1.嵐の前の静けさ、の話
『人は生まれ変わりを何度も繰り返すことで己を浄化していき、目指す最終形は完璧にキレイに浄化された状態〝仏〟である。生まれ変わりのステージは六つに分かれ(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上)、これを六道と言い、地獄とはこの六道のうち、最下層のステージのことである。また地獄と一括りに言っても、更に八つの世界に分かれており――』
《何見てるの?》
真剣にスマホを読んでいる夏目さんにカレンさんが尋ねた。
「地獄をググってた。地獄にも色々あるんだな」
《知ってる。血の池地獄、かまど地獄とかでしょ》
いや、カレンさん。それは温泉ですよ。キレイな顔して天然とか、この人、最強だろ。
タダクニは二人の会話を聞きながら、心の中でつぶやいた。
「そうじゃなくて地獄には段階があって等活地獄、黒縄地獄、衆合地獄……全部で八段階あるらしい」
《何それ? ひとつも聞いたことないし》
「オレも今、初めて知った。まあとにかく、罪の重さによって落ちる地獄が違うんだとさ」
《だとさ、じゃないわよ。悠長なこと言ってる場合? もしかしたらその優先チケットもらっちゃってんのよ、私達》
「だから参考に見てたんだろ」
《参考にって京都へ修学旅行に行くんじゃないんだから》
「備えあればって言うだろ」
《備えてる場合じゃないでしょ。まずは回避するほうが先でしょ》
――午後六時過ぎ。
タダクニ達一行は、決戦の喫茶店『カントリーロード』でヤナギさんの両親が来るのを今か今かと待ち続けていた。
「地獄にも色々あるって知ってた?」
《知らないわよ。絶対成仏してみせるんだから、ぼくには関係ないわ》
「なあ、成仏、成仏って言うけどさ。成仏した後はどうなるんだ」
《天国に行くに決まってんじゃない。あ、でもその後は、また生まれ変わるのよ。閻魔大王が教えてくれた》
「生まれ変わりってホントにあるんだ」
《天国行っても、地獄でも、どっちでも最終的には生まれ変わる、みたいなこと言ってたわ》
「じゃ、どっちでもいいじゃねえか」
《バカなこと言わないでよ》
「でも、他人を蹴落として成仏した奴には、罰が当たったりしないのかな」
《どういうこと? 天国に行けるって言ってるのよ?》
「だからさ。たとえば、来世は人間じゃなくて虫になってるとか」
《そんなこと、閻魔様ひと言も言ってなかったわよ》
「大事なこと、全て伝えるとは限らないだろ」
《やーよ、虫なんて。次こそ完璧なおかまになってやるんだから!》
「次でもおかまになるつもりかよ」
《あら、けっこういいのよ。酸いも甘いも味わえて、人生、人の二倍生きてる気分だったわ》
「でもやっぱり人間は無理だろ。誰かを地獄へ落とすんだぜ? それなりのリスクが伴わなかったら、理不尽過ぎるだろ。やっぱ、虫だよ。ゴ○○リじゃない?」
《やーよ! そんなの!》
「何、ビビってんだよ? 冗談だよ、じょーだん。今考えなきゃいけないのは、来世なんかより、どうやって成仏するかだろ。成仏できなきゃ、来世もへったくれも無いだから」
《そ、そうだけど。……怖いこと言わないでくれる》
ヤナギさんは眉をひそめると、《来るかな?》なかば強引に話題を変えた。
「だいぶ遅くなっちゃったからな。来たけどもう帰った後、なんてことじゃなければいいけど」
《昼間の一件で不審者認定されちゃってるから、タダクニくん、任せたわよ。うまく説明してね》
「了解」
とは答えてみたものの、正直自信はない。出たとこ勝負の割合が大きい。
《ヤナギさんの姿は、ご家族には見えなかったんですか?》
カレンさんがヤナギさんへ話し掛ける。
ここに来るまでの間に、お互いのこれまでの流れはひと通り話していた。
《そ。寂しいわよね。親ならイケそうな気はしてたんだけどムリだった。やっぱり霊感とか関係あるのかしらね》
オレはもともと霊感なんてなかったけどな。
今こうして二人の姿が見えているのが不思議なほどだ。
「夏目さんはもともと霊とか見えたりするほうだったんですか?」
「最近はそうでもなかったけど、小さい頃はよく見たよ」
《ほらやっぱり霊感、関係あるのよ》
「オレはそんなもん無かったけどな。千明だって霊感とか無いだろ?」
「え、うん。そういうの無縁だった」
《だからこんなに苦労してるんじゃない。カレンちゃんが羨ましいわ》
こいつ、殺したろか。すでに死んでるけど。
《ちょ、待って。ビンゴ! 来たわよ》
ヤナギさんの言葉で入り口を見ると、ショーン・コネリー似のヤナギ父が入ってくるのが見えた。
タダクニはヤナギ父がテーブルに着くまで、バレないように頭を低くしながら観察した。
一度帰ったのか、喪服ではなく私服に着替えている。
そして一緒にいるのはヤナギ母ではなく、スーツ姿の男性だった。年齢は四十歳前後か。
《あれがお父さん? なんかあの人に似てるね。俳優の黒沢年雄》
ショーン・コネリーと黒沢年雄。……似てなくもないか。
「一緒にいるのは誰? 親戚?」
《あんな人、いたかしら? しばらく疎遠だったからな。ちょっと思い出せない》
ヤナギさんが首を捻る。
「とりあえず少し様子見てから、話し掛けにいこう」
接触を図るのは注文の品が届いた後のほうがいい、というのは夏目さんからのアドバイスだ。
注文が届いた後は、会計もあるので簡単には席を立てないのだそうだ。
探偵業の基本らしい。
ということでオレたちは、しばらくヤナギ父達の様子をうかがうことにした。
イケる。
とりあえず来てくれさえすれば、何とかなる。何とかする。
オレは誰にも気づかれないような小さなガッツポーズを作った。




