5.彼女は二枚も三枚も上手、の話
夕方、六時過ぎ。
東京に戻ったオレは、その足で三軒茶屋へ向かった。
目的地の交差点に着き、辺りを見回す。カレンが交通事故に遭った場所だ。
陽は暮れ始め、ひぐらしの鳴き声が耳につく。
交差点の一角で話し込んでいる一組の男女が視界に入った。
――いた。カレンだ。
オレは遠目から二人の様子をうかがった。どうやら言い争いをしているみたいだ。
ほどなく男が去っていったのを見届けてからオレはカレンに近づき声をかけた。
「久しぶり。元気?」
《と……徳之進?》
カレンが驚いた表情を見せる。
《あ、あんた何でここにいるのよ? 私に逢いたくなっちゃったとか? 残念でした。霊感が強い人なんてこの世に五万といるの。その人達に成仏をお願いすればいいだけなんだから。あんたなんていなくても大丈夫なの》
「それがさっきの人?」
オレは男が去っていった方角を指さした。
《見てたんだ?》
「少し。うまくいってるようには見えなかったけど」
カレンが大きく溜息をついて、
《……そ。うまくなんていってない。ていうか徳之進みたいに私の言うこと素直に聞いてくれる人なんて、なかなかいないわよ。たいてい皆忙しくて私の話なんか聞いてくれない。運よく聞いてくれたとしても、そこまで。願いなんて二の次、暇になったらやってあげる、みたいな受け答えじゃない? そりゃそうよね。だいたい、誰? って話だし。知らない人の成仏ごっこに付き合う義理は全くないわけだし。でもこっちは四十九日まであと二週間しかないんだから、そんな悠長なこと言ってられないのよ。ったく。あんたみたいにお人好しで暇人なんて、そうそういないのよ》
相変わらずひと言もふた言も多い。再会して早速ディスられた。
イラッとするが、ここは抑えないとダメだ。
今はオレにもカレンが必要なんだ。
それに彼女も相当焦っているんだろうし。
《で、何しに来たの? からかいにでも来たの? 言っとくけど、あんたも地獄行きなんだからね!? 信じてないかもだけど》
「……猫探しが進まなくて困ってんだ」
地獄行きの件は敢えてスルーだ。
《キャンペーンのヤツ? だって徳之進、探すのヘタッピだもん。私がいなかったら、そりゃ進まないよね》
「だから手伝って欲しくて、やってきた」
《なんで私が手伝わなくちゃいけないのよ。私にはあと二週間しかないの。猫なんか探してるほど暇じゃないのよ》
「その代わり、『死ぬまでリスト』にまた付き合うよ」
《消えろって言ったのはそっちですけど? 都合が悪くなったら手伝って欲しいって、ちょっと調子良すぎじゃない?》
「全部、カレンが撒いた種なんだし、責任取れよ」
《責任ん? 徳之進だって楽しんでたじゃない。「オレ、ペット探し専門探偵でもやろうかな」なんて言って》
「それはカレンがいたからだろ。カレンが見つけてくれるからだろ」
《何その他力な考え。そんなんだからモテないのよ。それにもともと事務所たたむつもりだったんだから、無視しちゃえばいいじゃない》
「請け負った分だけはしっかりやりたいんだ」
《どうしてそこだけマジメなのよ? 何か怪しいのよね。他に理由あるんじゃないの?》
見透かされてる。カレンのほうが一枚上手だ。
「……もう一つ、困ったことが起きてるんだ」
《何よ?》
「幽霊が見えるんだ。昔よりももっと。たくさん。地縛霊に浮遊霊、生霊まで見えるようになった。たぶんカレンと関わった影響だと思う」
《言いがかりじゃないの!?》
「見えるだけなら百歩譲ってまだいい。あいつ等、目が合えば笑いかけてくる。助けて、とか見えてるの知ってるよって話しかけてきやがんだ。いちいち相手にしちゃいないけど」
《そ、それは賑やかな人生ね》
「そんな悠長なもんじゃねえよ。ここに来る前も女性に、餃子じゃダメだったのって声をかけられた。死ぬ前に何があったら、そんな未練になんだよ?」
《う、宇都宮に旅行にでも行ってきたのかしら?》
「どうでもいいわ」
《色んな人から声掛けれて、に、人気者じゃない。物事は何でもポジティブに考えるべきよ》
「ふざけんなよ。幽霊の人気者になっても、あの世に引きづり込まれるだけだろうが」
《死にたかったんでしょ、自殺までして。願いが叶うじゃない》
「今は、死にたいってそれほど思ってない。それに自分で死ぬのと、殺されるのとじゃまるで違う」
《それは、そうね》
「とにかく見えるようになっちまったのは、お前のせいなんだぞ」
《どうしてそうなるのよ!?》
「カレンと関わったせいで、眠っていた霊感が復活したんだ。それも精度が格段に上がって」
《こ、こじつけじゃない……。それに、そんなの私にはどうすることもできないわよ? 助けて欲しいのは、むしろこっちなんだから》
「わかってる。けど、カレンを成仏させたら、何か変わるかもしれない。だから成仏させに来た」
ここぞとばかりに目に力を込めて、真剣な眼差しをぶつけてみる。
カレンは目をそらし、押し黙った。
今度は効いたみたいだ。
自責の念を感じているのか、うつむいたまま難しい顔をしている。
よし!
これでこっちのペースに持ち込める。優位に立てる。
《……ホントにそれだけ?》
カレンが下からオレを覗き込んでくる。
めっちゃ目が疑っている。
《何か隠してるでしょ?》
なんで?
《あのさ、徳之進さ。気づいてないだろうけど、嘘つく時、右の眉が上がるんだよね》
何だ、その洞察力?
オレは慌てて、右眉に手を当てた。
《今さら隠しても遅いよ。ずっと上がってた。……ねぇ、何か他にあるんでしょ?》
ダメだ、完敗。
二枚も三枚も上手だ。
オレは膝から崩れ落ちそうになった。
「……地獄行きのヤツだよ」
《やっぱりね》
カレンの目の奥が光ったが、そのことに徳之進はまったく気がつかなかった。




