5.久しぶりな親子の会話、の話
「ここに透がいるって言うのか? にわかに信じがたい話だな……。ちょっとお酒頼んでいいかな」
ヤナギ父がビールを注文する。
見えないけど目の前に死んだ息子がいるらしい、そんな与太話、お酒でも入れないとまともに相手できないのだろう。
《タダクニくん、身体借りていい?》
つまり〝憑依する〟って意味だ。
テレビで観たイタコや霊能者の姿が脳裏に浮かぶ。
あれをやるのか……。戸惑ったが、仕方ない、受け入れることにした。そうすることが一番 目をつむり心を落ち着ける。
目をつむり心を落ち着ける。
なるべく〝無〟になるように集中する。
ヤナギさんが自分の中に入ってこられるよう意識を穏やかに、静かに、ゆっくりと深海へ沈んでいくような感覚を探る。
深く、深く。
……。
《ちょっとムリみたい》
ヤナギさんが両手を広げて首を傾げた。
アメリカのホームドラマみたいな大袈裟な仕草に、ちょっとイラッとする。
《何やってるの? 入るなら千明さんの身体なんじゃない?》
カレンが呆れ顔で指摘する。
《憑いてるのは千明さんのほうなんでしょ? だったら入るのも千明さんでしょ》
ごもっともな意見だ。オレは千明に事情を説明した。
「わ、わたしの中に?」
嫌そうな表情を浮かべる千明だったが、ちょっと考えた後、受け入れてくれた。さっき事務所で助けられたことを思い返したのかもしれない。
《ありがとう、千明ちゃん。じゃ、今度こそ行くわよ……》
……。
「お父さん。透だよ、わかる?」
成功したみたいだ。
「とりあえず、色々驚かせちゃってごめん」
「……これ、透なのか?」
ヤナギ父がキョトンとして千明を指差す。
「そう。久しぶり。十年ぶりくらい、かな? こうやって話すの。元気だった? お父さん」
千明の硬い表情で、中にいるヤナギさんの緊張が伝わってくる。
「なんか娘ができたみたいで照れるな。こんな子に『お父さん』なんて言われて。できれば『パパ』って呼んでもらってもいいかな?」
ヤナギ父がまんざらでもない顔をする。
「ちょっと。真面目にやってくれよ。あんまり時間ないんだ」
「そっか。そりゃ、すまないな。でも、思うよな? 娘みたいだって」
オレと夏目さんに同意を求めてくる。その気持ちもわからんでもないが……。
「何から話せばいいかな。とりあえず、ずっと帰らなくてごめんなさい。ほとんど音信不通で心配かけた、よね」
「いや、別に謝らんでいい。そんなこと」
「ホントはもっと顔を見せなきゃいけなかったのに。仕事はどうだとか、東京の生活はどうだとか、一緒にお酒飲んだりもすべきだったのに。それが、そういうのも無しにいきなり死んじゃって、ごめん」
「色々忙しかったんだろ? 実家なんてのは後回しになるもんだ。ワシだって若い頃、親のところには滅多に帰らなかった。みんな似たようなもんさ」
「でも、一緒にお酒酌み交わすの、やりたかっただろうなって。ずっと気になってた」
「まぁ、息子がいる親の夢の一つって言うけどな。それができなかったからって、心残りとか、そんな大きなことじゃない。そんなことで気を揉んでるなら、さっさと忘れなさい」
「そんなものなの?」
「そんなもんだ」
「なんだ。拍子抜け」
「わざわざ、そんなこと謝りにきたのか。バカだな。四十九日で高いお金出してお経読んでもらったんだ。しっかり天国行ってくれないと、そのほうがよっぽど困るぞ」
「いや、だって『息子が二十歳を迎えたら、馴染みの居酒屋に連れていって――』みたいな話、よく聞くじゃん」
「テレビの見すぎだよ、お前。そんな気恥ずかしいことする親子、いないわ」
「げ。アレ、けっこう鵜呑みにしてた」
「ないない」
ヤナギ父が楽しそうに笑う。
千明の表情もずいぶんと柔らかくなった。
中のヤナギさんの緊張が解けたんだろう。数年ぶりの親子の会話を楽しんでるに違いない。
しばらく親子のとりとめのない会話が続いた後、一瞬、間が開いた。
それをキッカケに千明の顔が再び硬くなった。
「お父さん。あの、実は……もう一個あって。話さなきゃいけないこと……」
「ん? 何だ。お金貸してくれって言われても無えぞ」
「そんなんじゃないよ。死んじゃってんだし、お金なんかいらない」
「じゃ、何だ?」
「うん。怒らないで聞いて欲しいんだけど……仕事のこと。実は新卒で入った○×商事はとっくに辞めて、別の仕事をやってたんだ」
「……そうか」
ヤナギ父が静かに頷く。
ヤナギさんはポツリポツリと語り始めた。
「あの。LGBTQって聞いたことある? 最近だとトランスジェンダーとか言ってテレビや雑誌でもよく目にするけど。って、やめるね、横文字でカッコつけるのは。ぼくね……実は同性愛者なんだ。つまり、ゲイ」
「中学の頃にはもうハッキリと気づいてたんだけど、理解されないことだってわかってたから、誰にも言えなかった」
「別の仕事って言うのもそういうお店、ショーパブで働いてた。わかりやすく言えば、ゲイバー」
「けどわかってもらいたいのは、決して後ろ向きに生きてなかったってこと。自分が世間から理解されない少数派だって認識はしてて、それが原因で肩身の狭い思いや、嫌な思いもいっぱいしてきた。でもだからって隠れるように生きてこなかった。単なる強がりに聞こえるかもしれないけど、むしろ胸張って生きてきたわ。お店でも指名率がどんどん上がってね、独立するところまでいったのよ。ま、その直前で死んじゃったんだけど。でも自分に自信を持って生きていたわ」
「ただ……お父さん達には言えなかった。一番理解してもらいたいけど、わかってもらえないだろうなって。告白してがっかりされる姿を見るのも怖かった。だから家でもそんな素振り一度も見せなかったと思う。で、繕ってるのがどんどん苦しくなって、実家に近寄らなくなった。結局、一番辛い場所からは目をそむけてきたんだと思う」
ヤナギさんが今まで秘めていた思いを一気に吐き出す。
その間、ヤナギ父は「うん」とか「そうか」とか薄い反応を繰り返すだけだった。




