本棚や絵画の裏も確認していたが、何も出てこないという。


「奥さん、そうガッカリしなさんな。人が何かを隠す時は、ベッドの下を頼るのさ。思春期の男子に聞いてみるがいい。全員、ベッドの下と答える」


 テレンス探偵はニヤリと笑い、ベッドの下に手を伸ばしていた。


「うー、届かない!」

「大丈夫?」


 無理矢理手を伸ばしたせいか、テレンス探偵の顔はいつも以上に真っ赤だったが。


「お、なんかあったぞ!」

「本当?」


 テレンス探偵は息を切らしながらも、見つけた何かを渡してくれた。それは一冊のノートだった。愛人ノートではない。日記帳だった。


「これ、見ていいの?」

「不倫の証拠があるかもしれない。奥さん、どうぞ」


 うながされ、日記のページをめくる。日付はフローラとの新婚の年。


 読んでいると、全く笑えない日記だった。そこには公爵家の長男として生まれた重圧、監視社会のような貴族コミュニティの辛さ、小説家として人気を維持していく苦悩も綴られ、私の口元は引き攣る。一ミリも笑えない。まさかブラッドリーにこんな一面があったとは。敵キャラではなく、人間らしい一面だった。


「奥さん、どうした?」


 テレンス探偵の声も無視し、日記を読み込んでしまう。あれほど好き勝手に不倫をしていたブラッドリーだったが、心は孤独だったらしい。


 これは公爵夫人とし、誰にも頼れず、ひとりで愛人調査をしていたフローラと全く同じではないか。似たもの同士の夫婦だったのに。なぜか協力できない現状に、客観的に見て、呆れてくる。


 しかも日記の最後のページには、フローラへの謝罪の言葉も綴ってある。冷え切っていたとはいえ、夫婦の絆はあったらしい。ブラッドリーもサイコパスでもなく、良心は痛んでいた。


 そう思うと、胸が痛い。フローラの「感情」がそうさせている。彼女の気持ちに同調し、泣きたくなってしまったが。


「テレンス探偵、引き続き、不倫調査をお願いします」


 しかし、私の口から出た言葉は、実に冷静だった。そう、今は佐川響子の自我の方が強い。この日記を見ても、当初の目的は忘れてなかった。


 そう、離婚だ。離婚して、平和なモブキャラライフを満喫するんだ。


 これが今の私の一番の目的!


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