7.葵との思い出、の話(後半)
――家庭がバラバラになっていて焦る様子を見るとケッサクで。ついつい何件も家庭を壊しちゃったわ》
訂正する。クソヤローだ、コイツは。一瞬でも同情しようとしたオレを殴りたい。
片親の複雑な環境で育ったことは可哀相だと思う。
だからと言って、他人の家庭を壊していいとはならない。
ましてやそれをケッサクだとか楽しみを覚えるなんて、正気の沙汰じゃない。
「……サイテーだな。そりゃあ地獄にも落ちるわ」
《話は最後まで聞きなさいよ。まだ途中。そんな泥沼から救ってくれたのが葵なの。そんな私の恋愛事情を知った葵は、不倫をやめさせようと口を挟んできたの。父親の不倫が原因で、家庭をメチャクチャにされた葵にとって不倫は絶対に許せなかったのよ、きっと》
最高の友達じゃねえか。素直に忠告聞けよ。
《でも私もムキになっちゃって、いつも言い合い。今でも覚えてる、最後の言葉。『良い子ぶってんじゃないわよ、偽善者が。あんたの父親だって不倫してたんでしょ? あんたにも不倫の遺伝子が流れてるじゃない。それを棚に上げて「私は違うわ。良い子なの」ですって? 偽善者面にムシズが走るわ!!』なんてヒドいこと言っちゃってケンカ別れ》
ムチャクチャ言ったな。
女性同士のケンカのほうが修羅場になるって聞いたことあるけど、そこまで言うか。
《その数日後、葵はモデルを休業して田舎に帰ったの。ケンカが原因だったかどうかはわからない。けど、罪悪感というかモヤモヤしたものが残ったわ。それからは気まずくて連絡を取ってない》
カレンが視線を落としたまま言葉を切った。
やり場のない後悔の念に苛まれている、といったところか。
少しの沈黙の後、
《ひと月前、彼女から手紙が届いたの》
「手紙? 何て書いてあったの?」
《それが変な手紙でね。「元気でやってる?」って社交辞令みたいな当たり障りのない短い手紙と一緒に鍵が入ってたの》
「何の鍵?」
《わからない。何だと思う?》
「オレが知るわけねえだろ」
《どうして? 徳之進が持ってる鍵のことよ?》
「は? 持ってねえよ、鍵なんか」
《何言ってるの? ずっとポケットに入ってるじゃない》
「ポケットぉ……?」
《水色のジャケットの。忘れてるの?》
何言ってんだ、こいつ。オレはクローゼットを開けて、カレンの言う水色のジャケットを取り出しポケットを探った。
――あ。あった。
思い出した。
三軒茶屋の交差点で拾ったんだ。
道路脇の交番に届けてあげようとして……確かあの時、携帯が掛かってきて……そのまま忘れて持ち帰ってきちゃったんだった。
返しにいくのも手間だし、面倒臭えな、どうしようって思ってそのままになってたヤツだ。
《思い出した? ちなみに私、今、その鍵に宿ってるんだけどね。知ってた?》
「そうなん!?」
《そうよ。だから徳之進のところに出てきてるんじゃない》
マジかいな。
今、知ったぞ、そんな重要事項。
「ちょっと待った。それじゃこの前、三茶の交差点にいたのは?」
《地縛霊としてね。あそこで霊感の強い人に片っ端から声をかけてたのよ》
地縛……。
だからあの時、男の人を追いかけることができなかったのか。
てことは何か?
オレもこの鍵を拾わなかったらカレンに付きまとわれることもなかった、てわけか?
《ま、それはいいとして。何の鍵だと思う?》
いや、よくねえよ。
むしろ何の鍵かなんてどうでもいいわ。
どっかのドアの鍵に決まってんじゃねえか。
カレンがふっ切るように顔を上げ、
《どっちにしても会えばハッキリするわ。それに結局、あのケンカがキッカケで不倫から手を引いたのよ。あのまま続けてたら私、クズになってたと思う。そうならなかったのは葵のおかげ。感謝してるんだ。それはちゃんと伝えたいの》
口元を緩める表情は、いつもの爛漫な笑顔に戻っていた。
いや、ちょっと待て。
なんか美談みたいに締めようとしてるけど、もう十分クズだけどな。
なに、一歩手前で踏み止まった、みたいに言ってんだ。
何件か家庭ぶっ壊したんだろ?
爽やかな笑顔で「感謝してるんだ」じゃねえだろ。
後悔しろよ。
自責しろよ。
謝罪しろよ。
オレは車窓の景色から、隣のカレンに視線を移した。
相変わらず俯いたままだ。
なんだかんだ言っても、気分は重いのだ。
酷い言葉を浴びせたところで二人の関係は止まっている。
どんな顔して会えばいいのか、言葉を掛ければいいのか、整理がつかないのだろう。
カレンも正常な感覚を少しは持ち合わせているってことか……。
!!?
違う!!
寝てやがる、こいつ。
……マジか。
ホントにやる気あんのかい。
てか、オレの地獄行きも懸かってんだから、冗談じゃねえぞ。
カレンにやる気があろうが無かろうが、今となっては、そんなことはどうだっていい。
オレのために絶対に成功させなくちゃいけない。
そう覚悟を決める徳之進だった。




