11.神社ではお静かに、の話(後半)
「ギャオギャ@&#×ギャン!!!」
振り向くと緋い目をした狛犬が追いかけてくる。なんでよ!
《タダクニくん! なんか追ってきてる!》
「いいから、構うな!」
《めっちゃ吠えてるわよ!》
「いいから、とにかく走れ!」
階段を駆け下り、鳥居を抜け、通りに出たぼく達はとりあえず右へ走った。
いくつか角を曲がったところで振り返ると、もう狛犬の姿は無かった。
見上げた空にも月が再び顔を出している。
《もう大丈夫みたい》
二人がぜぇぜぇと息を切らせて、その場にしゃがみ込む。
崇徳院の住職の呪文を思い出した。
あの時も怪しい闇みたいなのが目の前に現れたんだった。
あの時と同じだ。さっきの黒い扉は地獄への扉よ、きっと。
テレビの特集で見る神隠しは、ああいうところから連れて行かれるのかもしれない。
「何だったんだよ、あれ!?」
タダクニくんがブチ切れるのもムリは無い。
化け物が出てきて地獄へ落とされそうになったのだから。
《ごめん。でも地図にはあそこだって書いてあったのに》
「ごめんじゃねえよ。危うく地獄に連れて行かれるところだったわ! じゃ、地図が間違ってじゃねえのか」
《たしかに霊道はこの地図に書いてあるって渡されたわよ》
「霊道ってあの世の入り口だろ? 地獄の入り口の地図を渡されたんじゃねえのか?」
《まさか。そんなわけないでしょ。そんなことする理由がないじゃない》
「そんなのわかんねえだろ」
《わかるわよ。仏様よ? そんな意地悪なことするわけないじゃない》
「知るかよ! 仏様っつったって信用できねえだろ」
「二人ともいい加減にしなさいよ、こんな時まで。余計に時間なくなるよ。ね、ヤナギさん、もう一度その地図見せてくれる?」
差し出された地図を、千明は真剣な表情で見つめた。
「ね、神社、二つ書いてあるよね」
《ええ、そうよ。で、今の神社のほうに目印のバツがしてあるんだから、あそこのはずなんだけど》
「でも、この辺りに他に神社なんて無いのよ。タダクニ、アプリにも出てこないでしょ?」
「たしかに無いけどな。でもそれ古い地図だしな。そもそも書いてあることけっこう違うぜ」
「そうなんだけどさ。でも、神社が無くなるなんてあり得ないと思うのよね」
《どういうこと?》
「神社ってずっと昔からあるでしょ。それを取り壊すとか聞いたことない」
「でも、この地図には書いてあるぜ」
「それなんだけど。これ……ひょっとしてだけど、神社じゃなくて、井戸じゃないかな?」
《井戸?》
「そう、井戸。井戸の記号よ、井桁の井。地図が古いから、井の字がちょっと消えて神社の記号に見えてるだけとか」
「だとしても、神社に目印のバツしてあるんだぜ」
「……これさ。目印のバツじゃなくて、行っちゃダメのバツだったりとかしない?」
え。そんなことある? そんなトリッキーなことする?
「行っちゃダメのバツ。地獄に繋がってるから、か。あるかもしれないな」
《でも、神社じゃないとしたら霊道はどこになるの? 他に目印なんて書いてないわよ》
「だからこの井戸なのよ、きっと」
「なんで井戸?」
「幽霊とか心霊のスポットって言ったら水回りが定番でしょ。それに京都のお寺に霊界と繋がってる井戸があるって聞いたことがある。それと同じよ、きっと」
「……これか」
タダクニくんがスマホの画面を見せてきた。
京都、六堂陳妙寺にある『冥界通しの井戸』。
和泉式部を地獄から救い出した藤原たかむらは、この井戸を使って冥界へ行き来して――。
ホントだ。こんなのあるんだ。
《よく知ってたわね、こんなの》
「骨董品のショップ店員、侮ってもらっちゃ困るわ」
そう言って千明ちゃんが得意気に眉を上げた。骨董品とは関係ない気がするけど。
《じゃぁ、この井戸に行けばいいのね》
「スマホの地図に井戸は出てないから、一旦、神社まで戻って、そこからこの霊道地図を頼りに井戸を探すしかないな」
《戻る……しかないわよね。狛犬、うろついてたりしないわよね》
「神社の外にはいないと思う」
そう願うしかない。
「とりあえず今、ここどこだ」
タダクニがスマホで現在地を確認した。
そんなに走ってないと思うけど。
《よかった。たいして離れてないわね。二、三分で戻れそう。ちなみに、今何時?》
「九時十分」
《あと、十分しかない》
どうしてこうなるのよ。
さっきまで余裕だったのに!
「これに間に合わなかったら、どうなるって言ってたっけ?」
《地縛霊よ。二度と生まれ変われない無間地獄》
「そいつぁ……気の毒だな」
《他人事じゃないんだからね。もしそうなったら、あんたら二人を呪い続けてやるんだから》
「なんでだよ。勝手に帰ってたの自分だろ。八つ当たりもいいとこだぞ」
「そうよ。わたしはヤナギさんに散々奉仕してきたんだし、恨まれる理由なんて何ひとつないはずよ」
《冗談よ。いちいち真に受けないで。とにかくそうならないように急ぎましょ! ぼくを助けられるのは二人しかいないんだから。ね、お願い!》
文句を言う二人をなだめて、ぼく達はアプリを頼りに再び神社のほうへ走り出した。




