5.ぼくが成仏できない理由、の話(前半)
《ぼくね、自分が成仏できない理由が、何となくわかってるの》
「成仏できない理由……」
《うん。ぼくって、ほら。こんなんでしょう》
こんなん、というのはおかまのことだよな。
《このことではずいぶんと長い間苦しんできたのよね……》
ヤナギさんが遠い目をする。その目は少し寂しそうに見えた。
《ぼくね、自分が他の人とは違うかもしれないって、けっこう早い時期から気づいていたの。中学生の時は、みんなが女子の話題で盛り上がってるのに、ぼくだけは野球部のエースの子にドキドキしてたわ。もちろん、誰にも言えなかったけど。想いは胸の内に秘めていたわ。いじらしいでしょう?》
そういうのはいじらしいとはちょっと違うんじゃないか。
と思ったが、とりあえず頷いておいた。
《それに大人になれば変わるかなっていう思いもあったの。ノーマルに女性へ恋愛感情を抱くようになるんじゃないかって。でもね、そうはならなかった。むしろどんどん大きくなっていった。気持ちを抑えこんでいたから、余計そうだったのかも。大学を卒業して社会人になってからもずっと悩んでいたわ。だけど本当の自分を隠して偽っているのが、どんどん苦しくなってきて、思いきってニューハーフ・バーへ転職したの。もうね、最高だったわよ! だって何も隠す必要はないんだもの。ありのままの自分を出していいんだもの。もっと早くこの世界に飛び込めば良かったって思ったわ。同じ悩みを持つ者同士、初めて相談もできた。とにかくぼくの人生はこれからなんだ! って感じたわ》
「そこで、交通事故。死んじゃった……」
《違うわよ! 勝手に殺さないでよ! 夜の世界に入ったのは五年前よ。それで私生活は満たされたんだけど、親よね。親にはどうしても本当のこと言えなかった。実家に帰った時には普通を装うしかなかった。だってそうでしょう? 大学まで出した息子が、あ、ぼく、弟と二人兄弟なんだけど、とにかくその息子がおかまになったなんて知ったらどう思う? 「がっかり」なんてたった四文字じゃ表せないんじゃない? 結局言えずに、親の前では普通を通した。それはそれでキツかったわ》
そりゃそうだよな。
もし自分がおかまになったとしたら、やっぱり親には言えない。
お盆休みの帰省先、数ヶ月ぶりに家族みんなで食卓を囲んだ時にそんなカミングアウトしたら、きっと茶碗が飛んでくる。
世の中は多様性だの、ジェンダーレスだの言っているが、いざ当事者となったら話は別なのだ。
《タダクニくん、親の楽しみって何だと思う?》
楽しみ?
ふいに質問されてタダクニは宙を眺めた。
《ぼくが思うにはね、成長した子供と大人の会話をするのって最高の楽しみだと思うの》
「一緒にお酒飲んだりとか」
《そう。そういうヤツ。父親と息子だったら仕事のことを話したり、母親が娘から恋愛の相談を受けたり、子育てのコツを教えたり。それって自分の残した遺伝子、自分の分身の成長を見るようで、極上の喜びを感じたりすんじゃないのかなあって。それが親孝行ってものなんじゃないのかなって》
そう言われれば、そうかもしれない。
《で、ぼくはそういうのを何ひとつやってこなかったの。親と、特に父親よね、大人の話をしなかった。最初に就いた仕事の時はそんな話、ほとんどしなかったし。ましてやニューハーフ・バーに移ってからなんて、余計に話せないじゃない。実際はそれどころじゃなかったけど。仕事で女性の仕草が身に付いちゃってるでしょう。親の前でそれが出ないように気をつけるのに必死だったわ。初めの二、三年は帰ってたんだけど、親の前で嘘つくのがどんどんしんどくなってきて、結局帰るのやめちゃったわ。だからぼく、大人になってから親とまともに話した記憶がほとんどないのよね……》




