10.午後2時10分(ヤナギさん)(後半)
絶妙なタイミングでラジオから流れる曲がヴァネッサ・カールトンの『サウザンド・マイルズ』に変わった。
繊細なピアノ旋律とキレイな歌声が事務所を包み込む。
この曲、切なくて好きなのよね。
「……変われるかな?」
やっぱり。まさかの、大逆転。
「きっとできますよ」
「息子も昔みたいに笑ってくれるかな?」
「向き合えばきっとわかってくれます」
「旦那も戻ってくるかな?」
それも? 話の軸がズレた気がするけど。
《ちょい待ち、夏目くん。どう答える? せっかくうまくこっちのペースに傾いてるのよ。ここは慎重に……》
「それはムリかも知れません」
ちょっ……!? なに、突き放してんのよ。勝算あるの?
「何よ、それ」
相良がふてくされる。
「家族ってのはピザみたいなもんなんです」
「ピザ?」
「そう。色んな味が合わさって一枚になる。シーフード、アンチョビ、明太子。でもそれが一つになって美味しいんです。一つの味のピザもあれば、ハーフアンドハーフもある。でも同じ一枚のピザなんです」
《ちょっと! 夏目くん、何言い出してるの? さっきのあの子もパンの話、意味不明だったけど、あんたはもっとトンチンカンよ》
終わったわ……せっかくいい流れ掴んだと思ったのに。
ぼくは頭を抱えた。
「家族にも色んな形があるんです」
夏目くんが話を続ける。
もう勝手にしなさい。知らないから。
「引きこもりでもシングルマザーでもいいんですよ。世間からどう見られるかじゃない、大事なのは自分達がどう感じているか、じゃないですか? 自信持ってください、自分の家族に。きっと変えることができます」
「私にそんなことできるかな?」
「『できるか、できないか』じゃない。『やるか、やらないか』です」
「やるか、やらないか……」
「そう。ここにこうやって押し入ってくるほどバイタリディあるじゃないですか。相良さんだったら、やれますよ。人生の舵を取るのは、誰でもない自分なんです」
相良がぽろぽろと涙を流し始めた。
「……そっか。早く……笑えるようにならないかな」
ウソでしょ!?
うまくいったの?
何がどう心に響いたの?
《よくやった》
声のするほうを見ると、カレンが親指を上げてオッケーしている。
結果オーライもいいとこじゃない。
どいつもこいつも、みんな揃ってアホなんじゃないの?
結局、相良愛は落ち着きを取り戻した後、帰っていった。
「これは不倫相手の当時の職場です。今もここで働いているかまではわかりませんけど、使うか使わないか、相良さんにお任せします」
帰りがけ、夏目くんが不倫相手の情報を渡していた。
「どうして最後、不倫相手の情報、渡したんですか?」
「もう使わないと思ったから」
タダクニくんの質問に夏目くんがシレッと答える。
「大丈夫ですかね? 思い直して、不倫相手を刺しに行ったりしなきゃいいですけど」
「それは無いと思う。ここに来るのに相当な気力使い果たしてるから、今からそのまま行動起こすことはねえだろうな。仕切り直すとしても、冷静になって考え直したら、バカなことやめようってなるはずさ」
「だといいんですけど」
今となってはそう願うばかりね。
「タダクニ。早く行こう」
千明ちゃんがカントリーロードへ急かす。
「あ、じゃあ。オレ達、もう行きます。最後のチャンスを残してるんで」
《猶予は一日延びたけどね》
「明日も今日も変わんないよ。明日のノープランより、今日のプランに懸けたほうがマシだ」
《そんなことわかってるわよ。早く行きましょう》
《徳之進。私達も一緒に行ってみない?》
「え? 行ってどうすんの?」
突然のカレンの提案に、夏目くんが明らかに困惑している。
《何、もったいつけてんのよ? どうせヒマでしょ!? それに私が成仏するヒントが何か見つかるかもしれないでしょ》
「それは……そうかもな。イカルミくん、一緒に行ってもいいかい?」
《別にいいんじゃないの。多いほうが心強いし。タダクニくん、オッケーよね?》
だって断る理由なんてどこにもないもの。
「千明、別にいいよな? 夏目さん達もついてくるって言ってるけど。成仏のヒントがあるかもって」
「わたしはどっちでもいいわ。とにかく早く行こうよ」
「じゃあ決まり」
成仏の期日がハッキリした。
今度こそホントのラストチャンス、しっかり伝えて成仏してみせる。
できるかどうか、じゃない。
やるかやらないか、舵を取るのは自分なんだ。
《さあ、行くわよ》
ぼく達三人は夏目くんとカレンを加え、宇都宮へ急いだ。




