6.真実の裏側、の話
「驚かないの?」
「もう十分驚いてる。それに、透が夜の仕事をしてるのは知っとったよ」
ヤナギ父が小さく笑う。
「知ってたの? どうして?」
「五年くらい前かな、仕事で東京に行った時、ついでに透のアパートまで出向いたことがあってな。その時、透の部屋から女性が出てくるのが見えた。その女性が若い頃の母さんにどことなく似ててな、よく見ると、お前が女装してんじゃねえか。どう声をかけていいか困ってな、とりあえず後をつけてったらショーパブに入っていった。そっから先は知り合いに頼んでお客として潜入してもらった。本多って常連がいただろ?」
「ホンダ? 占い好きの本多さんのこと?」
「それだ。その本多にお前の近況を教えてもらっていた」
「そんな、まさか」
「占いの材料にって、近況をよく話してただろ? そこからお前のことはだいたい把握していた。近々、お前がお店立ち上げるって話も本多から聞いてた。よく頑張ったな」
ヤナギさんが呆然としてるのが千明の表情から見て取れる。
中学以来、バレないようにひた隠しにしていたことを、実は知ってました、と逆カミングアウトされているのだ。ムリも無い。
「実は何度か店の前まで行ったこともある。でも、声は掛けられんかった。それをしちまったら、もう昔の透は戻ってこないと思うと怖くてな」
ヤナギ父が視線を落とす。
しばらくしてから、顔を上げて
「残念だったな。あと少しでお店出せるとこだったのに。まあ、そこまで行っただけでも立派なもんだ。胸張っていい」
「なんだぁ……、知ってたのか。だったら早く実家に帰ってればよかった。ずっと悩んでたのがバカみたい」
「言いたかったってのは、そのことか?」
「そうよ。メガトン級の告白のつもりだったのに、まさか知ってたなんて。どっちらけ。だってウチってやけに古風なとこあるじゃない? 男子たるものは、みたいな。それがもう認めてたなんて、早く言ってよね」
ヤナギさんの口調がいつもの調子に戻った。
「別に認めてたわけじゃない。仕事で頑張ったのは認めるが、おかまを受け入れるのとは別の話だ」
「どういうことよ。ゲイの仕事を認めてるんだから、ゲイも認めてるんでしょ?」
「そんなオセロみたいに簡単にひっくり返らんよ。理解してやろうとも思うが、なかなか腑に落ちねえんだよ」
そりゃそうだ。ヤナギ父は腕組みをして口をつぐんだ。
「でも、話せてよかった。もともと理解してもらおうとまでは思ってなかったし。本当の自分のことを伝えられれば十分よ」
「本気だったんだろ? やれること、必死でやったんだろ?」
ふいに鋭い視線が向けられた。
「も、もちろん。やりすぎたくらいだったわ」
「だったら、十分じゃないか。第三者があれこれ言うことじゃない。そこにゲイとかおかまとかは関係ない。うまくいったかどうかも関係ない。思い切りやったかどうか、そこが一番大事だ。悲しいことに人は本気になればなるほど、必死になればなるほど、引き替えに他の何かを犠牲にするもんだ。そして、そういう時はいつだって身近なものから犠牲にしてしまう。家族とかな。で、後からその代償に気づいて後悔する。でもそれでいいんだ。後悔するから大事なことに気づくし、優しくなれるし、覚悟もできる。透も必死でやったから、オレに話そうって気になれたんじゃないのか? 至極、真っ当だ。誇りに思うぞ」
「ちょっと。なに、急にマジメなこと言うの、やめてよ。ビール一杯で酔っぱらってんじゃないの?」
「そっか? ちょっとカッコつけすぎたか?」
「だいぶね」
「酔っぱらいついでに、もう一杯飲もうかな。みんなも飲んだらどうだ?」
千明とタダクニ、夏目さんの元にもビールが運ばれてくる。
さすがに乾杯はしなかったが、それぞれグラスを口にした。
「透。会いに来てくれて、ありがとな」
「何よ、改まって」
「八年ぶりの再会が死に顔だったんだ。親より早く死にやがって。とんだ不幸もんだよ、お前は。……でも、その絶望が、少し救われた気がする」
「……ごめんなさい」
「謝れって言いたいんじゃない。素直に感謝してるんだ」
ヤナギ父が柔らかな笑みを浮かべた。
――なんか羨ましいな。
二人のやり取りを見て、カレンさんがポツリとつぶやいた。
《私が今まで思っていた理想の家族像とはかけ離れてるけど。プライベートも親子関係も充実した家庭。そういうのが理想の家族だとずっと信じて敵視してきたけど、そんなの一面でしかなかったのかな。ホントは裏ではゴチャゴチャしていたのかな。私はそんな上辺だけを見て嫉妬して、ムキになって壊していたんだ……》
彼女の過去のことはここにくる新幹線の中で少し聞いた。
不倫を繰り返していたこと。
結婚詐欺をしていたこと。
《八年も会ってなくても、ずっと言いたいこと言えなかったとしても、こんなに一瞬で近づけるんだ、家族って。私が壊してきた理想の家族は幻想だったんだ。壊したところでまたすぐに修復してたのかな。何やってきたんだろう。葵はそういうことも含めて忠告してくれてたんだ、きっと……》
あおい?
おそらくカレンさんの親友のことだ。
その親友は白血病で亡くなった、と言っていた。
《ちゃんと向き合えば色々見えたはずなのに、私は見ようともしなかった。自分は腹の中では色々考えて隠していたのに、相手の胸の内は見ようとはしなかった。表面だけでいつも判断してきた。……しくったなぁ。死んでから気づいても遅いけど》
「気づいただけマシだろ?」
夏目さんがフォローを入れるが、カレンさんは首を横に振り、
《なんとなくわかった。私が成仏できなかった理由が……》
寂しそうに微笑った。




