2.信じたオレがバカだった、の話
《何なの、あの態度? 入り口に塩でも撒いといたほうがいいわよ》
刑事二人が帰った事務所で、カレンは一人憤っていた。
身に覚えのない殺人の容疑者になっているのだ。
気持ちはわかる。わかるが――、
《お塩、流し台のほうかしら?》
「詐欺って、どういうこと?」
キッチンで調味料を物色するカレンの背中に投げかける。
《お塩くらいあるでしょ、どこ?》
「聞いてる? おい?」
《もう。無いならこれでもいいわ》
カレンが味の素を指さす。
《同じようなものでしょ、塩も味の素も。あんな失礼な二人、清めといたほうがいいわ》
「なあ、どういうことだよ?」
《せっかく今、お客さんがいっぱい来て、上り調子になってるっていうのに、縁起でもない。徳之進、ほら、ボーッとしてないで味の素、玄関に撒いて。私、できないんだから――》
「答えろよ! 詐欺って何だよ!? 結婚詐欺師だったのかよ!!?」
オレは思わずがなり立てた。
普段からあまり大声とか出さない性格のせいで、ボリュームの調節がうまくできず、想定以上の馬鹿デカい声が出ちまった。
カレンはビクッと固まってしまっている。
「主犯格って本当なのかよ!?」
《な、何かの間違えに決まってるじゃない……。やだなぁ、徳之進。落ち着いてよ》
「本当なのかって訊いてんだ」
《あ、あんな二人の言うこと信じるの?》
「少なくとも警察だしな。信憑性は高いだろ。写真まで持ってたし」
《ホントに警察だったのか、怪しいじゃない。あんなヤクザみたいな人達》
「じゃあ、何しに来たんだよ。趣味で殺人の捜査でもしてるのかよ?」
《そ、それこそ探偵……なんじゃない?》
髪の毛を弄りながら答えるカレンは、オレと目を合わせようとしない。
明らかに何か隠している。
オレがジト目を向けて黙っていると、やがてカレンは観念したように、
《あの……ごめんなさい。隠してて。……でも、徳之進の結婚詐欺とは関係ない。それは……信じて欲しい》
ポツリと言った。
……マジかよ。結婚詐欺師なわけ?
金属バットで脳天をフルスイングされたような感覚だ。
この十日余りの出来事が頭を駆け巡る。
突然、枕元に現れて、見せた笑顔。
ドカベンの途中で、飽きて欠伸をしているカレン。
ボーリングのストライクではしゃぐカレン。
メイドにビンタされるオレを見て笑うカレン。
ペット探しに能力を発揮するカレン。
見つける度にピースとドヤ顔を向けてくるカレン。
一つ一つが一気にフラッシュバックする。
ほんの十日前は、自殺を図るほど人生に絶望しか感じていなかったオレだったが、この数日で少し変わっていた。
大量に舞い込んでくるペット探しの依頼に、日常は目まぐるしく振り回され、絶望を意識する暇もなく時間が過ぎていく。
いや、そんなことはどうでもいい。
正直に言おう。
楽しかった。
カレンと一緒にいることがシンプルに楽しかった。
少し違うかも知れないけれど「これがリア充ってヤツか?」と思い始めていた。
生きることに喜び、楽しみを感じ始めていた。
なのに、バカみたいだ。
「結婚詐欺師なの?」
《……黙ってて、ごめんなさい》
「また騙されてたんだ、オレ」
《や、違うわよ。騙すとか、そんなつもりはなかったし》
「同じことだろ! 黙ってたんだから。それにオレが結婚詐欺に遭ったこと知ってたよな? それでよく今まで一緒にいたよな。完全にピエロじゃねえか、オレ」
《違うわ。信じて》
「何が違えんだよ!? オレの心境の変化を一緒に喜んでるように見せて、内心じゃケラケラ笑ってたんだろ!?」
《騙すとか、笑うとか、そんなつもりはないわ。徳之進の変化は素直に嬉しかった》
「そんなの信じられると思うか? 今更、何とだって言える」
カレンが泣きそうな表情で下を向く。
詐欺師なんだ。
これも演技なんじゃねえのか?
これ以上、騙されてたまるか。
「……ホントは殺しもやったんじゃねえのか?」
《やってるわけないでしょ!!? ここに一緒にいたんだから。徳之進だってさっき言ってたじゃない!?》
さすがに今の発言は無いな。言ってから少し後悔した。
でも、もう遅い。
言ってしまった。今さら後戻りはできない。
「別にここにいようが、死んでいようが、呪って殺すこともできるんだろ?」
《それ、本気で言ってるの? ……ひどいよ、徳之進》
カレンが鼻をすすり上げる。
演技なのかマジなのか、判別がつかない。
でも、ここで折れたら、負けだ。
「とにかく出てってくれ! あんたが成仏しようがしまいが、そもそもオレの知ったことじゃないし。これ以上、協力する気もない。消えてくれ!」
オレは、キッチンにあった味の素を手に取り、カレンに向けて撒き散らした。
《ちょっ、何すんのよ!!? 消えたらどーすんのよ!?》
「消すためにやってんだ。どっかで浮遊霊にでもなっちまえばいいんだ。地獄に行かなくて済むんだから一石二鳥じゃねえか」
《性格悪過ぎ!!? だから彼女もできないのよ》
「今、そんなこと関係ねぇだろ!」
《関係ないわよ。でもね、こっちは地獄行きになるかどうかの瀬戸際なの。どんな悪あがきだってするわよ》
「知るかよ。他所でやってくれ」
オレはもう一度、味の素を撒いた。
《やめなさいよ、それ! 忘れてない? 私、呪い殺せるのよ?》
「どうぞ、どうぞ。もともと死ぬつもりだったんだ。何の問題もない」
《地獄に落ちるとしても?》
「はぁ!? オレが地獄に落ちる理由なんか何もないわ。あんたと違ってまっとうに生きてきたからな」
《まっとうって……わかった。教えてあげる》
意を決したような彼女の表情に、オレは一瞬、寒気を覚えた。
《よく聞きなさい、徳之進》
何だよ、そんな顔して。
《あなたも……このままだと地獄行きなのよ》




