7.学芸会だとしても、の話(前半)
「嫌よ、わたし。絶対に嫌!」
千明が半べそになってわめいた。
「だから嫌なのよ。ダダクニとヤナギさんに関わるのは! ヤナギさんも大人しく成仏してなさいよ。よりによってストーカー連れて戻ってくることないじゃない」
《ちょ、それはあなた達のためでしょ》
「あなたもあなたよ。のこのこ付いてきちゃって。どうせなら直接、刑務所に行けばいいじゃない。だいたいわたし、あなたのことなんて全く記憶にないんだけど。どこで接点があったって言うのよ」
「な、千明ちゃん。俺だよ。覚えてないのか? あんなにお店に通ってただろ」
「あなたに〝千明ちゃん〟なんて呼ばれる筋合いないわ。ていうか、お客なんて何人来ると思ってるのよ。いちいち覚えてないわよ。超ウケる。キモすぎ。バカじゃないの。そもそも――」
「もういい、千明。それ以上はやめろ」
溢れ出す千明の暴言を、堪らずタダクニが遮った。
「やめられるわけないでしょ」
「無駄に逆撫でしてるだけだ」
「何言ってるのよ。わたしの天国が懸かってるのよ」
「わかってるよ」
「わかってるなら止めないでよ、関係ないでしょ」
「関係あるよ」
「関係ないでしょ。タダクニは地獄に行っちゃうんだから」
「関係ある」
「関係ないわよ」
「あるんだ」
「無いわよ」
「あるって」
「無いって言ってるじゃない」
「千明のことで関係ないことなんてオレには無い!」
……やだ、カッコ良すぎ、タダクニくん。
そんなセリフ言われたら、惚れてまうやろー。
ほら、千明ちゃんの頬が緩んでるし。
「ちょ……っ、何言っちゃってんの。だ、だったら止めたりしないでよ。タダクニは地獄に行っちゃって、わたしは天国で。で、このストーカーに付きまとわれるのよ?」
「ちょっと落ち着けって。天国には行けるんだ。悪いようにはならないって」
「だから何言ってんの? この人もついて来ちゃうのよ?」
「わかってるよ、そんなこと」
「わかってないじゃない。わかってないからそんなこと言うのよ。結局タダクニはわたしのこと、考えてるようで考えてないのよ。ライブのチケットもそう。ヤナギさんのことだってそう。いつも自分一人で勝手に判断して決めちゃうのよ」
げげげ!?
嘘でしょ。
惚れ直すどころか、またその話蒸し返す?
今はそんなことやってる場合じゃないのに。
どうしていつもこう、うまく行かないのよ。
どうしたらいいの?
今までお店で見てきた色んな修羅場を思い出して。きっと何かヒントがあるはず。
「いちいち説明しなくちゃいけないのか? そうしないと何も伝わらないのか?」
あ、あんたも何言ってんの、タダクニくん!?
ちょっとは考えて発言しなさいよ。
火に油どころかガソリンぶちまけてどうすんの。
当たり前じゃない。星の王子さまだって言ってるじゃない「大切なことは目に見えない」って。
だから口に出して、形にしなくちゃ伝わらな――違う!
言葉にしなくたって伝わることもある。
それにホントに伝えたいことの前では、ぼく達は極端に無口になってしまう。
それを口に出せば、軽くなる気がして。
言葉にすればするほど本音から離れていくような気がして。
だから何も言えなくなる。
でもだからこそ伝わることもある。
一緒にいれば所作で伝わることも多い。
「は? 逆ギレ? なに、開き直ってるの?」
《千明ちゃん、違うのよ》
「なに? ヤナギさんは黙ってて。これはわたしとタダクニのことなの」
《ごめん、今、成り行きを見守ってる余裕はないの。口出しさせてもらうわ。千明ちゃん、あなたホントはわかってるんじゃないの? タダクニくんが自分をどんなに大切に思ってるか。千明ちゃんもタダクニくんを大切だと思って一緒に過ごしてきたのなら、気づいてるはずよ。人ってそんなにバカじゃない。ちゃんとここには伝わってるはずよ》
ぼくは胸に手を当てて千明ちゃんを見つめた。
千明は視点を揺らしながら下を向いて黙りこくった。部屋が重い空気に包まれる。
「千明、もう一回やり直そう」
タダクニが沈黙を破るが、それに千明は応えない。
「あんたも好きにしろよ。千明のこと付きまわしたり、事件起こしたり、警察で酷い扱い受けたり。色々追い詰められて、何が何だかわからなくなって、全部リセットしたくなったんだろ? そんな時は誰にでもあるよ」
《なに、上から目線でわかったようなこと言ってやがんだ。同情するから考え直せってか。そんなこと言っても俺はお前の地獄行きは取下げたりしねえぞ》
「だから好きにしろって。同情するとかしないとかじゃないし。そんな立派な理由じゃない。ヤナギさんの時もそうだった。目の前で地獄に行かれたら気持ち悪い。ただそれだけだ。それにオレはこの先の人生で徳を積み直してみせる。でもあんたにそれはもうできないんだろ。だから、好きにしろよ。やり直せるオレは、やり直す。あんたはやり直せない。ただ、代わりの方法があるから、それを使うだけだ。別にそれは逃げでも何でもない。術だ。全てに真正面から向き合う必要なんてない。回避できる方法があるなら、そっちを選んだっていい。ただオレには時間があるから、向き合ってみせる。それが生きてるオレと死んでるあんたとの違いだよ。オレは残りの人生を、死んでるように生きてくつもりはない。だから、好きにしなよ。その代わり、千明は渡さない。オレは徳を積み上げて天国へ行ってみせる」
……タダクニくん、なにそのドヤ顔。
どうしたの、舞台じゃないのよ?
セリフが臭すぎて聞いてるこっちが吹き出しそうになったわ。
それとも駆け引きのつもり?
だとしたら、まだちょっと早いわ。
どストレートの臭い言葉は、もう少しダメージを与えてから出さないと、聞かされるほうは笑っちゃうだけよ。
《カッコつけんじゃねえよ、バーカ。後悔するぜ》
「後悔するかどうかはやってみなけりゃわかんねえよ。それにイザってときにカッコつけるのが男だろ。あんたも男ならなんとなくわかるだろ」
《アホか》
ストーカーが舌打ちして、押し黙った。
え。黙っちゃうの、ウソでしょ?
まさか効いちゃってんの?
あんな学芸会みたいなセリフ廻しが効いたって言うの?
「千明。安心しろ。オレが天国でも守ってみせる」
タダクニが臭いセリフを続ける。
「……バカみたい」
受け取る千明の目は、潤んでいる。
やめてよ。
この子にも効いてるじゃない。




