9.鍵を開けたその先には、の話
葵さんが生前使っていた部屋に入った。
お母さんに事情を話して鍵を渡すと、心当たりがあると言って部屋へ通されたのだ。
部屋に入ると大きなスヌーピーのぬいぐるみがすぐに目についた。
他にもお手頃サイズのスヌーピーやチャーリー・ブラウン、それから名前は知らないが金髪そばかすの女の子など、ピーナッツシリーズのぬいぐるみがたくさん置いてある。
インテリアにもスヌーピー関連の物が多い。
二十代前半の女性の趣味にしてはちょっと幼い気がする。
部屋はあえて生前のままを維持しているようで、胸が痛んだ。
亡くなる直前、一週間自宅療養として帰宅していたんだそうだ。
心当たり、というのはデスクの引き出しだった。
鍵が掛かっていて開かないらしい。
お母さんが試してみると、ビンゴ、鍵が開いた。
引き出しを開けると、そこにはスヌーピーの封筒が一つだけ入っていた。
表には『カレンちゃんへ』と書かれている。手紙だろうか。
オレはお母さんに了承を得て、封筒を開けた。
月下 カレン様
前略
元気でやってますか?
最近はテレビでもカレンちゃんを見るようになって、見てるこっちも嬉しくなってきます。
前に二人で深夜のパチンコ番組に呼ばれたこと覚えてる?
メインのゲストを差し置いて私達二人が大当たりしまくちゃって、場の空気が最悪になったヤツ。
あのビギナーズラックがキッカケで、その後、競馬と麻雀の番組にも二人で呼ばれたよね。
結局、どっちの番組でもボロ負けして、それから呼ばれなくなったっけ。
麻雀なんて見たのも触るのも初めてで勝てるわけないのにディレクターに怒られて。
帰りに二人で「知るかよ、バーカ」って飲みに行ったよね。
懐かしいな。
それが今やお昼の番組で食レポやったりしてるんだから、うん、売れたよカレンちゃん。
忙しくなった分、身体には気をつけてね。そうでなくてもすぐ風邪ひくんだから。
私のほうは、カレンちゃんがこれを読んでるってことは、死んじゃってるのか。
もう一度会って話したかったな……。
そんなこと言っても仕方ないよね。何も言わずに消えたのは私のほうだし。
とにかく前に進まなきゃ。
進むって言っても、私の場合、天国に行くってことになるのかな(笑)。
今さらだけど、私、白血病だったの。
ずっと黙っててごめんね。
なんか変な目で見られたり、同情されるのが嫌でさ、言えなかった。
突然地元に戻ったのは治療のため。定期的に受けてた検査の結果が悪かったの。
言わなきゃって思ってたんだけど、ちょうどカレンちゃんの仕事が忙しくなってきた時期で、やる気満々の表情見てたら変に気を遣わせたくないなって、遠慮しちゃった。
それにすぐ東京に戻るつもりだったし。
まさかこんなに長くなるとは思わなかった。
知ってたら、ちゃんと話したのにな。
三日前。
自宅療養の許可が出て、久しぶりに自分の部屋に帰ってきたとこ。
で、この手紙を書いています。
やっぱり実家が落ち着くわ~。
自宅療養なんて言ってるけど、もう打つ手が無いんだと思う。
自分の身体のことだもん、そのくらいわかるっつうの。
ひょっとしてこの手紙って遺書みたいになっちゃうのかな。
そんなつもりじゃなくて、カレンちゃんに話しておきたいことを書いてるだけだけど。
なんか手紙なんて書くことないから、うまく書けてないかも。
何言ってるか意味不明になったらごめんね。先に謝っとくから文句は受け付けませんので(笑)。
カレンちゃんにはすごく感謝してるの。
上京してモデルを始めた頃、カレンちゃんが同期でいてくれてホント良かった。
カレンちゃんは私と同じで全然仕事無いのにいつもポジティブで、すごく励みになった。
私は右も左もわからないし、何よりモデルとして自信なんて全然なかったから、一人だったらやってけなかったかもしれない。
ホントに助かりました。ありがとう。
カレンちゃんの前向きで勝ち気な性格、あと結構テキトーに後先気にしない向こう見ずなところ、私とは正反対でうらやましかった。
それ、業界で生き抜くために絶対に武器になるから、自信持っていいよ。
私はその性格に何度も救われました。
そう。カレンちゃんには人を救う力があるんだよ。気づいてないでしょ?
これからも色んな人を救ってあげてください。
ちなみに、不倫はまだ続いているのかな?
絶対に幸せになれないからやめなよ。何度だって言うからね。
カレンちゃんは幸せを掴める人なんだから、自分を落とすようなバカなことはやめてね。
文字通り〝一生のお願い〟になるんだから言うこと聞いてよ、もう(笑)。
なんか何言いたいのか自分でもわかんなくなってきちゃった。
私にとってカレンちゃんと過ごしたあの時間はすごく濃かったから、やっぱり感謝の言葉しか出てこないな。
ありがとね。すごく楽しかった。幸せでした。
あー、やだやだ。
なんだかどうやっても湿っぽくなっちゃうね。
そんなつもりないのに。
カレンちゃんのように底抜けに笑ってバイバイって言いたいのに。
こんな文章読まされるほうもキツいよね。
暗くなるからやめてくれって話だよね。
めんごめんご。
死にたくないよ。
やっぱり笑ってバイバイなんて言えないよ。
また二人でバカ話したいよ。
深夜のボーリングにもまた行きたい。
その後、眠い目こすっていつものマイケル・ジャクソンのDVDを観るの。
私がバイトしてたあのメイド喫茶、まだ残ってるかな?
復帰したら今度こそ遊びに来てよ。
ドカベンは読んでくれた? どうせまだ読んでないんでしょ? 私の部屋のドカベン送ろっか?
死んだらどうなっちゃうのかな?
天国とかちゃんとあるのかな?
前世とか来世とか生まれ変わりとか、ホントにあるのかな?
みんな私のことなんて忘れちゃうのかな?
カレンちゃんも忘れちゃうのかな?
心の中で生き続けるから思い出してね、なんてマンガみたいなことあるわけないよね。
いつもなんて図々しいこと言わない、一年に一度なんて贅沢言わない。
たまにでいいから、私のことを思い出してね。
最後のお願いです。
もうホントに何書いてんのかわかんなくなってきたから終わりにするね。
やっぱり支離滅裂になっちゃったな。
最後に月並みだけど、カレンちゃんの幸せを祈っています。
たくさんのステキな思い出をありがとうございました。
カレンちゃんと一緒に笑えて、私はとっても幸せでした。
さようなら。
かしこ
朝比奈 葵
便箋十枚にも及ぶ手紙だった。
カレンと葵がどんな関係だったのか、実際に見たわけじゃないが十分理解できたような気がした。
そして葵さんの思いも伝わってきた。
カレンは泣きじゃくっている。
オレも泣きそうになってくる。
カレンがケンカ別れしたと思っていたのは誤解だった。
彼女は怒ってなどいなかった。
むしろ突然姿を消したことに後悔すらしていた。
直接、仲直りしたいというカレンの願いは叶わないが、目的は十分に達成できたのではなかろうか。
そう、めでたくカレンのやり残しは、すべてクリアされたのだ。
それはつまり、カレンの成仏を意味し、ということはつまり、徳之進の地獄行きも解消されたことを意味していた。




