8.さよならヤナギさん、の話
《見えてるの、千明ちゃん。ぼくのこと?》
ヤナギさんの問いかけに千明が小刻みに頷く。
《やだーーー!!! やっと見えるようになったのね。じれったかったわ、今まで》
駆け寄って抱き付こうとするヤナギさんを、千明はベッドの上でひらりとかわした。
《ちょっと。ここは普通、抱き合うシーンじゃないの? 別にホントに触れることはできないけどさ。でも感動のご対面よ? 避けるは無いでしょ。空気読みなさいよ》
「いや、抱き合うとか、無いし……。気持ち悪い」
《ウソでしょ!? 千明ちゃんまでそんなこと言うわけ? あんた達、似た者同士、性根が腐って発酵しまくってんじゃないの。ホント呪いがいがあるわ》
「こ、こんな口悪いの? ヤナギさんって。呪うってどういうこと?」
《あんた達が二人揃って気持ち悪いとか言うからでしょうが!?》
「成仏するんじゃなかったの?」
《するわよ、言われなくたって。明日まで待ちなさいよ……ったく。まあいいわ。あんた達のおかけで成仏できるのは事実だし、大目に見てあ・げ・る!》
睨みながら嫌味っぽく言い放つ。
《……ありがとね、二人とも》
「なんだよ、急にかしこまって」
《ちゃんとお礼、言えてなかったから》
「呪うって言ったと思ったら、今度はお礼って。ヤナギさんって情緒不安定なの?」
《あんたね。ケンカ売ってんの!? ていうか、死人相手にケンカ売るなんて、たとえぼくが呪わなかったとしても罰が当たるわよ》
「え。そんなの困る。ごめんなさい。心から謝ります。だから許してちょんまげ」
《まあ、そこまで言うなら、わかったでござる。今回だけは許して差し上げよう、とはならないわよ。ちょっとタダクニくん。この子、バカにしすぎじゃない!?》
「え、どうして? 逆に笑って許せるかと思ったのに」
千明が慌てて弁明する。
《許すわけないでしょ。ほんっとに、せっかくちゃんとお礼を言おうとしてるのに台無しよ。天然もここまでくると、怒る気にもならないわね》
「そんな……。ごめんなさい」
《いいわよ、天然なんだし。それに身体貸してもらって、頭上がらないし……。やめましょ、憎まれ口言い合うのは。もうお別れなんだし、仲良くしましょ。色々あったけど、今思えば楽しかったもの。二人には最初から無茶なことお願いしたのに、ホントによく付き合ってくれた。感謝してる》
「やめろよ。幽霊に感謝なんかされても、それこそ寒気がする」
《寒気。いいじゃない。それで、ぼくの存在を感じてもらえるんだったらいくらでもしてやるわ。これからもうできなくなるんだし》
ヤナギさんが少しおセンチになってるのが伝わってくる。
「ねぇ、いいこと思いついた。明日、ヤナギさんが働いていたバーに行ってみない?」
千明が自分の妙案に目を輝かせる。
《は? あんたホンキ? ゲイバーよ?》
「ゲイバーって昔から興味あったの」
「それいいね。行こうか」
《ホンキで言ってんの?》
「ホンキもホンキ。ヤナギさんだって、最後に仲間に会うの悪くないでしょ?」
《そりゃまぁ……、会いたいわね。突然さよならしちゃったわけだし》
「よし、じゃあ決まりね」
千明が手を叩いて喜ぶ。
《勝手にしなさい》
「で、どんなお店なの? そう言えば訊いたことなかった」
《それは行ってからのお楽しみがいいんじゃない? でも、いいお店よ》
ヤナギさんが宙を見つめてニヤッと笑う。バーのことを思い出してるのかもしれない。
最初にその異常に気がついたのは千明だった。
「やっぱり幽霊なんだね。薄っすらと透けてるんだ」
――透けてる?
そう言われてヤナギさんを見ると、確かに透けている。
「ホントだ。なんか透けてる」
《え、ちょっと待って。何これ?》
ヤナギさんが手の平を電気にかざしては手を振り、かざしては手を振り、を繰り返す。
「まさかそれって、消えかかってるってことじゃないか?」
「どういうこと?」
「いつもは透けてないんだ。消えようとしてるのかもしれない」
《ウソでしょ!? だって成仏するのは明日のはずよ?》
「バーはどうするの?」
「今、そんなこと言ってる場合じゃないだろ」
そう言ってる間にも、ヤナギさんはどんどん透けていく。
《どどどど、どうしよ?》
「成仏するってことだよな、これ?」
《だと思いますけど?》
「オレ達の地獄行きもなくなったってことだよな?」
《だと思いますけど?》
震えた声を出すヤナギさん。すでに透過度は五十%を超えている。
「な、何か言い残したこととかない?」
《ええ……言い残したこと? そんなのすぐに浮かばないわよ!》
「浮かばないってことは、大したこと無いってことよ、きっと」
三人の中で千明が一番ドライだ。
《あああ、ありがとね、色々》
「気にすんなって」
《て、天国坂があったら、そこで待ち合わせしましょ。先に行って待ってるわ。住所は二丁目五の二十五。ニコニコ。覚えやすいでしょ?》
「ニコニコね。覚えた」
《あ。そ、そうだ! ごめん、忘れてた! 一つ知らせたほうがいいことがあったんだった!!》
「え、何!!?」
「っとね、二人とも子供の時、お寺で――」
――消えちゃった。
千明と顔を見合わせる。
沈黙の部屋に、アロマディフューザーの蒸気を吹き出す音だけが唯一流れている。
「じ、成仏したってこと?」
「たぶん……な。こんなに急とは思ってなかった」
「わたしも最後、見えるとは思ってなかった」
「最後言おうとしてた『お寺』で思い当たること、何かある?」
千明が首を振る。オレも何も無い。
子供の時、お寺で、何なんだよ―――ッ!!?




