1.エピローグ その1(翌日)
「どうだった?」
スマホを耳から外すのを見計らって千明が尋ねた。
「来れないって。今、静岡に向かってるところとか言ってた」
「そっか。残念」
ヤナギさんはピンクのドアの先、光に包まれて消えていった。
ちゃんと戻れたのかどうか、確かめる手段は何もない。
オレ達にできることは、無事に天国に行ってくれたと信じることだけだ。
もしも本当に天国坂なんて所があるとしたら、死んだ後、ヤナギさんにまた会えるかもしれない。
子供の頃、お寺で何があったのかについては、あの後千明と話し合ったが何の糸口も掴めず、考えても仕方ない、忘れることにした。
「ねえ、どうする? まだ時間、けっこうあるね」
千明が腕時計を見せてくる。
午後二時。
ゲイバーのオープンまで、まだ五時間もある。
今日の新宿御苑は休日にしては珍しく人出が少ない。
しかも天気も良い。間違いなく〝当たり〟の日だった。
タダクニは久しぶりに公園デートへ千明を連れ出した。
ここ数ヶ月、まともにデートへ誘ってもいなかったが、ヤナギさんとの一連を通して、千明ともっと向き合おうと思い直した。
――ありがとね。ちゃんとお礼、言えてなかったから。
ヤナギさんの言葉を思い出す。
感謝しなければいけないのはこっちのほうかもしれない。
「せっかくだからバラ園のほうまで行ってみるか」
「全然バラの季節じゃないよ?」
「ちょっとくらい咲いてるのあるかもよ」
「さぁ……どうかな」
「季節外れでも咲いてるヤツとかあるじゃん。そういうの探しながら歩くってものいいじゃん。行ってみよ」
タダクニは千明の手を取って歩き出した。
きっとこの先もケンカするだろう。
お互いの気持ちがわからなくて、ぶつかり合う時もたくさんあるだろう。
でも逃げずにちゃんと向き合えば、意外とうまく着地できる。
ヤナギさんが身を持って教えてくれたことだ。
「なぁ、ひとつ訊いてもいい? どうしてオレと付き合うことにしたの?」
「どうしたの、急に」
千明がわざとらしく吹き出し、半笑いでこっちを見る。
「いや、なんとなく思っただけ」
「そうね……初めて会った日のこと、覚えてる?」
もちろん覚えている。
ライブの後、喫茶店で声をかけたのだ。
「喫茶店から駅までの帰り道、定期入れ拾ったじゃない?」
確かにそんなことがあった。
「放っておけばいいのに、交番まで付き合わされたでしょ。あの時ね、『あぁ、この人は、人を見捨てない人なんだ』って思ったのよ。それがキッカケかな」
「そんなこと?」
「なかなかできないことよ」
千明が空を見ながら呟いた。
つられてオレも空を見上げた。
ふいに柔らかな風が頬を撫で、タダクニは立ち止まった。
空には白い雲がゆっくりと流れている。
あの空の向こうにヤナギさんがいるのだろうか。
天国坂があるのだろうか。
死んだらちゃんと辿り着けるだろうか。
再会できるだろうか。
――その時はよろしくな。
タダクニは心の中で呟いた。
「どうしたの? ひとつも咲いてなかったら、アイスおごりだからね。行くよ」
千明が腕を引っ張った。




