4.幽霊の 正体見たり 枯れ尾花、の話
幽霊の 正体見たり 枯れ尾花。
タダクニは幽霊の存在を信じていないわけではない。
テレビの特番で心霊特集をやっていれば、それを観て恐がったりもするし、夜道を歩いていて背後に得体の知れない気配を感じる時は、やっぱりそこには霊的な何かがいるようにも思う。
ただしテレビで霊能者が「あそこに幽霊がいます」みたいな発言をするのは、ほんまかいな、と思ってしまう。
こっちにわからないのをいいことに、適当なこと言ってんじゃないかって。
つまり、その程度だ。幽霊というのは、たぶん、いるんだろうなあ……と思っている。
希望的観点から言えば、おもしろいからいて欲しいなあ、と。
そして世の中にはそれが見える人間と見えない人間がいて、自分は見えないほうなんだ、と。
――二十歳までに幽霊を見なければ、一生見ることはない。
タダクニが中学生の頃に流行った噂だ。
その噂を何の疑いもなく信じていた彼は、気がつけば幽霊など見ることもなく二十歳をとうに過ぎ、自分はもう幽霊を目にすることなんて一生ないものだと思っていた。
それが今宵、現れた。
しかもそれは、映画やテレビで今まで見てきたような恐ろしい姿からは程遠い。
白装束は着ていないし、頭に三角の白頭巾も巻いていない。
長い黒髪で顔を隠してテレビから這い出てきたわけでもない。
柄シャツにジーンズ。まるでコンビニで立ち読みでもしているような格好だ。
「うらめしや」のひと言もなければ、苦悶の表情も浮かべていない。
それどころかおかま口調でウインクを飛ばし、はしゃいでいた。
こんなもんが本当に幽霊なのか、と疑いたくなる。
しかし、どうやらそうらしい。
その証拠に、ジーンズの裾から先がない。足が無いんだがら、ヤツは幽霊なんだろう。
そして、どういうわけか自分には見えて、千明には見えなかった。
タダクニはベッドで横になっている千明を見た。
穏やかな顔をして眠っている。
掛けているタオルケットが、胸の辺りで呼吸に合わせてゆっくりと隆起している。
視線を千明の顔へ戻した。
優しいラインの眉と長いまつ毛。
キレイに筋の通った鼻。
ふっくらと張り艶のある唇。
顎のラインに今まで気が付かなかった小さなほくろを見つけた。
こんなところにほくろがあるの、知らなかったな……。頭の中で呟いた。
千明とは付き合って二年になる。
近頃では、こんな風にしっかり顔を見ることなんてほとんど無くなった。
会えばケンカばかりで、優しい表情をほとんど見ていなかったが、やっぱり千明の穏やかな顔は、タダクニの心を和ませてくれる。
たまらなく愛しく感じて、キスをしようとゆっくりと顔を寄せた。
その瞬間、千明が「んっ」と声をあげ険しい顔を浮かべた。
タダクニはびっくりして、顔を引っ込めた。幽霊に追いかけられる夢でも見ているのかもしれない。
難しい表情の千明を見て、最近、距離を置いていた自分が急に申し訳なく感じて、詫びるような気持ちで彼女の頭を優しくそっと撫でた。
《あのぉ~。お取り込み中のところ悪いんだけど、もういいかしら?》
声のする後ろを振り向くと、さっきの幽霊がバツの悪そうな顔をして肩をすくめていた。
《何か千明ちゃんには悪いことしちゃったわね。まさか気絶しちゃうとは思わなかったわ。さっきはぼくも、はしゃぎすぎちゃったのよ。反省するわ、ごめんなさい。改めて自己紹介するわね。えっと、柳透。よろしくね》
「ヤナギさん……。あ、と、オレは五十海――」
《タダクニくんでしょ。ぼく、そういうのすぐ覚えるほうだから。よろしくね、タダクニくん》
タダクニくんの「くん」の部分を半音あげて、ヤナギトオルは再びウインクをした。
幽霊のせいか、おかま口調のせいなのか、どっちが原因かわからない寒気が背中にゾクゾクっと走る。
たぶん、両方だ。
「ていうか幽霊なんですよね?」
《そう……死んじゃってるのよね、ぼく》
ヤナギトオルは遠くを見て、哀しそうな目をした。
《あっけないものよ。車が突っ込んできたところまでは覚えてるんだけどね。それから気がついた時には、もう宙に浮いていて、地面に倒れている自分の身体を見ていたわ。テレビや映画で見たのとはちょっと違ったんだけどね。でもこれ、ホントに死んじゃったってヤツなんだろうなって。まいったわよ、ホント。人生、いつどこで何が起こるかわからないんだから。タダクニくんも気をつけたほうがいいわよ》
いつどこで何が起こるかわからないことを、どう気をつければいいのか。
言葉に詰まっていると、ヤナギトオルは急に真剣な目つきになった。
《で、実は、ちょっと手を貸して欲しいのよね》
「手を、貸す?」
《そう。会ったばかりで悪いんだけど、他に頼める人もいないのよ》
「ああ。除霊して欲しいとか、そういうこと?」
《そうじゃないの。ていうか、除霊だけは絶対にやめてね! 新しく憑く人を探すことになるだけなんだから。何の解決にもならないの》
「じゃあ。何を?」
《実はね……、ぼくの両親に会ってもらいたいの》




