1.五十海は珍しい名字、の話
「はい、じゃ、次の方どうぞ」
やっと順番が回ってきた。
まさか成仏してからもここに並ぶとは思ってもみなかったわ。
しかも相変わらず左右に連なる列の数。これで世界は人口が増えてるって言うんだから、不思議。
ぼくは二週間前を思い出しながら、今度は軽く手を振って強面の仏様の前へ出た。
《お久しぶり》
「おや。その顔はうまくいったみたいですね」
ぼくは親指を立てて、ウィンクで返事をしてみせた。
「念のため、見ますね」
そう言って強面は、手元の台帳をめくり始める。
「ええと……大丈夫みたいですね。おめでとうございます。では、あちらの水色のドアへ向かってください」
《あれって……》
「天国ですよ」
やった。ついにやったのね。
タダクニくんと千明ちゃんに力を借りながら、ついに成仏をもぎ取ったのね。
ぼくは文字通り天にも昇る足取りで、示された水色のドアへ向かった。
スキップしたくなるところをグッと抑えながら、それでも鼻唄は止められない。
え、何の曲かって?
決まってるじゃない!?
このタイミングで流れる曲って言ったらガンズ&ローゼスの『ノッキン・オン・ヘヴンスドア』しかないじゃない。
――ノンノン ノキオン ヘヴンスドォ~♪
そうそう。あれこそがヘヴンスドアなのね。
――ノンノン ノキオン ヘヴンスドォ~♪
そうそう。やっぱり紳士的にノックしてからドアを開けるのが礼儀よね。
のっけから失礼な人だと思われたらヤだし。
――タダクニを地獄へ……
そうそう。タダクニくんはやっぱり地獄へ落ちるべきなの……よ?
え、なに? 空耳?
ぼくは立ち止まった。
ダダクニ? 今、そう聞こなかった?
しかも地獄へ何とかこうとかって、いつかのぼくみたい。
まるでデジャヴ。
別人だろうけど、タダクニって名前、よっぽど運が無いのかしら。画数でも悪いんじゃない?
タダクニくんの困った顔を思い出した。
なんだかクスリと笑えてきて、ぼくは再び歩を進めた。
――自分の天国行きと引替えに、イカルミタダクニを地獄へ落としてくれ。
……ッ!!?
聞き違いじゃない!
あんな特殊な苗字の同姓同名、何人もいるわけない!!
ぼくは踵を返して、さっきの強面のところへ引き返した。
三十歳前後の暗そうな男が強面と会話している。頭にバンダナを巻いた目つきの悪い男だ。
《ちょっと、あんた!? タダクニくんに何しようとしてんのよ!!?》
「ちょ、ちょ、ちょ。ちょっと君! 君の番はもう終わったんですよ。早く向こうへ進んで」
強面が、らしくなく慌てている。
突然、割り込んできたのだから、当然と言えば当然だ。
《ちょっとだけよ。構わないでしょ!?》
「ヤナギトオル。天国行きがなくなりますよ?」
《そんな大袈裟な!》
「人の成仏を邪魔するのは大罪ですよ」
《それより大切なことがあるのよ! 少しだけ。少しでいいから、この人と話をさせて! この通り、お願い!》
必死の訴えが通じたのか、「どうなっても知りませんよ」強面は呆れ顔で言い放った。
《ありがと! すぐに片付けるから。あんたはこっち来なさい》
ぼくは怪訝顔のバンダナ男の腕を無理矢理引っ張った。
《は、放せよ! 何だお前、気持ち悪い、クソオカマが》
《あんたね、今の時代、それ、問題発言よ。SNSなら大炎上、間違え無しよ》
《うるせえ。てか、なんなんだよ! 誰だよ、お前!!?》
《ぼくは柳透。あなたが地獄へ落とそうとしている五十海タダクニの友人よ》
バンダナ男の顔つきが変わった。
《んだよ……。こんなとこでも邪魔すんのかよ、あいつ》
男が棘のある口調で吐き捨てる。
《ごめんね、友人としてはどうしても放っておけないの。あたな、タダクニくんを地獄へ落とすとか何とか言ってたわよね? 自分の天国行きと引替えにして》
《関係えねえだろ、お前に》
《関係大ありだから、こうやって話してるんじゃない》
男が舌打ちをして地面を睨みつけている。蛇みたいな鋭い眼に背筋が冷えてくる。
《ちょっと待って。あなた、どっかで見たような……》
この鋭い眼、見覚えがある。
《まさか……新宿の通り魔?》
《ほぉ~、よく知ってんな。まぁ、ニュースで写真とか出るか》
《違うわよ。あの場にぼくもいたのよ》
《そりゃ、偶然。そうなんだ。いたんだあの場に》
男のゲスい笑みに、ゾゾゾっと寒気が走る。と同時にピンと来た。
《あなた……、千明ちゃんのストーカーでしょ?》
男と目が合った。目が泳いでいる。
ビンゴ!
ホントにいたんだ、ストーカー。
ていうか、新宿のあれは、通り魔なんかじゃなかったんだ。
ハッキリとタダクニくんを狙っていたんだ。
その彼がどうして今、ここにいるの?




