10.午後2時10分(ヤナギさん)(前半)
どっちだっていいから早くしてよね。
それとも放ってどんどん行っちゃってもいいのかしら。
だいたい話してみるって、どう話を進める気なの?
「相良さん、手荒なことしてすみませんでした」
「ふざけんじゃないわよ! 早く解きなさいよ。なに、許すとか上からモノ言ってんの。このクソが」
めっちゃキレてるし。これを説得するの? 警察に突き出したほうが早くない?
「こんなことしても何の解決にもなりませんよ」
「そんなことは百も承知よ。これは復讐なの」
「息子さん、喜びますか? こんなことして」
「息子のことは関係ないのよ。これは私の家庭をメチャクチャにしたあの女に対するふ・く・しゅ・う・な・の!」
ダメだ。会話になってない。
火に油を注いでるようにしか聞こえない。
見てられないわ。
《夏目くん、聞こえてる? アドバイスするからよく聞いて。この手のタイプは同調してあげればいいのよ、同調》
てか、あんたも接客業なんじゃないの?
どうしてそんな基本ができないのよ。
「……許せない気持ち、わかりますよ」
一瞬間を置いてから夏目くんが話し始めた。
どうやら人のアドバイスはちゃんと聞くみたいね。
「はぁ? あんたに何がわかるのよ!?」
「オレもこの間、裏切られたんです。結婚詐欺に遭って、お金を騙し取られた」
「……だから何だって言うのよ」
《そう、上手よ。その調子、その調子》
「その人のこと、許せないって思ってました。でもそんなこと思ってても、過ぎたことはどうにもならないって気づきました。仮に謝ってもらっても、元に戻ってやり直せるわけでもないし。それだったら今のこの状況からやり直そうって思い始めたんです」
「今の状況? 生活はギリギリ、息子は不登校の引きこもり。おまけに家庭内暴力。この状況からやり直すですって?」
「できますって。オレ、自殺未遂したんですよ。そんなオレでも変われたんです。相良さんだってできますよ」
「適当なことふかしてんじゃないわよ。無責任に」
「確かに無責任かもしれません。ただ、これだけは間違いない。『やる、やらない』を決めるのは自分です。その結果『うまくやり直せるか、できないか』は、わかんないっスよ。でも、やり直せるって思い込むんです。信じるんです。せめて自分だけは自分のこと信じてあげるんです」
「なに偉そうな能書き垂れてんのよ。何も知らんくせに。甘ちゃんが」
ふんっと鼻で笑って相良が続ける。
「自分を信じろ、ですって? ガキが。この世で自分ほど信じられない人はいないでしょうが。今まで何回自分に裏切られてきたことか。人生経験ろくに無いガキが、耳障りのいいことばかりぬかしてんじゃないわよ!」
相良愛が徳之進を睨みつける。
ヤバい。ダメかも。
同調するも何も、そもそもこちらの話を聞く態勢ができてないわ。
そっから立て直さないとだ。
これは長期戦よ。
「裏切られてきた? なに、被害者面してんスか。裏切ってきたのは自分ですよ。あなたは加害者なんスよ。そこを履き違えちゃダメですよ。人生経験、オレより豊富なんでしょ。だったら、いつまでも逃げてちゃダメですよ。甘いのはあなたのほうです! 自分は加害者だって認めるんです。認めて、変わるんです!」
ばっか……。
何、言い出しちゃってんのよ。
それじゃケンカ売ってるだけじゃない。
《……徳之進。どの口が言ってんの、あんた。それ、そっくりそのまま自分のことじゃない》
カレンて子が、呆れたような、ビックリしたような表情で首を振っている。
ただ、なぜか相良が押し黙っている。
じっと、夏目くんの顔を見つめて。
え、まさか。
これ効いてんじゃないの、今の。
絶妙なタイミングでラジオから流れる曲がヴァネッサ・カールトンの『サウザンド・マイルズ』に変わった。
繊細なピアノ旋律とキレイな歌声が事務所を包み込む。
この曲、切なくて好きなのよね。
「……変われるかな?」
やっぱり。
まさかの、大逆転。




